五人目
「秋兎が急用で、いないからまた今度にしますか」
そう言って、雪兎は一冊の本を置いていく。
***
澤依四季の物語へ、ご案内致しますよ。
「四季、まだ…人が怖いのか?」
翠慈は、澤依四季と呼ばれる同級生に話し掛けていた。唯一、四季が話せる相手が翠慈だから。
「……」
四季は頭に何故か、包帯を巻いている。それに何も話さない四季に翠慈は困っていた。
「こうなったら、雪兎に頼むか…」
「…雪兎?」
四季は翠慈が呟いた、雪兎という言葉に反応した。どうやら、四季は雪兎に会いたいらしい。これはいい感触だと思った翠慈は、早速雪兎の許に向かうことにした。
「四季、雪兎に会いに行くぞ」
翠慈は四季の手を引き、雪兎の許に行く。四季の手を引いて、歩いていく。その間、四季は何も言わずに付いていく。
***
「翠慈君、この子は誰ですか?」
「こいつは、澤依四季。雪兎は優しいからな」
翠慈は四季に言う。雪兎はその様子を見ていた。どうやら、どんな子なのか見極めているようだ。
「……雪兎」
四季は囁くように言う。その呟きを聞いたのか、雪兎は反応する。何を言いたいのか、興味を持っているようだ。
「………」
「……四季君だね」
雪兎は話し掛ける。優しく、怯えないように語りかけた。昔、経験したことを元に動き始める。
「四季を頼んだぞ」
翠慈は雪兎に任せて、帰っていった。四季はそのままにするみたい。仕方ないので、今回は泊めることにする。
「四季君、包帯の下のせいで虐められたのかな」
雪兎は洞察眼で見抜いた。包帯を巻いているようだけど、怪我をしている様子はないことから、何かを隠しているようだ。
「……うん」
「(あの時の空に似ている)」
雪兎は思う。そして、胃が痛くなってきた。前も胃潰瘍で入院したばかりなのに、またすることになりそう。そんな様子を見ていた四季は、おもむろに頭の包帯を取る。下から見えたのは――立派な角だった。
「かっこいい角だね、僕は好きですよ」
雪兎の言葉に四季は反応する。今まで、聞いたことのない言葉だった。まさか、褒めてくれるとは思っていなかったようだ。
「……あ、ありがとう///」
「四季君は人間なのに、角のせいで恐れられているんですね」
「……雪兎は怖くないの?……」
「怖くないよ。そもそも、僕も普通じゃないから」
「……えっ?」
四季は驚いた。見たところ、雪兎は普通の人間のはず。なのに、雪兎は自分を普通じゃないと言う。
「僕の常識は、普通じゃないんだ」
「……そうなんだ」
「角は隠せるよ。でもね、僕のは隠し通せないんだ」
そう言って、雪兎は突然服を脱ぎだす。そして、背中から露になったのはーー白い羽。それは、穢れなき純白の翼だった。
「驚いたかな?これは、生まれつき生えていたんだって。何、僕と君には人と違うかっこよく誇れるモノがあるからね」
「……秋兎に、かっこいいと言われた」
四季は言った。嬉しいのか、ほんのりと顔を赤くしてデレる。
「そうだね、かっこいいよ。強そうじゃないかな」
雪兎は四季の返事にそう言った。まるで、何当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに。
「……雪兎、空…誰なの?」
「一緒に住んでいる子だよ」
「……住む」
四季は対抗心を抱いたみたい。そんなに、雪兎と住みたいのか。空に負けたくないからって、一緒に住む辺りおかしいと思う。
「……良いですよ、住みましょう」
雪兎は思わず返事した。うるうるした瞳に上目遣いをしていた四季を見て、不覚にも可愛く思ってしまったようだ。犬のような甘え方に雪兎の心はきゅっとする。
「よく抱くよね」
雪兎はそう思った。あんな思いなんて、秋兎だけでいい。生涯、雪兎は秋兎の友人として、そして幼馴染みとして付いていこう。
