22話 騎士様とお出かけ
翌朝の目覚めは、そこそこ爽快だった。
――いつの間に寝たの、私?
自分でベッドの入った記憶のないパレットは首を傾げる。ジーンと一緒に酒を飲んだことは覚えているのだが。
「みぃ」
パレットが起きた気配に気づいたのか、一緒にベッドの上で丸くなっていたミィが挨拶するように鳴いた。
「おはよう、ミィ」
もうすぐ朝食の時間になる頃合いだ。パレットは手早く身支度をして食堂に向かった。
「パレットさん、おはよう!」
食堂に入ると、アニタが元気よく挨拶してきた。
「おはよう、アニタ」
パレットも挨拶を返すと、アニタがまじまじとパレットの顔をのぞき込む。
「パレットさん、元気?」
昨日心配してくれたというアニタにパレットは微笑んだ。
「ええ、ぐっすり寝たからとても元気よ」
「みゃ!」
自分も! と言うようにミィが鳴いた。その様子にアニタが笑う
「ならよかった! 猫ちゃんもおはよう、すぐご飯だよ」
食卓にはすでに料理が並べられていた。食堂に来たのはパレットが最後のようで、ジーンはすでの食卓の席に着いていた。ジーンは一瞬ちらりとパレットを見たが、口を開いてはなにも言わない。
――二人でお酒を飲んだ後、どうなったのか聞きたいんだけど
ちゃんと布団に入っていたところからすると、自分で寝たのであろう。ジーンなら酔っ払って寝ても、そのまま放置しそうだからだ。だがジーン相手にいろいろと愚痴を言った覚えはある。酒の勢いだろうが、酔っ払いの愚痴に付き合ってくれたことは感謝しようと思う。
パレットは朝食を終えてからはのんびりと過ごす。
「ミィは散歩に行っておいで」
「みぃ!」
部屋の窓を開くと、ミィがひらりと外へ飛び出した。パレットは昨日出かけた先であんなことがあったので、今日は屋敷でじっとしていようと決めていた。
だがそんなパレットを、兵士との訓練から戻ったジーンが訪ねてきた。
「出かけるぞ」
パレットの顔を見るなりそう言うジーンの服装は、純白の騎士服ではなく普段着に剣だけ身につけている恰好だ。パレットは首を傾げる。
「ジーンあなた仕事は?」
いつもの今頃ならば、ジーンは王城に出かけている時間である。
「今日は休暇だ」
パレットの疑問に、ジーンは短く答えた。
「早くしろ」
そう言ってジーンはドアの外の壁にもたれかかる。そこでパレットの支度を待つつもりらしい。
――というより、本当に出かけるの?
突然のことに戸惑うも、無言で急かすジーンに負け、パレットはドアを閉めて手早く室内着から着替える。
ジーンがパレットと出かけるのはすでに決まっていたようで、玄関口でみんなに見送られた。
「楽しんでらっしゃい」
そう言って笑顔のエミリさんに弁当を渡され、手を振られた。
こうしてジーンに連れられて向かったのは馬小屋だった。そこでは、散歩に出かけたと思っていたミィが待っていた。
「ミィ、ここにいたの」
ミィはフロストの側に敷いてある藁で、隠れたり脱出したりを繰り返して遊んでいた。フロストはミィが邪魔ではないのだろうか。
「みぃ!」
ミィはパレットを見ると元気に鳴いて、馬小屋に繋がれたフロストの背中にひらりと乗る。どこに行くのかパレットも知らないというのに、ミィは一緒に行く気満々だ。
「この屋敷に引っ越してよかったことは、フロストを手元に置いておけることだな」
ジーンがフロストを馬小屋の外に出しながら言った。以前のフロストは兵舎の馬小屋に入れられており、満足に世話をしてやれなかったのだそうだ。
「王都から出るんですか?」
パレットはジーンに尋ねる。王都内を散策するだけなら、馬は使わないだろう。
「ああ、ちょっとな」
だがジーンはまだ行き先を告げない。パレットはフロストに乗せてもらう。その間フロストはいつものように無反応だ。
ジーンと相乗りして、パレットは大通りを進む。馬上からの眺めは、いつもと違う視界で新鮮だ。しかしパレットから景色がよく見えるということは、通りを行く人たちからも良く見えるということでもある。
「きゃあ、ジーン!今日はお休みなの?」
馬上のジーンの姿に、大通りを行く若い女性たちが歓声を上げた。王城の騎士様は人気者のようだ。同時に、パレットを見てひそひそと話す姿も見受けられた。
「ねぇ、誰かしらあれ」
女性たちがパレットに刺々しい視線を向ける。
――見目麗しい騎士様にパッとしない女がひっついてたら、普通こういう反応になるわね
パレットはそれを十分承知しているので、彼女たちのことはまるっと無視である。
彼女たちにいちいちにこやかに返事をするジーンと共に門まで来ると、今度は兵士に声を掛けられた。
「ジーンじゃないか、久しぶりだな」
ジーンが兵士をしていた頃の知り合いだろう、一人が親しそうに話しかけてきた。
「そっちも、元気そうだな」
ジーンも若干砕けた話し方で応じる。兵士はジーンと一緒にいるパレットをちらりと見た。おそらくここでも、パッとしない女を連れていると思われているに違いない。パレットは軽く会釈するに止めた。
兵士はすぐにパレットから視線を外し、ジーンに質問する。
「出かけるのか?」
「すぐそこだ、夕刻前には戻ってくるさ」
ここでもジーンは行き先を告げない。一体どこに行くのだろう。
「そうか、気をつけてな」
兵士から通行証を持っていることを確認される。出て行くのに通行証はいらないのだが、入る時に必要になるからだ。ジーンが注意事項を聞いている間、パレットは少し離れたところにいる兵士たちの会話が耳に入った。
「へっ、お偉い騎士様のお通りだとよ」
「女連れかよ、かっこつけやがって」
「顔がいいってのは得だな」
なんだか良くない雰囲気の兵士たちが、嫌な目でパレットたちを見ていた。
――ジーンは兵士なのに、飛びぬけて出世したんだものね
普通兵士が騎士になるなんて、ありえない話だ。妬むのも当然なのだろうが、それを受ける方は気持ちのいいことではない。
「放っておけ」
ジーンも聞こえていたのだろう、小声でパレットに言った。
騎士様になったことは、いいことばかりではないようだ。




