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六人目

(省略)

「……いつもありがとう」


 玖珂と呼ばれた男子生徒は言う。まさか、呼ばれたと思えば惚気に近いことを聞かされたとは。それも、誰もいない教室で延々と。


「しかし、雪兎とかいう男と同居とは。お父さんは許したのか?」


 彼は坂谷高雅という。四季の唯一の友達である。偶然、角を見ても何も言わず、何もなかったかのように接してきた。


「……雪兎は、この角を怖がらなかった」


 そう言う四季の顔はほんのりと赤かった。どうも、嬉しかったらしくこうして惚気てくる。それも、平然と。


「俺も会ってみたいな」

「……会えると思う」


 朝の教室には、四季と高雅しか居ない。しかし、それでも四季の惚気話は止まることがない。なんだかんだで、高雅は四季の話を最後まで聞いている。


     ***


 雪兎は、その光景を知り合いから聞いていた。四季を怖がらない子たちが、意外に多くいるらしい。ある意味で、同性は大丈夫だけど異性には怖がられるみたい。その理由は、まあ分かるだろう。あの角がそうだから。


「玖珂君、か…。もうすぐ会えるかな」


 雪兎は笑う。四季はあまり話したがらないからだ。何故なら、角を包帯で隠しているのが理由の一つだから。雪兎は不安にさせないように、笑って接する。愛しく可愛い四季よ。空と同じ、大人しい子。二人とも、雪兎に依存している。雪兎を結局寝かせなかったのだから。四六時中、付きまとっては離れない。雪兎はもう何も言わず、笑うしかない。


「玖珂君…、会いに行きますよ」


 雪兎は、会社帰りに会うことにした。知り合いに聞いた、縁玖珂の家へ。もしかしたら、会えるかもしれないから。


     ***


「雪兎、か…逢えるのか?」

「坂谷高雅君、かな?初めまして、夏目雪兎と言います」

「お前か、雪兎とは」


 高雅は、タメ口で話す。普通、目上の人には失礼のないように。敬語で話すことをオススメしようか。


「ああ、そうだね」

「四季から聞いたぜ。同居している、お父さんみたいな人だと」

「そう、お父さんみたい…ね。そう、思っていたのか」


 雪兎は高雅に笑い掛ける。それは、気付く人には分かる笑みである。きっと、内心ではどう思っているのだろうか。


「雪兎、お前は変わっているな。人らしくない」

「君もそう、思っていたんだね」


 雪兎は踵を返す。もう話すことはないと言わんばかりに、来た道を引き返していく。


「おい、どういう事だ!」


 しかし、雪兎は返事を返さない。含みを持たせた言い方は、高雅の何かに触れたみたい。それも、雪兎の琴線に触れたようだから。


「僕は人間ですよ。ただ、ちょっと人とは違うモノを持った人間です」

「………」

「僕は、人にはないモノがあるのだからね」

「……どういうことだ?」

「見せ物にされるだけの価値はあります」

「……っ!」


 高雅は分かったみたい。雪兎の言う意味が。遠回しな言い方と、煙に撒くような性格。聞かれたくない質問は、答えられないように聞いてくる。それは、高雅を憤慨に至らしめる。雪兎は笑って、また歩き始める。

 人とは違うモノを持つ雪兎にとって、普通は必要なのだから。どれだけ、人と違うモノを持ち、普通になりたいと思ったことか。


「では、僕は帰ります」

「あんがとよ、雪兎」


 その言葉を聞いた雪兎は、また笑う。分かってくれただけ、まだ嬉しい。そして、何も聞かずにいてくれる。だから、嬉しく思える。


     ***


「高雅君、また会いましょう」


 雪兎はそう呟いて、二人が待つ家に帰っていく。片手にはさっき買ったお寿司を持って。お土産に最適であろう。

 ーーこうして、雪兎は夜に融けて消えていく。

 高雅も、それから家に帰っていった。胸に秘めた疑問を抱えて。


     ***


「不思議な奴だな。まるで、完全な人間になりたがっていたようなこと言うんだな」


 高雅は言う。さっき会った雪兎の事を考えていたのだ。普通とは何か?と聞きやがった雪兎を。けれど、やっぱり気になる。曖昧な言い回しで、話を逸らしやがった。雪兎は何故か、言わない。隠して、秘密にする。誰も知らない雪兎の秘密。普通になりたがり、人とは違うモノを持っていると言っていた。