「……行こう……?」
四季は首を傾げる。一行に歩き出さない雪兎に、何か思うらしい。
「はいはい、行きましょう」
雪兎は四季を連れて、家に向かった。目的は、空の家。多分、今も待ち続けていると思う。
「ちょっと待ててね」
そう言って、雪兎は空の家に向かう。チャイムを鳴らして待つ。そして、ドアが開くのを待つことにした。
「……はい?」
「雪兎だよ」
すると、ドアがおもいっきり開かれた。それも、チャイムを押してからまだ一分もしないうちに。
「……雪兎!!会いたかった」
そう言って、空に抱き付かれた。そもそも、雪兎の心労の大半は空なんだけど。それでも、言わずに心にしまっておく。
「ごめんね。置いて出ていったよ」
空の頭を撫でながら、苦笑してしまう。置いていったのは確かである。けれど、それは空の依存症を治そうとした結果であり、それが今の空の状態でもある。
「……ここで、噂になってしまったら嫌だから、この先のマンションに向かおう。部屋は借りているから」
雪兎はそう言って、空の家を離れた。向かう先は、最近建てられたばっかりのマンション。親がオーナーをしている。
「四季、空…行こうか」
「「……うん!……」」
四季と空は、子供っぽく頷く。あまり喋らないけど、空に対抗心を抱き、一緒に住もうと言って、雪兎の心を鷲掴みにした四季は可愛い。空もあまり喋らなくなってきて、行動で表現してくるから、雪兎の心にキュンとして可愛い。
「家の事は僕がするから、学校に行くんですよ?帰れば、僕を独り占めに出来るよ……二人共」
素直に頷く四季に一瞬、可愛いと思ってしまった。けれど、すぐに別のことを思うことにした。前に思って、その後に体調を崩したから。
「四季、空。ここが僕の家になるよ」
その家は、雪兎の親が個人経営しているマンションの一室になる。大切な息子のために、与えた部屋でもある。主に、体調面についてであるが。
「……雪兎と一緒……えへへ///」
「………///」
なんて幸せな顔で笑うんだろうか、二人共。そう思いながら、携帯を開く。時間を調べたけど、あまり経っていなかった。
「さあ、入りますよ。四季、空」
そう言って、雪兎は笑いかける。ドアを開けて、先に入った。中は、雪兎の趣味が満載のシンプルに落ち着いた部屋。されど、どう見ても異国の部屋にしか見えない。
「……お邪魔します……」
「畏まらなくてもいいよ。僕たちで暮らすんだから」
「……早速、一緒に寝よう」
四季は気の早い子だった。まさか、既成事実を作ろうというのか。まさに油断の出来ない子である。
「夕飯作ってからね。じゃないと、お腹空いちゃうからね」
雪兎は四季の頭を撫でてから、角を触る。触った感触は、固かった。本当に、角であると実感した。
「似合うよ、その角」
雪兎にとって羽が生えていることが普通である。だから、色んな物事に挑戦して、そして後悔した。周りと違う、自分の姿。自分だけが羽を持っている。
もう、普通になれない。そう異常な考えに、至ってしまった。雪兎には異常しか側に居ない。
寂しいや怖いと思う感情は、唯の言葉になっている。何も感じれない。どうして、周りが言っているか理解出来ない。
共に連れ添ってくれそうなパートナーは、どこにもいない。皆、雪兎を避けるように逃げていったから。だから、四季たちと暮らす。これは雪兎の何とも言えない何かの為す事。故に、雪兎はいつも独りぼっちなのだ。
「……四季君、抱き付かれては料理が出来ないよ」
「……やっ!僕を必要としてくれた」
「仕方ないですね、抱き付いてもいいですよ。空も抱き付きたいなら、来ていいよ」
と言った途端には、抱き付かれていた。四季は孤独感を見せる瞳をして、抱き付いた。空は置いていかれたくないから、抱き付いた。それを笑って、許した雪兎。
