第一話
こんにちは、谷崎です。今回の話は短めですが、一応、読みやすいように分けて投稿しています。時代的にはちょっと昔の時代の話になりますかね。特に時代設定とかはしてないのですが、和服が普段着でという設定で描いています。まあ、私が書くものなので、あまり真剣に時代背景とか考えなくても大丈夫です。というか、できれば、考えないでください…いろいろ突っ込まれると困るので。内容的にはちょっと暗い話かもしれませんが、楽しんで頂けると嬉しいです。
白き日の夢見鳥
《 一 》
その屋敷は、村でも有名な廃家だった。
屋根はボロボロ、土壁は崩れかけてあちこちヒビだらけ。広い庭は、雑草にまみれて獣道すらない。敷地の周囲を取り囲むようにして立ち並ぶ木々は、無残にも枯れ果て、春になっても芽吹くことはない。
そこは、まさに幽霊屋敷。いや、幽霊さえ棲むのを拒みそうな異質な空気が漂っており、そのせいか、随分前から住まう者はなく、持ち主が誰なのかすらわからない有り様だった。危険だからと幾度も取り壊されかけながらもことごとく危機を逃れ、そこに在り続けたが――とうとう、運命の日が訪れた。彼の地を買い取ったという父子らしき二人組が現れ、正式に取り壊すことが決まったのである。
子供の歳の頃は、十かそこらだろうか。緑の黒髪をした愛らしい娘で、深紅の生地に白と金の花の舞う高価な和服を身にまとっている。透けるような白磁の肌は人形のように冷たく、人見知りなのか、その眼差しは、地面に注がれている。反して、父親は人当たりのよさそうな青年で、血色がよく、目も生き生きと輝いていた。身に纏う着物は上品な濃紺色で、生地からしていかにも質が良く、一目で富豪だと知れる父子だった。
青年は、挨拶もそこそこに、本題を切り出した。
村長である男を前に、穏やかな微笑みを浮かべ、
「それでですね、なるべく早くこの家を取り壊したいと思っているんです。ええ、ほら、見ての通り、このまま放置していてもいいことなんて一つもないでしょう? 本来なら、もっと早くそうすべきだったんですけどね。こちらにも、いろいろと事情がありまして」
父親の傍で、娘が退屈そうにあくびを噛み殺した。
その小さな頭を撫でて、彼は続けた。
「――とはいえ、正直なところ、あまり手を加えたくはないんですよ。何でも、聞いた話によれば、かつて、この地には偉い神様が棲んでいたらしいじゃないですか。――ええ、もちろん、ただの迷信だとは思うんですよ。先人は、何か起こるたびに神仏の加護だの祟りだのと騒ぎたがりますからね。でも、たまにあるでしょう? 家を壊そうとしても、何故か邪魔ばかり入って壊せない。まるで、見えない何かに守られているかの如く」
男は、わずかに笑みを深くして、村長を見つめる。
「――…もし、この地に本当に神様がいるとしたら、これから何か起きるかもしれませんね。人知を超えた、呪い、もしくは災いが」
その声は、内容にそぐわず、やけに爽やかに響いた。
村長はやや臆したようにうつむき、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「そ、そうですな。ですが、このまま荒れ放題にしておくわけにはいきませんからな。先日も、近所の子供が悪さをしようとして、大怪我をしたばかりですし」
「おやおや、それは大変なご迷惑をおかけしまして。それでは、明日にでも取り壊しを頼みましょう。さあ、楓。今日は、もう遅い。宿に帰ろうか」
楓と呼ばれた娘はこくんと頷き、男の手を握った。
「それでは、また、後日」
男は頭を垂れて、ゆっくりとした足取りで来た道を帰って行く。
夕暮れどきの真っ赤な光が、二人を照らし出す。その足元から伸びる長い影は、何故か一つだけしかない。寄り添っているせいか、それとも、ただの目の錯覚か。その黒い影は、得体の知れない化け物のようにゆらゆらと揺れていて――村長は、鳥肌の立った腕をさすりながらぶるりと身震いした。
