序章
ゾンビではないけれど、例えるなら、ゾンビ化した人たちの、自身の認め方を書きたかったものです。
神をテーマにして書いてもみたかった。
両親がどのような経緯で結婚したのか、私は知らない。聞こうとしても、素知らぬ顔で上手くはぐらかされてしまう。
娘の私から見ても異色の組み合わせだった。まず、母は父より五歳年下だ。無骨な父と華やかな母。容姿に習って、性格も食い違う。父が大手会社に勤める傍らで、母は熱狂的なキリシタンを自称していたのだ。
「神様はいつだって見守っておられるのよ」
幼い頃から、彼女の口癖を聞いてきた。幼子の柔肌にクリームをすりこむように丹念に丹念に、神への信仰を浸透させられ続けた。
だから、私がキリスト教になじむことは、ごく当たり前ー決まっていたことだったのだ。父親はそれを黙認し続け、だが揃って教会に出かける母娘に連れ添うことはけしてなかった。
家ではそれでよかった。近所にキリスト教の学校がなかったため、私は普通の中高一貫校に進み、周りではこのことをひた隠しにした。神を信じそうにない周囲に落胆したからでもあり、自分だけが神様のことを知っている、という思い上がった優越感に浸れたからでもある。
その薄衣が剥がれたのは、中学三年生に上がって、私がいじめられはじめた時だった。
小春日和の放課後、その日も私はすぐに鞄をしょって教室を出た。私は今まで部活動をしたことがない。毎日まっすぐに帰宅し、お祈りにせいを出す。
「のりさーん、どこいくの?」
一瞬、何が起こったかわからなかった。一歩、廊下側へ踏み出した体全体が、背後から乱暴に引っ張られたのである。セーラーの襟を捕まれたのだ、と気づいた途端に、私は教室側に尻餅をついていた。
瞬間、周囲から沸き上がった邪気のある笑い声に、勘づくものがあった。
私の強ばった顔に対して、底抜けに悦んでいる顔がぐっと近づく。クラス委員の坂城さんだった。
「ねぇ、いつも帰宅して、なにしてるのぉ?」
「何って…普通に、」
「お祈りって普通なんだあ!」
わざとらしい、間の抜けた表情に、また周りが沸く。
喉に小骨が引っ掛かったようだった。なぜ、なぜ、知っている。動揺がめまぐるしく駆け巡る中、真っ白になった脳内はただそれだけ呟く。
知ってるよ、毎日するんでしょ。
大げさで、うるっさくて、馬鹿みたいだってママ愚痴ってたよ。
隣の部屋なんて、ほんと気の毒。
捧げ物とかするんでしょ、生きたの殺して。
クラス中で噂になってるし。
狂ってるんでしょ、あんたのお母さん。
ー最後が、ひやりと背をなでた。神様。神様。神様これは、ーこのくだらない言葉の意味は、いったいどういうことでしょうか?
「うるさい!」
喚いて、立ち上がり、最後の台詞を行った少女に飛びかかっていく。きゃあっと悲鳴が上がり、しかしすぐに止んだ。私を止めたのは、またしても坂城さんだった。ただし、今度捕まれたのは髪だったが。
彼女は容赦なく私の髪を引っ張り、息がつまった。
「そのまま押さえてて!」
後ろから数人に羽交い締めにされ、もがいた最中につと手がのびて、こちらの首もとを探った。やめろ…と、声も出ず呻いても、阻めない。ひっそりと首もとに巻き付けられたチェーンが、手荒に千切られ、床に転がった。私は凍りついたように、それを見たのだ。
「見なよ!キリスト教でも仏教でもなんでもない、変な宗教にはまりこんでーそんなやつがクラスメイトなんてー信じられない!」
逆さ十字の中心に、斜めに白い骨を走らせた象徴印。
キリスト教の印ではなかったことを、私は初めて知ったのだった。