13話 魔獣の子
話についていけないパレットをほったらかしに、オルレインが話を進める。
「その魔獣の子の主がいるのなら丁度よい。ジーン、女を連れて一緒に来い」
オルレインがパレットたちに顎で移動を示す。すると、騎士たちの騒ぎから逃げていた文官が慌て出した。
「お待ちを、オルレイン導師!」
文官がそう言ってこちらに寄ってくる。
「その者は、今から取り調べに連れて行くところなのです!」
文官は言葉を取り繕うことをせず、取り調べとはっきりと発言した。それにパレットが抗議するよりも先に、オルレインが冷たい声で文官を追及する。
「不穏な言葉を安易に使うものではない。この女がなにかしたのか?」
オルレインの言葉に対して、文官は胸を張って発言する。
「それを上司より知らされてはおりませんが。王城に庶民を呼びつけるのは、罪を明らかにする以外にないではありませんか」
自信満々な様子である文官を、オルレインが鼻で笑い飛ばす。
「話にならんな。思い込みで行動するなど里が知れるというもの」
オルレインの皮肉気な言い方に、文官は顔を真っ赤にする。
「オルレイン導師!言葉が過ぎますぞ!」
唾を飛ばさんばかりの抗議にも、しかしオルレインは取り合わない。
「伝言など、人を介するほどに混乱するといういい教訓だな。行くぞ二人とも」
この場で最も偉いらしいオルレインに、パレットはジーンと共に付いて行くことにした。
――とりあえず、取り調べは免れたみたい
「全く、あの程度で王城の文官を名乗るとは。陛下の苦労が知れるというものだ」
オルレインは疲れたようにため息をついた。
「あの、助けていただきありがとうございます」
パレットが礼を述べると、オルレインはちらりとパレットを見た。
「そこの魔獣の子のついでだ」
と言って前に向き直った。
こうしてたどり着いたのは、王城の外れにあるオルレインの研究室だった。
窓に暗幕が張られた薄暗い室内で、パレットはお茶をついでいる。本来パレットは客なのだが、この場で一番身分が低いのはパレットなのだ。ついでにパレットが、王都の門から直行させられたので昼食もまだであるという話をすると、オルレインが舌打ちを一つしてサンドイッチなどの軽食を手配してくれた。それを手早く食べて、ひと心地着いたところで、パレットは不安に駆られてオルレインに聞いてみた。
「あの、でもあれでよかったのでしょうか」
いろいろな騒ぎを放置して逃げてきたようなものである。そんなパレットの不安を、オルレインが鼻で笑う。
「あれらに付き合うことはない。おまえが王城に呼ばれた理由は私が知っている。そしてそれは、あのような馬鹿馬鹿しいものではない」
「はぁ……」
出頭命令ではないことをオルレインに保証してもらえたので、パレットはひとまず安心することにした。
パレットが渡したお茶を一口飲んだジーンが、オルレインに尋ねた。
「オルレイン導師、その子猫が魔獣であるというのは本当なのですか?」
これにパレットも、胸に抱いたミィのことを思い出す。
「そうですよ、このミィはアカレアの街で私が拾った子猫です」
「みぃ!」
自分の話をされているのがわかるのか、ミィが元気に鳴いた。オルレインがパレットが抱いているミィを見る。
「そいつがアカレアの街にいたと言ったが、いつからいるのだ」
オルレインの質問に、パレットはミィとの出会いを思い出した。
「初めて見たのはジーンと別れた日の夜です。その時はほんの赤ちゃんだったんですけど」
「なるほど」
パレットの答えに、オルレインは納得したように頷く。そしてパレットとジーンに説明してくれた。
「それはガレースという魔獣だ。比較的おとなしい種類であり、よほどでなければ人に害なす魔獣ではない。だが子供というのは珍しい、ガレースは警戒心が強く、親は子育て中は子供から離れないはず。親が何らかの事情でいなくなり、子供が単独てフラフラしていたのかもしれん」
オルレインにそう言われ、パレットは改めてミィを目の前に掲げて観察する。灰色の斑点模様と、尻尾の先の房飾りのような特徴があるが、その仕草や様子はまるっきり子猫だ。
「ミィが魔獣……」
そう思って見てみても、とてもそうは思えないというのが正直なところだった。
「でも、どうして魔獣が私に懐いたんだろう?」
この疑問にも、オルレインが答えてくれた。
「おまえは月の花の蜜を採取したのだろう?月の花は濃い月の魔力が充満している場所に咲く花。採取の時に濃密な魔力を浴びたはずだ。おそらくその魔獣の子は、おまえの身体に移り香のように残った月の魔力にひかれてやってきたのだろう。魔獣の好物は魔力だからな」
オルレインの説明は、パレットにとっては一応納得のできるものだった。そして魔獣と言うと、どうしても月の花の泉で見たあの魔獣を思い出す。
「あれと同じ魔獣なんて思えないわ」
「みぃ」
パレットの目の前でぷらーんと尻尾を揺らすミィを、ジーンが覗き込んだ。
「おとなしい魔獣なんているんですか」
ジーンがオルレインにそう尋ねる。
「いるぞ。魔獣も人と同じで、凶暴な種もあればおとなしい種もある」
動物も害獣と呼ばれる種類もあれば、人間と共生できる種類もある。それは魔獣も同じこだと、オルレインは語る。
「あの、こいつはこのままパレットにひっついていて大丈夫なんですか?」
心配そうなジーンの様子に、パレットは少々驚く。ジーンはひょっとして、パレットを心配してくれているのだろうか。思えば文官に絡まれていた時もパレットを庇ってくれた。二カ月半ぶりに会った、数日一緒に行動しただけの女に、親身になってくれるとは思ってもいなかった。
――いや、外面モードだからかもしれない
外面モードのジーンは基本親切だが、あれに騙されてはダメだ。久しぶりに会った相手を美化するのは危険である。上げて落とされると、後で来る心理的衝撃が大きくなる。パレットは己を戒めた。
そんなパレットの内心を知る由もなく、オルレインはこともなげに答えた。
「魔獣と言ってもまだ子供、満足に炎も吐けないのではないか? そこいらの子猫と大して変わらん」
そう言って鼻で笑ったオルレインに、ミィは唸り声を上げる。馬鹿にされていることがわかったのかもしれない。
「みや!」
ミィが鋭く鳴くと、大きく開けた口からボッと炎を吐いた。とはいえ、ほんの火種程度のちいさなものだったが。
「みぃ……」
ミィは自分が吐いた炎の威力が不服なのか、しょんぼりとうなだれる。そんなミィの様子に、オルレインがフンと鼻を鳴らす。
「ついこの前まで赤ん坊だったのなら、その程度だろう」
しかしパレットにはその程度でも十分すごい。
「ミィ、今火を吹いたの? すごいわね」
「みゃん!」
驚いて目を丸くするパレットに自信を取り戻したのか、ミィは胸を張ってみせた。
「なんというか、現金な奴だ」
パレットに甘えるミィを見ているジーンに、オルレインが忠告する。
「魔獣は知能が高い。言葉はわからすとも、察する能力は高いと思っていろ」
どうやらミィは、とても賢いらしい。