「…やはり、あの地が好ましい」
村に一軒しかない質素な宿場に帰ってのんびりと茶を啜っていると、ぽつりと少女が呟いた。
それを横目で見やり、男は、帰宅途中で買った安物の饅頭にかぶりついた。
「そうか。ならば、あそこに建てよう。僕たちの新しい家を」
その言葉に、楓は小さく頷き、控えめに要求した。
「うむ。…できれば、庭に花を植えたいのじゃが、駄目じゃろうか? 我の好きなクチナシの花を、たくさん」
子供らしからぬ古風な喋りかたに、男は小さく笑う。
「そうだな。楓が望むのならば、そうしよう。その代わり――覚えているだろうね、僕との約束を」
男の声が、心なしか低くなる。試すような口ぶりに、少女は薄く笑った。
「わかっておる。主を幸せにするという約束じゃろう? もちろん、忘れてはおらぬ。我の望む住処をつくる代償として、主に無二の富と名声を与えてやろう。それが、座敷童の我にできる、最大限の恩返しじゃからな」
その言葉に、彼は複雑な笑顔を浮かべた。嬉しそうというよりは、どこか残念そうにも見える。
「――何じゃ、おかしな顔をしおって。不服じゃと申すのか?」
楓と呼ばれた座敷童の少女がじっと責めるように見てくる。その視線を避けるように、男は外に面した障子を開けた。
開いた窓の向こうには、黒く塗り潰された夜の景色が広がり、どこからともなく飛んできた虫の羽音が、部屋を照らす蝋燭を小さく震わせる。
「…それにしても、やろうと思えばできるものだな。座敷童を連れての家探しの旅なんて」
思えば、長くて奇妙な旅路だった。
彼、三枝雪智の実家には、ずっと昔から一人の座敷童が棲みついていた。しかし、その存在を知っているのは、代々、家を継ぐことの決まった長男とその両親だけだった。雪智はというと、長男どころか三男坊で、しかも、兄たちほど成績も素行もよくなかった。それどころか、お荷物扱いされるほどの問題児だったが、たった一つ、兄たちよりも優れた点があった。
それは、生まれつき家族の誰よりも霊感が強かったということ。故に、誰に教えられるでもなく楓のことは知っていたし、座敷童と呼ばれる家神だということも小さい頃から理解していた。
座敷童は、家人に福を招く。それを知っている者は、必ずといっていいほど彼女を家に閉じ込めようとする。その例に漏れず、三枝家の当主たちも、楓を奥座敷に封じることにすべての情熱と時間を費やしていた。
ところが、雪智は違った。
数百年も家から出たことのない楓を可哀想に思い、外の世界について面白おかしく話して聞かせるのが日課になっていた。春になれば庭の桜の枝を贈ったり、秋には紅葉とイチョウを集めて座敷に敷き詰めて枯れ葉の絨毯をつくってみたり。彼女のために何かするたびに大目玉を食らったが、さほど気にはならなかった。
いつも、退屈そうに俯いてばかりいた楓が、楽しそうに笑ってくれる。それを見ると、叱られることへの恐怖なんかは吹き飛んで、もっと彼女を喜ばせてやろう、そればかり考えるようになった。
だから――あのいけ好かない長男が家を継ぎ、厄介者の三男坊として勘当を言い渡されたとき、雪智は決めた。楓を、この窮屈な家から自由にしてやろうと。
家神である彼女を連れ出すのは、思ったほど難しくはなかった。
雪智から外の世界を学んだ楓は、あの家から出て、新しい家を見つけたいと願い続けていたからだ。
「――兄さんには悪いけど、楓はもっと自由気ままに生きるべきだと思うんだよなあ」
楓を連れて家を出て、七年。風の便りで、実家に不幸があったことを知った。これまで恵まれ過ぎたツケが回ってきたのだろう。住む家を失い、職も失い、今では一家離散、行方知れずだという話だ。
