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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
三章 王都滞在中

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21話 心配されるということ

大通りを歩くパレットの足取りは重かった。

 ――「私は悪くない!」って癇癪を起せたらどんなに楽かしらね

 あいにくパレットは、もうそれほど子供ではない。自分よりも五つ以上も年下の少年に向けて、声を荒げるような真似はできなかった。

 もはやドーヴァンス商会を避けるために遠回りをしようという気力はない。ハイデン商会に向かう時は、帰りにちょっと寄り道しようと考えていたものだが、現在のパレットはそんな気分になれない。

 パレットがため息を吐きつつ歩いていると、足元に気配を感じた。

「みぃ~」

朝から散歩に出ていたミィが、いつの間にかパレットの足元を歩いていた。

「あら、ミィじゃない」

気付くのが遅れれば、うっかり踏んでいたかもしれない。ミィはパレットにすり寄ると、ぴょんと胸元に飛び込んできた。


「もう散歩はいいの?」

「みゃ!」

ミィが元気よく鳴く。

「にゃんちゃんだ、いいなぁ」

道行く子供がミィを抱くパレットを羨ましそうに眺める。

「お、猫ちゃん今日はおねだりしないのかい?」

屋台のおじさんがミィを見て串焼きを振る。どうやらミィは散歩しながらこの王都に馴染んでいるようだ。

 ――魔獣なんだけどね、この子は

 人馴れしたように愛らしく鳴くミィを見て、魔獣の子だとは到底おもえまい。先ほどの屋台から串焼きをちゃっかりもらっているミィに、パレットは呆れつつも笑いがこみ上げる。ミィはパレットよりもよほどたくましい。

「ミィ、それ私にも一口くれる?」

「みぃ!」

ミィの串焼きのご相伴に預かったパレットは、のんびりとジーンの屋敷まで帰っていく。

 パレットは先ほどまでの沈んだ気分が、ミィのおかげで少しだけ浮上した。


 ジーンの屋敷に戻ると、アニタが出迎えてくれた。

「おかえりなさい!……なんが元気ないね?」

そう言ってアニタが心配した。懐かしい人と会うために出かけたはずのパレットが、疲れた顔をして帰ってきたからだろう。

 一方でパレットは、「おかえりなさい」と出迎えられたことに驚いていた。

 ――誰かが言われるのを聞いても、私が言われることはなかった

 両親を事故で亡くして以来、周囲に人はいても、パレットはずっと一人だった。一人でいることにこの十年で慣れたと思っていたが、自分の中に人恋しい気持ちがまだ残っていたとは。パレットにとって新鮮な発見だった。

「……今アニタのおかげで、ちょっとだけ元気が出たわ」

心の奥底に生まれた温かい気持ちのせいで、少しだけ泣きそうになっていたのをごまかすように、パレットはミィを抱きしめる腕に力を込めた。



この日、ジーンは夕食の時刻になっても帰らなかった。たまにこういうこともあるらしい。ジーンいわく上司の仕事を手伝っているのだそうだ。

「でもね、私はホッとしてるの。出世したのはもちろん嬉しいけれど、ジーンがもう危ないところに行かずに済むんですもの」

夕食の席で、エミリがそう言って笑った。ジーン本人は騎士の仕事は退屈なようだが、そういう良い面もあるのだ。

 ――でも、私と行ったあの森はすごく危なかったけどね

 それは内密の仕事であるし、わざわざエミリに心配をさせることもない。パレットは大人しく黙っていた。

 夕食の後にパレットは湯を浴びて、ミィが一緒に水遊びをした。ミィは獣のわりに、水を怖がらない子である。部屋に戻った今はミィの毛並みをブラッシングしている。この屋敷は元は貴族の屋敷であるため、当然立派な風呂の設備がある。なんと浴槽に湯を張るための魔法具付きである。いつもたらいに湯を張るか、濡れた布で拭くだけの生活であるパレットにとって、毎日浴槽に入って湯を浴びるのは贅沢な暮らしだ。

「お客様だからね」

という理由で、パレットは屋敷の主であるジーンの次に、湯を使わせてもらっている。しかし今日はジーンが遅いため、パレットが一番に湯を使った。贅沢さが増した。


 ミィは風呂上がりのブラッシング後のため、ふわふわの毛並みである。パレットがミィと一緒に床に転がりつつその感触を確かめていると、ドアがノックされる音がした。

「はい?」

アニタがミィと遊びにきたのか、と思ってパレットが応答をすると。

「俺だ、開けてくれ。両手が塞がっている」

予想外の返事が返ってきた。

「ジーン!?」

パレットは慌てて床から起き上がるとドアを開けた。するとそこには声の通りジーンが立っていた。その両手に酒の瓶とグラスを二つ持って、小脇に荷物を抱えている。パレットの姿を確認すると、ジーンは唐突に質問した。

「あんた、酒は飲めるか?」

「……飲めるけど」

パレットがそう答えると、ジーンはずかずかと部屋に入ってきた。そして部屋にあるテーブルの上に持ってきたものを置く。荷物はどうやら酒のつまみのようだった。


「ほら、座れ」

ジーンに顎で示され、パレットは椅子に座る。

 ――本当にここでお酒を飲むの?

