14話 王妃様に合う
パレットはミィと満足するまで戯れた後、ふと我に返った。
「結局私はどうして王城に呼ばれたんですか?」
パレットは肝心の質問をようやくオルレインに尋ねた。しかし。
「王妃殿下が呼んだからだ」
「はい?」
端的に答えたオルレインに、パレットは思わず尋ね返す。
――今、すごいことが聞こえた気がするんだけど
顔を引きつらせるパレットの様子に、オルレインが眉をひそめてジーンに視線をやる。
「ジーン、なにも話していないのか?」
これにジーンは困ったように肩をすくめた。
「話すわけないでしょう。あれだけ厳重に念を押されたのに。魔法薬の材料だとだけ伝えました。それだって他に漏らさないように注意をしてね」
確かに以前聞いたのはそれだけだ。パレットはジーンの言葉に頷く。
「なるほど」
オルレインが納得した様子で語ったのは、パレットにとって驚きの内容だった。
「おまえとジーンが採ってきたのは、王妃殿下の病の薬の材料だ」
王妃様がカリン病という、痣が全身に広がってやがて死にゆく不治の病にかかったこと。治療薬のないカリン病に、「月光水」という幻の秘薬を試してみようという話になり、その材料の採取をジーンが命じられたこと。そうして持ち帰られた材料で作られた「月光水」が無事に効いた王妃様は、今では元気になったこと。どれもパレットにとって、目を白黒させる内容だった。
「いろいろ初耳で、びっくりなんですが」
パレットは驚き過ぎて喉が乾いた気がしたので、お茶を一口含む。
そもそも王妃様が病気だったという話を、パレットは初めて聞いた。アカレアの街が田舎だとはいえ、事は国の王妃様の話である。ちょっとくらい伝わっていてもおかしくない事であるように思うのだが。このパレットの疑問に、オルレインが馬鹿にした顔で説明する。
「王妃殿下が病に倒れたという話は、現在この国には悪い材料にしかならん」
よくわからないが王城には、庶民にはいろいろな計り知れない事情があるらしい。
一応話がひと段落ついたところで、扉をノックする音がした。
「入れ」
オルレインの返答で現れたのは、王城に努める侍女だった。
「オルレイン導師、王妃殿下がお呼びです」
今噂をしていた王妃様の名前を聞いて、パレットはピクリと背中をはねさせる。
「わかった、今行く」
王妃様に呼ばれるのがわかっていたのか、オルレインは驚く様子もなく立ち上がる。
「あ、それでは私は失礼します」
邪魔をするまいとパレットが出て行こうとすると。
「どこに行く、おまえも来るんだ」
「はい?」
当然のように言われて、パレットは驚く。先ほどから自分は驚いてばかりに思う。
「何故に私も同行するのでしょうか」
「おまえは馬鹿か、王妃殿下はおまえを呼んでいるのだ」
「はぃい!?」
確かに王妃様に呼ばれたという話をつい今しがた聞いた。それでも、旅の汚れを落とすとか、身なりを整えるとか、いろいろと事前準備があるだろう。それなのに。
――今から行くの!?
どうやら出直すことができそうにない状況に、パレットはあっけにとられるしかない。結局ジーンも一緒に三人で、王妃様の待つ部屋に向かうことになった。ミィをどうしようと考えたが、一緒に連れてくるように王妃様が言っているらしい。どうやらオルレイン経由で、パレットの情報は伝わっているようだ。
侍女の先導で、ミィを腕に抱いたパレットは王妃様の部屋に案内された。部屋の前には警備の騎士が二人立っていた。彼らは、もし賊が現れてもあれで撃退できるのか不安になるような、装飾過多な剣を腰から下げている。二人はジーンをじろりと睨むが、口に出してはなにも言わない。ジーンの方は二人に視線を向けもせず、パレットと一緒に導かれるままに王妃様の部屋に入った。
扉を開けた先で待っていたのは、長椅子に腰掛けている女性だった。パレットよりも十ほど年上だろうか。長い銀髪を後ろで軽く結い上げ、碧眼を優しそうに和ませた、儚げな印象のある美しい人だ。
――この人が、この国の王妃様
パレットがぼうっと見惚れていると、王妃様が声をかけてきた。
「呼びつけるような真似をして、ごめんなさいね」
そう言って微笑む王妃様に、パレットは慌てて頭を下げる。
「王妃殿下、こちらが例の話にあったパレットです」
オルレインが王妃様にそのような紹介をした。
「お会いできて、光栄です」
王妃様になんと挨拶すればいいのかわからず、パレットは頭を下げたまま無難な言葉を言った。
「よくお顔を見せてちょうだい」
頭を上げる許可をもらい、パレットは改めて王妃様を見た。儚げに見えるのは、病み上がりだからかもしれない。
「わたくしも会えてうれしいわ。さあ、こちらにどうぞ」
王妃様はパレットに正面の席を勧めてくる。
――え、私ここに座るの?
王妃様の正面に座るなど恐れ多い。助けを求めるように視線をさまよわせるが、ジーンは警備のためなのか入り口の扉の前に張り付いているし、オルレインは助ける気がないのか視線を合わせない。数秒悩んだ末、パレットは恐る恐る椅子に腰を下ろす。場違いな気がして落ち着かないパレットは、なにかを言わねばと気が急いた。
「お、お元気そうです、ね?」
結果、ご近所の挨拶のような言葉が出た。長く臥せっていた相手に、元気かという挨拶はない。パレットは内心大汗をかいた。
しかし王妃様はこれを咎めたりせず、困ったように答えた。
「わたくしはもうすっかり元気になったつもりなのだけれど、お医者様からあまり動くことを禁じられているの」
そう言って不満そうな王妃様をたしなめたのが、パレットたちを案内してきた侍女だ。
「王妃殿下は長く病の床にあったのです。身体を徐々に馴らしていくことが肝心かと」
「ほらね、見張りが厳しいのよ」
見張りと言われた侍女はそれに気を悪くすることもなく、静かに王妃様の後ろに立っていた。
――お二人は仲がいいのかしら
パレットは王妃様と侍女に、通じ合っている雰囲気を感じ取った。きっと王妃様が信頼している侍女なのだろう。
「でも、こうしていられるのも、薬を用意してくれた方々のおかげね」
王妃様がにっこり笑顔を浮かべた。
「あなたがわたくしのために、危険な森に入って薬の材料を採ってきてくれたのでしょう?そのお礼をしたくって、こうして呼んだの」
だがそう言った後、王妃様はため息をついた。
「でもダメね、極力余計な者を介さないようにして言いつけたつもりなのに、妙に命令を曲解する役人がいるなんて。おちおち頼み事もできないわ」
パレットはつい先ほど王城の文官に妙な言いがかりをつけられたのを思い出す。あれはあの文官の独断だったようだ。
――王妃様の言葉をおかしな解釈をして広めるなんて、すごくいけないことじゃない?
アカレアの領主館でも、命令が正しく伝わらないことはたまにある。しかし領主様の命令を扱う際は、最新の注意を払うものだ。なにせことが領地の今後を左右することになり得るのだから。
――それとも領主館で働く人は、私みたいな庶民が多いから? 王城は貴族が働いているからまた状況が違うのかしら
王城というところは、パレットにとって謎すぎる場所であった。




