28話 管理室の人々
パレットが加わったことにより、管理室の面々の帰宅時間が早くなった。パレットたった一人の仕事量などたかが知れているのだが、五人で割り振っていた仕事を六人で割り振るのは、雲泥の差である。そしてパレットは他の王城勤めの者とはなんのしがらみもないので、他の面々よりも書類を切り捨てるのが早いのだ。
これによって苦情が増えるという問題も解決案が出た。自分たちでなんとかしようというこだわりを捨て、他に任せるのだ。具体的に言うならば、
「私にそれを処理する権限はありません」
を繰り返し、上の役職の人間に丸投げしようという作戦である。これを考えたのは室長だ。上が駄目人間の場合どうするのだと思ったら、それはちゃんと話を持っていく相手を選ぶらしい。
室長は王城の管理室がいち地方財務の働きに劣るというのが、よほど堪えたらしい。なんとかまともな仕事環境にしようと奮闘している。
――今まで目の前に積まれていく仕事をこなすので精いっぱいだったんでしょうね
そういう時は視野が狭くなることを、パレットもよく知っている。自分が置かれている現状が異常事態だと気付けないのだ。パレットが勤め始めたのはあくまできっかけに過ぎず、この変革は全ては今まで頑張ってきた室長たちの力である。
ちなみにこの解決案は上の方でも真似をしているらしく、最終的には王様にまで話が行くことになる。そうなると下っ端役人に王様に会うことができるはずもない。大半が諦めて帰るという結果になる。
「何故この方法を早く思いつかなかったのか」
とみんながため息をついていた。視野が狭いと、簡単な方法に気付かないものである。
こうしてパレットが職場環境の改善に努めていたある日。屋敷に戻ったパレットを、モーリンが呼び止めた。
「ねー、なんかパレットさんに荷物が来たよ?」
「私に?」
なんでも貴族の家の使用人が、恭しい態度で荷物を持ってきたのだとか。貴族の関係者が訪ねて来るなんて、この屋敷で暮らし始めて初めてのこどだそうだ。偶然応対に出たモーリンは非常に緊張したようだ。
――貴族って、誰だろう?
パレットは荷物を送って来るような貴族に心当たりはない。職場の面々とも、パレットが人嫌いの上忙しさが先に立っているせいで、それほど交流が進んでいないというのに。
「なんかカードが荷物に挟まれてたよ」
そのメッセージカードを受け取って開くと、上品な文字で文面と名前が書いてあった。
「メリルローズ・クレッグ。クレッグって室長の名前だわ」
文面を読むと、室長の帰りが早くなったことを家族で喜んでいるという内容が書かれてあった。どうやら室長にはまだ小さな息子がいるらしい。その息子さんが、室長と遊んでもらえてとても喜んでいるのだそうだ。
――ここ二・三カ月、息子さんとろくに顔を合わせてなかったなんて
読んだだけでパレットは室長に同情してしまった。これから大いに家族と触れ合ってほしい。荷物の中身は王都で有名な菓子店のケーキだと、持ってきた使用人が話していたそうだ。保管してある台所に見にいくと、結構立派な大きさのケーキだった。
「せっかくだし、夕食にみんなでいただきましょう」
どうせパレット一人で食べることのできる大きさじゃない。
「やったぁ!ケーキだ!」
パレットの言葉にモーリンが歓声を上げる。モーリン曰く貧民街の者にとって、ケーキとは夢の食べ物なのだそうだ。
「母さん、パレットさんがケーキをみんなで食べようってさ!」
食堂で夕食の準備をしていたマリーにモーリンが呼びかけると、マリーが笑顔を浮かべた。
「じゃあ今日の夕食は、ちょっとしたパーティだね!」
「アニタにも教えなきゃ!」
モーリンがそう言って駆け出して行く。
思えばパレットも、両親がまだ生きていた頃に祝ってもらった誕生日以来のケーキかもしれない。そう考えるとパレットの心も自然と浮き立つ。
そしてジーンも帰ってきたところで、いつものようにみんなで夕食となった。違うのは、食卓の真ん中に置いてある大きなケーキの存在である。
「なんだ、このケーキ」
ジーンがケーキを見て首を傾げた。
「パレットさんにもらったのよ!」
モーリンが嬉しそうに教えている。
「パレットに?」
ジーンが眉を顰めてこちらを見たので、パレットは肩を竦めて説明した。
「私ももらったんです、室長の奥さんに」
パレットがケーキか送られてきたいきさつを語ると、ジーンは楽しそうな顔をした。
「そういやあんたら、うちの団長からの請求書をことごとく弾いてるらしいな。おかげで団長が荒れてるらしくて、取り巻きどもが困っていた。俺としてはいい気味だな」
騎士団長と聞かされて、パレットは面接のときに見せられて以来、毎度も見かけるずさんな書類を思い出した。弾かれたくなければ、もう少しまともな書類を作ればいいのだ。それなのにいつも似たようなものを提出してくる、その時間がもったいないとパレットは思う。
「当たり前でしょう、予算請求は子供のお使いじゃないんです。もっとそれらしい書き方をしてもらわないと、読む気にもなれません。管理室はみんな忙しいんですから」
「子供のお使い、あの団長が!こりゃいい!」
ジーンが楽しそうに笑った。
「そのだんちょーさんって、子供なの?」
パレットたちの会話を聞いて、アニタが質問してきた。これにジーンは苦笑しつつも答える。
「子供っていうか、若いのは確かだ。代々騎士団長を務める家の若様だ。まだ成人して一年経っていない」
「そんな若いのに代替わりで騎士団長をしているのかい? 庶民ならまだ見習い仕事をしている年頃だっていうのに」
マリーの夫のライナスが、驚いた顔をしている。その騎士団長がどういった人間か知らないが、少なくとも責任者に据える年齢ではないだろう、とパレットも思う。
「親父が太り過ぎて見目良くなくなったんで、騎士にふさわしくないと言われたんだとさ。大方その請求している金の使い道も、着飾るためか美容品だな」
なんというくだらない理由だろうか。仮にも戦う職業である騎士が、太り過ぎだなんて。そしてそんな使い道のために、大金貨十枚なんていうふざけた金額を請求していたのか。
「……馬鹿じゃないのかしら」
パレットは小さく呟いたつもりが意外と響いたようで、他のみんなも微妙な顔をしていた。
「なんで、騎士団を実質動かしているのは副団長さ。こっちは王様の信頼の厚い、そこそこ戦える騎士だな。古い伝統を守っている家らしいぞ」
古い伝統、つまりは騎士はお飾りではなく戦うものだという教えがあるのだろうか。
――なんだ、ちゃんとした騎士様もいるのね
たとえそれが少数だとしても、この国の良心はまだ生きている証のように思える。その顔も名も知らぬ副団長には、ぜひとも頑張ってほしいものである。
それからしばらく毎日続けて、パレットに贈り物がおくられてきた。どれも管理室勤めの家族からだった。
「パレットさん、誰かの命の危機でも救ったの?」
モーリンが不思議そうに言ってくる。
「……家庭崩壊の危機くらいは、救ったのかもね」
メッセージカードにはどれにも、
「過労死するかと心配していた夫を救っていただき、ありがとうございます」
といった内容が書かれていた。王城の一部の文官の過労ぶりは深刻なようだ。




