23話 思い出の丘
王都から出てしばらく行くと、ジーンは街道から逸れた。
「あの、どこに行くんですか?」
「のんびり弁当を食うのに最適なところさ」
パレットが再度尋ねると、ようやくジーンから行き先についての情報がもたらされた。
――外でお昼を食べようってこと?
パレットはやむなく外で食事をする状況になったことはあれど、わざわざ食事のために外に出たことなどない。何故ならば外は危険だからだ。凶暴な獣に襲われたら、身を守る術のないパレットは即死だろう。しかし今はジーンがいるので安心と言える。
人馬の足で馴らされ整備された街道とは違い、ちょっと逸れるたけで草木が生い茂る自然豊かな光景が見られるようになる。パレットにとっては物珍し景色で、きょろきょろとしているうちにもフロストはどんどん進んでいく。迷いない足取りから考えるに、フロストにとって歩きなれた場所なのだろう。
やがてパレットたちは小高い丘に着いた。
「到着だ」
ジーンがフロストの歩みを止めると、一番にミィが飛び降りた。パレットも続いて降りる。周囲を見渡せば、小さな川が流れていて、色とりどりの花が咲いている。
「わぁ……」
パレットは思わず歓声を上げる。見晴らしのよい丘の上から、王都の街並みが見渡せる。それはまるで絵画のような光景だった。
「王都の近くに、こんな場所があったなんて」
「街道から少し離れているからな。兵士みたいに街道を逸れて動く奴じゃないと知らない場所だろうぜ」
ジーンは適当な木にフロストの手綱をつなぐ。
「みぃ!」
ミィが早速川に向かって走っていく。
「あ、待ってミィ」
パレットもミィについて行く。ミィはすぐに川で水遊びを始めた。川には魚が泳いでおり、ミィが目を光らせて狙っている。すぐにミィは魚を追いかけて川のなかで飛び跳ねていた。
「ミィ、がんばって」
「うみゃ!」
ミィの奮闘の結果、魚が四匹採れた。
「すごいわ、お手柄ねミィ」
「みゃん!」
パレットが褒めるとミィが誇らしげに胸を張る。その様子が可愛らしくて、ミィの頭を撫でてやる。採れた魚は二匹をミィが自分で食べて、二匹をパレットとジーンにくれるようだ。
「楽しそうだな、お前ら」
はしゃぐパレットとミィを、ジーンが呆れた顔で眺めていた。ジーンは丘の上に広い布を敷いて、その上に寝そべっている。パレットはジーンに、ミィからの贈り物を教えてやる。
「ミィが魚をくれるそうです」
「そりゃすごい、焼いて食うか」
ジーンの提案で、ミィに貰った魚は焼いて食べることにした。枯れ枝を集めて火をつけて、木の枝に串刺しにした魚を炙る。ここでもミィが大活躍で、集めた枯れ枝に火をつけてくれた。
「便利だな、魔獣」
とジーンが小声で呟いた。魔獣と言うのは本来はもっと恐ろしいものなのだろうが、ミィを見ていると和む。
敷布の上に焼けた川魚と、エミリが用意してくれた弁当を広げる。
「こうして外で食べる食事が、気持ちいいものだと初めて思いました」
以前ジーンと過ごした森の中では緊張していたし、乗り合い馬車で食べた食事も簡素な保存食だった。こうして外で美味しく食事ができるというのは、とても贅沢なことである。
「ここで飯を食って昼寝をしてりゃ、悪い気分も吹き飛ぶだろう?」
「ええ。連れてきてくれてありがとう、ジーン」
パレットは素直に礼を言った。昨日愚痴に付き合ってもらい、こうして気晴らしに連れ出してくれたのだ。このジーンという男の評価を見直さねばならないかもしれない。
パレットはこうして外での食事を楽しんだ。そして楽しんでいるのはパレットだけではない。
「こら、それはだめだ!」
「うみゃん!」
