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死にながらへ  作者: 麦芽ゆき
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人魚姫

ーー何故、自分の死体を事細かに言い表せるのかと問われれば、見えるからとしか言いようがない。目がないのに、体がないのに、視界がある。あるいはそれは、魂からの視点なのかもしれない。

その景色が段々褪せて、終わりに私は瞼の存在に気づく。なんだ目があったのかーそうして気安く開いてみて、いつものように驚いた。

「あれ…」

裸で湯船に浸かっている。そう感じた直後に、水温が低いことに気付いた。ついでに言うならば、潮の香りが水中からわきたつようだ。

つまりは海水である。そう認識すると、私は浴槽の中で悠々と手足を伸ばした。いったい、死んでから海水で目覚めること以上に、さっぱりと生き返った心地になる方法があるのだろうか。

しばらく無心に、水を跳ね散らかして遊んでいた。この浴槽は中々に広い。私の住むマンションの場合、全身を広げる広さもなく、体操座りの姿勢で風呂に入る羽目になる。ふと、今の時刻が気になった。防水性のカーテンを引いて、少し上の位置にある窓を覗く。

とっぷりと日も暮れて、どうやら夜らしかった。男性と待ち合わせたのが朝の七時、家を出たのが五時。偶然今日の男性と日常で出くわしたりしないよう、わざわざ遠いところまで足をのばしたのである。電車を乗り継いで少し疲れたのだろうか、甦った後、意識を取り戻すのにいつもより時間がかかったらしい。

心配をかけていないかしら、と気にかかって、私は海水から上がった。勿論普通のお湯でシャワーは浴びる。しっかり流しておかないと、体がべとついてたまらない。

「おはよう」

裸にバスタオルを巻いただけの格好で、とりあえずリビングに彼の姿を探した。私の家でないのだから、着替えがあるはずもない。

「…おはよう、千波」

かすれた返事が帰ってきた。首を巡らすと、彼はソファーの上ではなく、すぐ下の絨毯にうずくまっていた。

彼とは、勿論先程私を殺した男性のことではない。心底どうでもいいが、あの男性は今頃、消えてしまった死体に驚き慌てて、狐に化かされたような心地になっているだろう。

隣に座り込むと、彼は物憂げに、私の全身を眺めやった。いつも通り、少し羨むような、眩しがるような目をした後、苦笑する。

長い白髪。滑らかな褐色の肌。二十歳前半のような気もするし、三十路半のような気もする。ひょっとしたら十代かもしれないーー、そんな外見をしている。わかりにくいのは、彼が、顔の左目から始まり、首、左腕、脇腹と、そこかしこに厳重に包帯を巻きつけているからだ。よく見れば妙に綺麗な顔立ちをしている上、隠していない右目は鮮やかな翠色なのだけれど、わかりにくいことこの上ない。


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