それを聞いたときは、さすがに取り返しのつかないことをしたと後悔したが――それでも、楓にとってはよかったのだと思う。
「のう、雪智よ。いつになれば、我はあの地に住めるのじゃろうか」
彼女は、新しい住処を見つけて、どこか嬉しそうだ。その喜びの表情を見るだけで、心がほっこりとする。生きていてよかったとすら感じてしまうのは、おおげさだろうか。
「うーん。そうだな……あの家を壊して、新しく屋敷を立てて、庭も整えてとなると――……数カ月後になるかな」
「! な、なんじゃと!? そ、そんなにかかるのか!?」
驚いて目をまんまるにする楓の様子に、雪智は笑った。
「当然じゃないか。人間は、何をするにも時間がかかるんだ。それまでは、当分、この宿で暮らすことになるだろうね。不便かもしれないけど、幸い、ここの土地の人たちは霊感が強い人が多いから、話し相手には困らないよ」
楓の姿を見ることができるのは、霊感の強い者だけだ。人の多い大きな村から離れれば離れるほど、そういう者が増えるのは、自然と寄り添いながら生きようとしているからかもしれない。
しかし、楓は、心細げに睫毛を揺らした。
「――雪智以外の人間は、苦手じゃ。我の正体を知れば、誰しも欲深くなるからの。欲多き人間に関わるのは、もう、たくさんじゃ」
これまで狭い座敷に閉じ込められていた彼女にとっては、他者に関わること自体が忌まわしいのかもしれない。
「…雪智の家に、結界が張っておったじゃろう? 家神は、封じ札の数枚で容易く束縛されるような、弱き神なのじゃ。そのうえ、数が極端に少ないからの。万が一、正体が知られればどうなるか…」
弱気な声に、雪智は明るく笑う。
「大丈夫だって。ビクビクコソコソしてるほうが、逆に怪しまれるよ。第一、そんなに心配しなくても、僕が傍にいれば安心だろう? これまでだって、何もなかったじゃないか」
「それはそうじゃが――主は、少々思慮に欠けるところがあるからの。どうにも不安なのじゃ」
これは、あまりの言い様――と、言い返せないところが悲しい。お人好しで世間知らずのお坊ちゃんだった雪智は、これまでいろいろと手痛い目に遭ってきて、その都度、楓に助けられたという過去があるのだ。
「へ、平気だって。ほら、暗い顔してないで、新しい家について考えようじゃないか」
雪智は強引に話を切り換え、部屋の隅に置いておいた包みを解いて、紙と筆を取り出した。そして、携帯用の硯で手早く墨をすり、たっぷりと黒い液体を筆に吸わせる。
「さてと。とりあえず、楓の部屋は、庭に面した場所にしよう。昼は、日光がよく当たるように、夜には寝転んで星や月を見たりできるように。僕の部屋は…うーん、どこにつくろうかなあ」
「…雪智よ、考えながら描くな。ほれ、墨が盛大に垂れておるではないか。そんな調子では、絵図を書く前に紙が真っ黒になってしまうぞ」
「おっと!」
見やれば、紙のあちこちに墨が垂れて、じわりと滲んでいる。
それを見た雪智は、少し考え込み、
「…んー、まあ、これはこれで面白いんじゃないか? たとえば、そうだなあ――墨が落ちたところには、片っ端から花を植えるというのは、どうだろう? うん、なかなか雅でいいと思わないか?」
「――まったく。主は、どこまでも楽観的じゃの」
呆れつつも、楓の声は楽しげだ。その様子を満足げに見やり、雪智は乱雑に筆を走らせて新しい家の設計図らしきものを描いていく。しかし、絵心がないのか、ただの落書きにしか見えないのが残念だ。
「よし、できたぞ! ふふん、どうだ、楓。立派だろう、僕らの新しい家は?」
得意げに紙を広げてみせるが、敷地の三分の二ほどに墨が落ちていて、住み家はやけに小さい。
「…主は阿呆じゃろう。これでは、我らではなく、花のための家ではないか」