と厚切りのハムを巡って、ジーンとミィが攻防を繰り広げている。
何故かミィはジーンの食べ物ばかり狙うのだ。これは普段の食事でもそうだ。なにがミィを駆り立てているのか、パレットにはさっぱりわからない。
こうしてにぎやかに弁当を食べ終えて、パレットは蝶を追いかけて跳ねまわるミィをぼうっと眺めていた。パレットの隣で、ジーンは昼寝の体勢だ。
「ここにはよく来るんですか?」
パレットは軽い調子で聞いてみた。ジーンもフロストも、通い慣れた様子だからだ。
これにジーンは仰向けに寝たまま答えた。
「ここは昔、よく親父に連れられてきた場所でな。見晴らしがいいから気に入っているんだ」
パレットは声には出さないものの少々驚いた。ジーンから父親の話が出るのは初めてである。パレットの驚きにかまわず、ジーンは続けた。
「親父は兵士だった。そこそこ強かったせいで便利に使われて、害獣退治の仕事でしくじって死んだ。若い兵士をかばって、大きな猪の牙に心臓を突かれたそうだ」
それが、ジーンがまだ八歳の頃の話だそうだ。予想していたよりも重い話に、パレットは言葉が出ない。
「それから母さんは女手一つで俺とレオンを育ててくれた。俺は母さんに楽をさせたくて兵士になった。けど母さんは反対した」
父親に似て強かったジーンは、父親と同じように便利に使われて遠くで死ぬのではないか。エミリは毎日その恐怖に怯えたらしい。
――兵士って、危険な仕事なのね
兵士が門を守って、害獣を退治していることは知っている。けれどそれが死と隣り合わせの仕事なのだということを、パレットは考えたこともなかった。それは王都に住まう大半の者がそうだろう。当たり前にいるのが兵士なのだ。
「俺も親父と同じような死に方をするんだろうな、と漠然と思っていた。そんな時だ、騎士団の副団長から声をかけられたのは」
王城は戦える騎士を欲している。騎士になってみないか。副団長にそう言われたらしい。数人の腕利きの兵士が声を掛けられたが、騎士になれたのはその時にはジーンだけ。騎士に相応しい容姿であるという理由で。
「俺よりも強い奴はいた。けどそんな馬鹿馬鹿しい理由で落とされた。その落胆は想像できる」
だから、ジーンは騎士になってからも剣の腕を磨いた。見てくれで選ばれたという印象を払拭するために。
一方でジーンが騎士となることが決まり、エミリは喜んだそうだ。もうジーンは戦いに行かなくてもいいと。
「だからあんたと会った時のことは、ごまかしておいてくれ」
「言われなくとも、月の花の蜜の話は極秘事項です。詳しく話すわけにはいきません」
普通の武器が通じない魔獣相手に戦ったなど、聞いたらエミリは卒倒するかもしれない。
隣でジーンが笑った。
「あんたは、どんな俺でもなにも言わないな」
パレットはジーンがなにを言わんとしているのか、おぼろげながらもわかる気がした。貧民街出身の騎士だと聞かされても、パレットとしては「そうなんだ」というぐらいの感想しかない。しかしそれまでのジーンを取り巻く環境は、パレットほど呑気ではなかっただろう。あの門にいた兵士たちのように。
「騎士に取り立てられて、昔の知り合いはみんな俺を遠ざけるようになった。お偉い態度に見えるんだと」
それは、ジーンの努力の証が悪い方に作用したのだろう。
「庶民から採用される騎士が増えれば、きっと周囲も変わります」
パレットが励ますようにそう言うと、ジーンがこちらをちらりと見た。
「それに私が知っているジーンは、最初から猫かぶりの性格の悪い騎士様ですから」
「……そうかい」
こうしてパレットたち丘の上でのんびりとした時間を過ごし、日暮れ前には王都へと戻った。