 高雅は気になったけど、調べようがない。調べても、雪兎は何も言わないかもしれない。何故なら、自分の不利になる事は言わないはずだから。


「雪兎、お前の質問は俺が解き明かしてやる」


 高雅はそう宣言した。それを親は、怪訝そうな顔で見ている。大声で叫ばなかったら、怪訝そうに見られなくてすんだのに。何を意識しているのか、よく分からない。


「先ずは、ネットから調べるか」


 高雅はネットで、検索キーワードである夏目雪兎と入れて調べた。検索件数は25件と、少ないがヒットした。


「雪兎は、如月出版の編集者だったのか。結構、有能なんだな」


 高雅はそう呟く。しかし、どうしてこんな情報が流れているんだろうか。誰かが書いていると思うと、ちょっと悪質な気がする。


「僕は、あまり噂を聞かないようにしているから、どうなっているのかな」


 夜道を、突然呟く雪兎。どうやら、何かを察したらしくツッコミのように言う。しかし、虚しくも誰にも聞かれず消えてしまった。


「しかも、どれも本人を知っているから書いてるのな。四季と空かな」


 高雅は言う。多分、書いた相手を知っているのだろう。いや、知っているからこそ呆れてしまった。


「誰だろう。個人情報を漏らしたのは」


 高雅にすら、聞こえない呟き。まるで、地獄耳のような不思議な感覚で聞いていたらしい。


「もっと、調べるか」


玖珂はもっと深く、調べ始めた。個人のブログからサイトから、あらゆるページからしらみ潰しに探る。探せば探すほどに、知りたい情報は出てくる。


「どうして、僕のプライバシーは守られないんですか?」


 雪兎は聞こえない呟きを言う。まさか、自分の全てがネットに流されていることを予言するように。


「後で、シバき倒さないといけないね」

「……雪兎のプライバシーが無い」


 高雅は一番古いサイトから、知った。それでも、更新は3年も止まっていた。そして、憐れむように呟いた。


「最近の情報はあるのか?」


 新たに調べた結果、雪兎と暮らしている空と四季のブログがあった。まさか、ブログをやっていたとは。四季に教えてもらっていないことに軽く落ち込み。まさか、教えてくれなかったとは。


「更新は1週間前か、信用は出来るな」


 内容は雪兎との暮らしを綴った日常。あまりにも、詳しく書かれたブログに玖珂は引いた。

 起きてから寝るまで、そして仕事の内容までを。まるで、盗聴盗撮をしているかのように。そして、ブログの大半を占める雪兎の創作料理。


「あいつ、主夫かよ…。意外だな」


 空のブログは、総閲覧数が二万人を超えていた。でも、大半は主婦だと思う。毎日のレシピに悩んだ末に、頼るように見に来たのだろう。


「てか、人気なんだな…空のブログは」


 高雅は、落胆していた。正直、負けたと思う。自分もブログをやっているが、ここまで見てくれる人はいない。悔しいと思う。


     ***


「空、四季…ブログやっていたの!?」


 雪兎は知らなかった事実を、知ってしまった。それも、会社で仕事をしている最中に覗いていたのだから。今頃になって、二人がブログをやっていたことに気が付いてしまった。


「空、四季…僕の秘密を暴露しないでよ…」


 いつ測ったのか、雪兎の身長と体重、スリーサイズまで書かれていた。しかも、主体が雪兎の創作料理だった。それはまだ、いいと思うよ。主婦の皆さんに試してもらえるから。創作料理ばっかり、人気あるんだ…。


「空、四季…止めて欲しかったよ…」


 雪兎は会社を出て、家に向かう。二人が帰ってきたら、問い詰めたいから。人のプライバシーを無視した二人に。怒りたい。別居してやろうか。雪兎の何かが、プツリと切れてしまった。夕方になり、四季と空が学校から帰ってきた。