 強引なジーンだが、彼も湯を浴びた後のようで、髪がしっとりと濡れていた。服装も寝る前のゆったりとしたものだ。男性のそんな姿を父親以外で見たことがないパレットは、内心で動揺してしまう。

 ――外見がいい人は、こういう時に心臓に悪いわ

 そんなパレットとは違い、呑気なのがミィだ。

「みぃ」

「こら、これはお前が飲んでいいものじゃない」

テーブルに飛び乗って酒の瓶に興味を示すミィに、ジーンが言い聞かせる。

「みや!」

ミィが不満そうに鳴いた。しかしジーンに代わりにおやつのクッキーを与えられると、ミィはとたんにそちらに夢中になる。現金なものである。

 ――私は、ミィほど素直になれないわ

 微妙な気持ちでクッキーを食べるミィを眺めていると、酒の注がれたグラスが視界に入った。パレットが視線を上げると、ジーンがグラスをこちらに差し出していた。


「……ありがとう」

パレットがグラスを受け取ると、ジーンは自分のグラスに手酌で酒を注ぎ、ぐいっと一気に飲み干した。パレットもそれにならうように、グラスの酒に口をつけた。

 ――美味しい

 酒を飲むなんていつぶりだろう。同僚に誘われ、付き合いで仕方なく行った食事会ぶりだろうか。口当たりが甘い酒は女性が好む味で、パレットに合わせて選んだのだろうと思わせた。

 パレットが酒を飲むのを見ながら、ジーンが口を開いた。

「アニタから聞いたんだ、あんたが元気がないと」

「アニタが……」

パレットの様子がおかしいことを、アニタは夕食の時も気にしていたようだった。

 ――私はしょせん、ちょっと滞在しているだけの客なのに

 この屋敷にいるとパレットは調子が狂う。ジーンがここにいるのも、アニタの話を聞いたからなのだろう。この猫かぶりの男に心配されるなんて、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「今日は出かけたんだろう。出先でなにかあったのか?」

ジーンが自分のグラスに酒を足しながらそう尋ねた。

 ジーンがどういうつもりで、パレットのことに口出ししてくるのかわからない。パレットの中には放っておいてほしいという気持ちもあった。だが同時に、誰かに心の中の不満をぶちまけてしまいたくなった。

 結果後者の気持ちが勝ったパレットは、酒をちびちびと飲みつつも話すことにした。

「昔お世話になった、ハイデンさんに会いに行ったんだけど」

パレットはハイデン商会での出来事を端的に語る。ジーンは相槌も打たずに静かに聞いている。

 ドーヴァンス商会を避けるために遠回りしたこと、それなのにハイデン商会で叔父の息子に会ったこと、家出したらしい彼に八つ当たり的な言いがかりをつけられたこと。パレットは話していてまた怒りがぶり返すのがわかる。

 あらかた語り終えると、ジーンはパレットのグラスに酒を注いで呆れた顔をした。

「ずいぶんなお坊ちゃんだな、もう自分で考えられる歳だろうに。俺はもうその歳には兵士やってたぞ」

「私だって、どこかの店で住み込みで働いてたわよ」

パレットはグラスをぐっとあおった。


 ジェームスの言い分は子供のものだ。自分の不幸を認められず、その原因を全て外に見出す。子供の癇癪ならば可愛いものだが、もう分別のつく相手にされると腹が立つ。

「私は叔父一家に謝ってほしいわけじゃないわ。ただもう私に関わらないでほしいだけよ」

謝ってもらっても、あの十年前の時間を取り戻せるわけではない。一人乗り合い馬車に飛び乗った時の、寂しくて辛い自分が慰められることもない。

「そうだな」

パレットに同情もしなければ、相手の擁護もしない。ただ話を聞いてくれるだけのジーンが、正直ありがたかった。誰かに本音を吐き出すことも、思えば家出をしてからしたことがない。

 それから酔いが回ったのか、パレットはいつの間に寝てしまったのか覚えていない。

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