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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
四章 王城の女性文官

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34話 騎士様と魔獣の子

「パレットさん、大丈夫?」

おぼつかない足取りで屋敷に帰ってきたパレットを、出迎えたアニタが心配した。

「ええ、大丈夫、たぶん」

かろうじてそれだけ答えると、パレットは自分の部屋へ向かった。

 夕方の薄暗い室内で、パレットはぼうっとしていた。まだミィも散歩から戻ってきておらず、一人きりである。静かな室内で、オルレイン導師に言われた内容が、頭の中をぐるぐるしている。

 ――私、なににそんなに驚いているのかしら

 これがわからないことに、パレットは一番混乱していた。ミィがジーンに懐いていることに理由があったのだ。それでいいではないか。だがそれで、素直に納得できない自分がいる。パレットがこうして一人悶々としていると、アニタから夕食に呼ぶ声がかかった。


 食卓にはすでにジーンが座っていた。そしてその足元に、いつの間にか散歩から帰ってきていたミィがじゃれている。

 ――あれは、父子の触れ合いなのね

 パレットはそう考えただけで、眉間にぎゅっと皺が寄る。

 ついそちらに視線を向けてしまうパレットに、ジーンが気付かぬはずもない。

「なんだよ、じろじろ見て」

ジーンに問われ、パレットはふいと明後日の方向に視線を逸らす。

「……いえ、なんでも」

パレットはそう言ってごまかすものの、またついジーンを見てしまう。

「変な奴だな」

ジーンがそんなパレットに、奇妙なものを見る目を向けてくる。そんな微妙な空気の中で夕食は始まった。

 にぎやかにおしゃべりが飛び交う中、恒例になっている光景はというと。

「うみゃ!」

「だから、それは俺の肉だ!」

またミィがジーンの皿から肉を採ろうとしている。他のみんなは微笑ましい表情でその様子を見ていたが、パレットはなるべくジーンを見ないようにして食事をした。絶対に変な顔になると思ったからだ。

「みんな同じメニューなのに、どうしてジーンにぃのお皿からなんだろうね」

アニタが笑いながらそんな疑問を口にした。そう、ミィは他の者の皿からは欲しがらないのだ。あくまでジーンの皿の肉に固執する。オルレイン導師が言うには、父親からの食事を欲しているのだという。

 ――父親ねぇ、このジーンが

 何故ミィはジーンを父親だと認識したのか謎だ。

 こんな風に難しい顔をして食事をとる自分を、ジーンがちらりと見ていたことにパレットは気付かなかった。



そしてその日の夜、パレットが湯を浴びた後のくつろぎの時間に、ジーンが部屋を訪ねてきた。その手にはバスケットと酒の瓶がある。

 ――前にもあったわね、こういうこと

 パレットがドアを開けた体勢で、ぼんやりとそんなことを考えていると、食べ物を持っているジーンにミィがじゃれついた。ジーンはミィを適当に相手をしながら、

「飲むぞ」

と言ってずかずかと部屋に入ってきた。

 つまみと酒をテーブルに並べ出したジーンの様子に諦めて、パレットも席につく。

「ほれ、お前はこっちだ」

「みぃ!」

ジーンが出したクッキーに、ミィが飛びつく。それが親子のやり取りに見えてしまい、毒されているとパレットは落ち込む。

 そんなパレットのグラスに酒を注いだジーンが、話を振ってきた。

「今日、オルレイン導師のところに行ったらしいな」

どうしてそのことをジーンが知っているのか不思議に思えば、オルレイン導師が副団長のところ現れたことを教えてくれた。一応注意喚起に来たのだそうだ。


 そう言われて、パレットはジーンに文句を言いたかったことを思い出した。

「ジーン、面倒ごとをこちらに押し付けるのはやめてください」

眉間に皺を寄せて苦情を言うも、ジーンはしれっとした顔である。

「なにを言う、アンタならうまくやるだろうと信じてのことだ」

そんな信頼はいらない。パレットはグラスの酒をぐいっと煽った。空になったパレットのグラスに、またジーンが酒を注ぐ。

「なんかあったのか?」

直球で聞いてくるジーンに、パレットはぐっと息を飲む。この男はまた、自分を心配しているのか。

 ――ジーンは、意外と気を遣うのね

 気を遣う性格だからこそ、普段王城でああして猫を被っているともいえる。これがなんとも思わない性格ならば、猫を被る必要を感じないだろう。だがパレットが抱えている問題は、他人にどうこうできるものではない。

「……別に、ちょっと考えさせられる出来事があっただけです」

答えを濁すパレットを、ジーンがじっと見つめてくる。

「ふぅん、王子殿下のことか?」

「まあ、そんな感じですかね」

パレットはそう答えながらふと、ある考えが過ぎった。


 ――ミィにとってジーンが父親だとすると、自分はなんなのだろうか

 初めて会った時から、妙に懐いてきたミィ。オルレイン導師は動物の種族には雌が子を守り育てると言っていた。

 ――もしかして、母親?

 確かに、赤ちゃんだったミィを守り育てたのはパレットだ。そう考えると、確かに母親っぽい。ただそうなってくると発生する問題は、父親と母親がそろった場合、一般的にそれを夫婦と呼ぶのではないだろうか。パレットはそこまで連想してしまうと、かっと頬が赤くなるのを感じた。

「……そんな馬鹿な!」

内心を思わず声に出してしまったパレットは、ジーンと目が合った。

「あんた、大丈夫か?」

その労りの言葉が重い。

「ちょっと、疲れてるのかも」

パレットはなんとかそれだけ口にした。

 ――深く考えないようにしよう

 ミィがジーンを父親だと思っていることは、本人にはしばらく黙っていようと思う。

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