「……四季、空。言いたいことがあるんだけど」

「「………」」

「どうして、僕の個人情報が漏れているのかな?盗聴と盗撮して、ストーカーだよね。怒っていいのかな?」


 雪兎は笑って、まな板に置いていた魚に包丁を突き刺す。そのまま、ぐりぐりと目を抉り続けた。暗に、おまえもこうされたいのかという脅し。


「「…………」」


 完全に怒っている。特に、魚は悲しい末路を辿っていた。目を集中的に包丁で抉られているのだから。いつまでも、止める気配がない。


「ごめんね。気付かなかったよ、僕は別居しなくてはいけないよね」


 そう言って、雪兎はまな板に包丁を突き刺したまま、書斎に引きこもる。丁寧に鍵を掛けて、入ってこられないようにする。



「……はあ。全て、公表されてしまったよ…」


 頭を抱えて、雪兎は落ち込んでしまう。これじゃ、知られたくない秘密なんか隠し通せない。


  ***


「……雪兎、怒っていた」

「………うん」


 四季と空は、どうしようか考えていた。まさか、ブログに書いていたことを見られていたとは。誰に聞いて、ブログを見ていたんだろうか。


「……止めて。隠していたかったのに。特に、ブログに書く時点で止めてほしいよ。悪用やれるでしょう!!」


 雪兎の叫びが、聞こえてきた。そりゃそうだろう。ブログに書く時は、個人情報は書かないように。悪用されますので。


「……どうしよう」

「………それ、考えてなかった」


 四季と空は、顔を見合わせて悲しむ。雪兎が、知られたくなかったことを書いてしまった。隠していた秘密を、ばらしてしまったのだから。


  ***


 雪兎は羞恥から、床を転がっていた。からかわれる、絶対に同僚たちに。知られたくないよ、絶対に。

 知られたくないこと、それは天然ドジだった。毎日、ドジをやらかし、周りを笑わせる。それを、雪兎は恥だと思っている。笑わせるために、ドジをしているわけではない。

 どこか、常識を欠けていたから注意力が散漫している。危なっかしいのが、周りの女性の母性本能をくすぐる。『守ってあげたい』『助けてあげたい』と、思わせてしまう。それが、雪兎の周りが思う印象。


「二人共…よくも、ブログに書いてくれたよね」


 四季と空は、後ろを振り向いた。そこには、恐い顔した雪兎が佇んでいた。青筋を浮かべて、にっこりと笑っていた。


「「…………」」

「僕は、隠していたんですよ?天然ドジを」


 雪兎の後ろに、般若が佇んでいた。とても、怖い。この怒りは、治まることはないみたい。どうして、こうなった。


  ***


 雪兎は日頃の疲れからか、壊れぎみだった。どこか、異常をきたしている。その証拠に、目が据わっているから。毎日、空たちに付きまとわれ、どこに行くにも疲れてしまう。


「これから、会社の同僚たちにからかわれるんですけど?」


 雪兎はいつの間にか、ハリセンを持っていた。材質はなんだろう。妙に固そうな紙を使っている気がする。それに、重量はそれほどない。


「………」

「…………えっ」


 二人は、唖然としている。まさか、怒らせてしまうとは。しかも、ハリセンも構えている辺り、怒りは相当深いようだ。


「マナーを守れないような子はいらないよ。僕はそれほど優しくないから」


 笑っているけど、目は鷹のように鋭かった。怒りの度合いは、計り知れなかった。


「うっかり、イライラして叩いてしまうかもしれないね。痛いって言っても、止めることはしないから」


 力の入った言葉に、雪兎の怒りを感じる。


「今すぐ、訂正するか消しなさい。同僚の方は、殺ってきます」


 些か、字がおかしい気がする。まるで、半殺しにするかのような言い方だった。一体、何をするつもりなのだろうか。


「さて、夕飯の準備でもしないとね。お腹空いた?」

「……う、うん」

「………YES」


 そう聞いた雪兎は、魚を捌いて煮物を作っていた。次に、冷蔵庫から取り出した秋兎作グラタンを、オーブンに入れて焼く。


「もうちょっと、待っていてね。……今すぐ、消しなさい」


 雪兎の般若を見た、四季と空は急いでパソコンに向かう。ブログから、雪兎の情報を削除する。急いで、その旨を書いて忘れるよう書き込んだ。

そして、今回の教訓を得た。

 ──人のプライバシーを踏みにじったら、殺される覚悟をした方がいい。


「二人、出来たから早く来てよ」

「……止めよう……」

「………うん」


 そう言って、雪兎の元に急ぐ。楽しい団らんは、ちょっとブリザードで冷えていた。


「……くくく。僕の天然ドジを知った人は、×××にしよう」


 後日、同僚たちは仕事の量が増やされていた。それも、編集長でさえ雪兎の逆鱗を抑えることは出来なかった。というか、部下が権力を握っているなんて。


「……くくく。知るから、こうなるんですよ」


 如月出版社は、今日も雪兎の逆鱗を恐れる。一介の編集者に権力を握られているなんて、どこを探しても如月出版社だけ。


  ***


 高雅は、雪兎の天然ドジを偶然知ってしまった。たまたま、見かけてしまったのだ。まさか、偶然見られるとは。


「……天然ドジだったんだ。だから、電柱に謝っていたのか」


 その呟きの通り、雪兎は電柱にぶつかって、謝っていた。てか、人と間違えて、平謝りしていた。目が悪いのか?


  ***


「おやすみなさい。いい夢を見なさい」


 そう言って、雪兎は眠る四季と空に笑いかけて、居間に向かう。眼鏡を掛けて、パソコンを開き電源を入れた。二人が寝静まった頃に、仕事を始めた。担当の作家さんたちには、用事はパソコンかメールで済ましてもらっている。会社にも出勤して、仕事を終わらせる場合もある。


「玖珂君、空気になりがちだったね。ごめん、出番を潰していたよ」


 そういえば、玖珂が出番少なかった。


(省略)

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