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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
一章 月の花
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4話 森の泉

翌朝の夜明けと共に、パレットたちは泉に向けて出立した。馬や嵩張る荷物は宿屋に預けてある。パレットも最低限の荷物を詰めたカバンを肩から下げているのみだ。

「森に入ったら、俺から離れるなよ?」

昨日は見せなかった真剣な表情で告げるジーンに、パレットは森の中が本当に危険であることを認識した。

「わかりました」

パレットはごくりと息をのみ、ジーンの後に続いていく。

 宿で聞いていた通り、森の中は獣道しかない。パレットは足元の悪い道を、ジーンから離れないように懸命についていく。もし獣に襲われでもしたら、パレットには対抗しようがない。一応護身用にナイフを持ってきたが、役に立つとは到底思えない。


 そんなパレットの内心とは裏腹に、ジーンが襲ってくる獣を素早く切り伏せていく。王都の騎士様という肩書は伊達ではないのだと、パレットは今改めて知った。ジーンの邪魔にならないように、なおかつ置いて行かれないように、パレットは森の中を慎重に進んでいく。

「森の中って、結構危険な場所なんですね」

パレットは基本街の中で生活していたので、野外で行動するのは実は初めてだ。身を守る手段もないのに、一人で外へ行くことなどできるはずもない。こんなに神経をすり減らす場所なのか、とパレットは驚いていた。

 そんなパレットに、ジーンが剣についた血糊を振り落としながら答えた。

「いや、普段はせいぜい兎を狩る程度の、平和な森だと思うぜ」

あっさりと答えるジーンに、パレットは目を丸くする。

「え、今熊が出ましたよね?」

ついさっきジーンが、襲ってきた熊を切り伏せ、土に帰るに任せてきたばかりだ。これが急ぎでなければ毛皮を剥いだのに、とジーンは悔しがっていた。熊だけでなく、狼も何度か遭遇している。それに宿屋の主人も、凶暴な獣が出ると言っていたではないか。


 ――これで、平和な森?

 パレットがジーンの言葉を疑っていると。

「今夜は満月だ。獣たちも凶暴性を増すのさ」

「そうなんですか?」

ジーンがパレットには初耳の話をした。

「ま、街暮らしにゃ不要な知識だろうぜ。でも猟師や兵士だったら常識だ」

ジーンが言うには、満月の夜は魔力が満ちるのだそうだ。月が満ちていくに従って魔力が満ちて、獣たちも力を増していく。満月の夜は魔獣と呼ばれる、魔力を纏う獣が出ることがあるのだとか。

「月の花は、その満月の魔力を糧に咲くのだとかいう話だ」

ジーンの話が本当ならば、月の花を見るということは、危険と隣り合わせだということだ。

「宿屋の主人も、脅していたわけじゃないんですね」

「月の花の見物人に、警告をしたんだろうさ。たまに物見遊山感覚の奴が来るんじゃないか?」

確かに、パレットとてそこまで危険だという認識はなかった。当初は上司や領主様がパレットに言いつけるくらいだから、ちょっとしたお使いだと思っていたのだ。


 ――これは、業務から逸脱してるんじゃない?

 これがもしパレット一人だったら、さっきの熊に遭遇した時点で人生が終了している。戻ったら盛大に文句を言わねば、パレットとて気が済まない。危険手当くらいはつけてもらわないと割に合わないというものだ。

 そして改めて思う。ジーンはやはり月の花についての情報を、パレットよりも詳しく知っていたに違いない。ますます案内人の必要性が薄らいでくる。

 そんなパレットの気持ちをよそに、ジーンは獣道をザクザクと進んでいく。途中で宿屋で用意してもらった昼食を食べて、さらに進む。

 普段はデスクワークが主であるパレットはへばってしまいそうになるが、それでもジーンは歩みを合わせてくれているのがわかる。おそらくジーン一人だったならば、もっと早く進んだであろう。パレットはまたもや自分の存在意義がわからなくなっていく。


 そうしてよれよれなパレットといまだ余裕そうなジーンの二人は、夕刻になろうという頃になって開けた場所に出た。パレットの耳に水音が聞こえる。

「泉だ……」

森の中だというのに、その上だけ切り取られたかのように木々がよけている。そのおかげで、泉の水が日の光を反射して、きらきらと輝いていた。

 その泉の真ん中に、小さな島のようになっている場所があり、そこに植物が茂っている。あそこにあるどれかが、月の花なのだろうか。

 その幻想的にも思える景色に、パレットは疲れているのも忘れて呆けてしまう。

「口開いてんぞ」

ジーンにからかうような口調で指摘され、パレットは慌てて口を閉じる。


「よし、ここで夜まで待つぞ」

ジーンはそう宣言すると、獣除けの香を焚いた。これで獣が寄り付かなくなるのだそうだ。危険な満月の森に入ろうというだけあり、準備は万端であるらしい。

 ――やっぱり、私っていらないんじゃないの

 パレットは自分の気持ちが重くなるのがわかる。それでも落ち込んでいることをジーンに悟られたくないパレットは、気になることを尋ねてみた。

「あの、月の花の蜜って、何に使うものなんですか?」

パレットの質問に、ジーンはしばし思案するように宙を見る。

「ま、これくらいはいいだろうな。ここまで付き合わせたんだしよ」

ジーンは何かに言い訳して、パレットを見た。

「月の花の蜜っていうのは、薬の材料だ」


「薬、ですか」

月の花はアカレアの街でも有名だが、薬になるという話は初めて聞いた。パレットはせいぜい鑑賞用としての価値しかないと思っていたのだ。

「そう、魔力をたっぷり含んだ月の花の蜜が、魔法薬に必要だと言われて、この俺が王都からはるばる採りにきたってわけさ」

「ふぅん……」

魔法など、パレットには遠い世界の話だ。

「魔法薬って、魔法士が作る薬ですよね」

「おうよ。王宮の魔法士がこれが届くのを待ってるってわけさ。顎でこき使われるなんざ、宮仕えってのは嫌だねぇ」

ジーンはそう言って肩をすくめてみせた。

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