楓が顔をしかめるのを、雪智は満面の笑みで見つめた。
「いいじゃないか。楓は好きだろう、花。それに、僕は、前々から思ってたんだ」
言って、彼は、窓の外へ視線を投げる。その横顔には、どこか切ない色が滲んでいた。
「――…好きなものに囲まれていれば、君も少しは幸せになれるんじゃないか、ってね」
「? 幸せ、とな?」
座敷童の少女は、目をぱちくりさせた。
それもそうだろう。家神である彼女は、家人に富と名誉を与えることを義務づけられた神様であって、自らの幸福などには興味がない。いや、それ以前に、人間の考える幸福論というものが、さっぱり理解できないのだ。
それなのに、ときどき、雪智は思い出したように口にする。
楓が幸せになるには、どうすればいいのか、と。
そんなものは、どんなに時間をかけても、たとえ、世界中を探し回ったとしても、存在するはずがないというのに。
こういうとき、楓は本気で心配になる。
雪智は、真性の阿呆なのではないかと。
寿命という限られた時間のなかで、もっと他に考えるべきこと、やるべきことがあるだろうに、何故、こんな無意味なことばかり考えているのか。その心の内を覗ければいいのにと何度思ったか知れない。だが――楓は、そんな愚かな人間を嫌いではなかった。
その証拠に、小さな顔に浮かんでいるのは、穏やかな笑顔。
「…ふふ、まったく、主はほんにおかしな子供じゃの。そこがまた、面白いのじゃが」
「――子供、か」
雪智は、やや不満げに呟いて、畳の上にごろんと寝転がった。
「…もう、大人といってもいい年齢なんだけどな。君の基準じゃ、いつになったら大人扱いしてくれるんだろうね?」
「ふむ、そうじゃの」
楓は上品に微笑み、
「――髪が白く染まり、肌は元気なく垂れ下がり、目が悪く、耳も遠くなった頃、かの」
「……随分と遠い未来だな、そりゃ」
あまりにも気の長すぎる話に、目眩がする。
だが、不老不死の彼女にとっては、それも一瞬に近い出来事なのかもしれない。雪智の不満げな顔を不思議そうに見下ろし、首を傾げてみせる。
「そうかの? じゃが、人間はそれくらい生きねば、何も得られんじゃろう。いや、そこまで生きても、切り捨てたもののほうが多いくらいじゃ。のう、雪智。何故、人間はこうも儚い生き様しか許されておらぬのか、不思議に思ったことはないか?」
まるで、人間が蝉の一生を儚むような言いかたに、雪智は吐息を漏らした。
「――そりゃ、生きてるからに決まってるじゃないか。生きてれば、必ず死ぬんだよ。そういうふうにできている。それくらい、常識だろう?」
「……それでも、雪智。我は、わからぬのじゃ」
楓は、きちんと正座をしたまま、寝転がる雪智をじっと見つめる。
「――…主は、いずれ死ぬとわかっておるのに、何故、限られた時間を無為に過ごしておるのじゃ? ただでさえ儚い一生なのじゃから、我にもっと多くを願えばいいではないか。富も名声も、今の主ならば際限なく得られよう。それなのに、何故、最小限でいいなどと言う?」
座敷童は、家神だ。家に棲みつき、家人に福を呼ぶ。しかし、今の楓にとっては棲む家がないため、一時的に雪智そのものを家に見立てて存在を保っている。つまり、彼は、ヒトの身でありながら、座敷童の持つ幸運パワーのすべてを得ているわけだ。だからこそ、一文無しで家を飛び出したというのに、苦労らしい苦労はしていない。多少、世間知らずが祟って手痛い目に遭ったとしても、それが逆に福を呼ぶ。そうして、次々と不自然なまでに幸運が転がり込んできて、今では、名の知れた富豪になりつつあった。
しかし、雪智は、得たもののほとんどを放出していた。
資金繰りに困っている貧しい店や、村、人。ありとあらゆるところに資財を擲って、手元には、本来の富の百分の一ほどしか残っていない。
雪智が富や名誉に興味がないのは昔からだが、座敷童にとっては、いつまで経っても富まない彼の生き様に、少しばかりの不満があるらしい。
責めるわけではなく、むしろ、困ったようにぼやく彼女に、雪智は楽しげに瞳をきらめかせた。
「――まあ、人間にもいろいろいるってことさ。少なくとも、僕の幸福は、金や名誉、権力なんて俗っぽいものじゃ買えないからね」
「…ふむ、奥が深いのう。ならば、何に満足するというのじゃ?」
じっと、真剣な眼差しが雪智の頬に突き刺さる。
それを痛そうに受けながら、彼は苦笑した。
「――それがわからないから、君は僕を幸せにできないんだよ」
「?? 我の力量不足が原因ということかの?」
真面目な口調で考え込む楓の姿に、雪智が吐息する。
「……そうじゃなくてさ。何で、わからないんだろうね。結構、あからさまなのになあ」
そっと、手を伸ばす。
こちらを覗き込む白い顔は、初めて出会ったときから変わらない。
違いがあるとすれば、実家の結界に閉じ込められていた頃の彼女には、こんなふうに触れられなかったということ。それは、身体的にではなく、心でという意味合いで。
白い無防備な頬に指先が届く。
しかし、神様に触れられるはずがないから、触れているようなフリをするだけ。
傍にいればいるほど、痛感する。
神様と人間との違いを。
時間が経てば経つほど、深く考えるようになる。
どうすれば、彼女に触れられるのか、近づけるのか、と。
結局のところ、どうにもならないのだとわかっていても――それでも、模索し続けずにはいられない。
彼女を永遠に自分のものにする方法を。
決して、誰の色にも染まらないはずの純白の心を染め上げる術を。
こんなことを考えるのは、馬鹿げていると自分でも思う。
だが、あのとき―――彼女を連れて家を出たとき、雪智の胸には、彼女を自由にしたいという気持ちと、もう一つの感情があった。
それは、他でもない独占欲。
三男坊である自分は、どう足掻いても彼女の傍にはいられない。特に、自分を嫌っている長兄が当主になれば、家を追い出されるのは目に見えていた。そんなことになったら、二度と彼女に会う機会はなくなる。だから、いっそのこと、連れて出ようと思い立った。どんな罰を受けてもいいから、何を犠牲にしてでも傍にいたいという一心で、暴挙に出た。
その結果、家族は不幸のどん底に落ち、雪智は――楓の能力で、幸運だけを拾い集める人生を得た。
傍から見れば、幸運の極み。幸せに満ちた、理想的な生き様。そのはずなのに、富を得れば得るほど、虚しさだけが募っていったのは――…気づいていたからだ。物理的な富には、何の意味もないということに。自分が求めているのは、決して手に入らない至宝なのだと。
――楓。
本当の意味で彼女を得る幸福に比べれば、湯水のように湧き続ける金も名誉も権力もただの紙切れにすぎない。それらをビリビリに破いてしまって、すべてを失ったとしても、何も惜しくはない。むしろ、身軽になれて楽だと感じるかもしれない。
――ただ、一度でいいから。
その白い絹のような肌に触れてみたい。奇跡でもまぐれでも何でもいい。力いっぱい抱きしめることができたなら、どんなに――……。
「雪智よ、どうしたのじゃ? 泣きそうな顔をしておるぞ?」
その声に、はっと我に返る。
柄にもなく、感傷に浸っていたらしい。
雪智は慌てて飛び起きて、取り繕うようにぎこちない笑顔を浮かべた。
「な、何でもない。それよりも、楓。新しい家について、もっと詰めて考えようじゃないか」
「? うむ、そうじゃの」
露骨なほど極端に明るい声を出した雪智の様子を訝りながらも、楓は再び図面を眺めて口を開いた。
「我としては、もう少し家を大きくして、ここの間取りを変えてほしいのじゃが」
指差しながら意見する楓に相槌を打ちながら、雪智は、内心で嘆息を漏らした。