「四季、空…」
四季は離れた。空も、しぶしぶ離れる。テーブルに料理を次々と置いていく。四季は僕の隣に座る。空も反対の方に座る。一時も離れたくない四季と空。雪兎は苦笑しながら、食べる。
すると、携帯が鳴り出す。
「もしもし、あ…はい、雪兎ですが…えっ!ありがとうございます!!明日買いに行きますね」
雪兎は携帯を閉じる。
「……秋兎、何?……」
「さっき、四季が欲しがっていた物が安く売ってくれるみたい」
「……やった、猫のぬいぐるみが手に入る///」
四季は嬉しそうに言う。子供のような仕草が空と似ていて可愛いと思った。僕は笑いながら、四季を見る。
すると、トントンと叩かれた。
空を見ていると、じっと見つめられる。無言で。
「分かったよ。空にも買ってあげるから」
「………」
コクンと頷かれた。先が見えない未来。どこまでも続く、沈丁花の道が雪兎の見た最近の夢。どうして、それを見たのか。
「四季、僕は虐めないよ…あまり守れないけど、傍に居てあげるよ」
四季に言った。僕に依存してほしくないから、時々突き放すように逃げる。
「……虐めないよね?見捨てないよね?」
四季は情緒不安定のまま、言う。おまえもか、僕を入院させようとするのは。だから言っただろう、前に胃潰瘍で入院して、ようやく退院できたと思ったのに。
「……さらっと、僕の心労を増やすこと言わないでよ」
雪兎の発言がおかしい。増えることが前提である。夕食を食べ終えたあと、片付けを済ませる。四季と空とお風呂に入るために。
「四季、空…、お風呂に入ろうか」
そう言うと、二人は駆けよってきた。洗面所に入って、服を脱いでから浴室に入る。雪兎は、浴槽に入って温まる。疲れが取れて、心が安らいでいく。四季と空は、雪兎に寄り添って入っている。
「「………」」
「……僕は、どこにも行かないよ。置いていったり、しないから安心しなよ」
そう言って、思わず苦笑いしてしまった。そして、また密かに病院に行くことが決定した瞬間でもある。
「……秋兎は僕の嫁だ」
「……!」
四季の大胆な発言に、空はびっくりした。そして、雪兎もびっくりしてしまった、突然言われて、また胃が痛みだした。
「……四季。雪兎は渡さない」
えっ…。突っ込まないの?それ以前に、男は嫁になれないんだけど。何を言っているのかな。
「……渡さない」
四季に手を掴まれた。反対の方では、空にも掴まれていた。どうして、こうも対抗心を出すのか。
「……こっちこそ」
「………」
雪兎は、『お前は嫁』発言をされたのは初めてだった。人生でも、そんなことを言われたことはない。どこで、それを学んできたんだ。こんなに驚かされたのは、びっくりした。
「……ねえ、出ていいかな?のぼせてしまったんだけど」
雪兎が出ていったあと、二人は話していた。と言っても、時間の掛かる会話である。
「……雪兎に褒められたい」
「……僕も」
二人は雪兎は愛したかった――
親と云う存在に近かった――
温もりに触れていたかった――
触れたら壊れてしまうくらいに繊細だった。
「「……出よう」」
二人は頷いて、一緒に出ていく。そこには、着替えの服が用意されていた。それは、色違いの同じパジャマである。
「あ、二人共、出てきたね。一緒に寝ようか」
そう言って、顔を覗かせてきた雪兎。パジャマは二人と同じモノの色違い。いわゆる、お揃いのパジャマ。
「明日は、絶対に学校に行くんですよ?家事は僕に任せてください」
そう言った後に、二人に手を引かれて、寝室に向かう。タブルベッドに三人で寝る。
「真ん中に僕が寝るから、二人は両側に寝なさい。平等に抱き付けるよ」
そう言って、二人の頭を撫でながら笑う。結婚していないけど、子供を持つ時はこんな気持ちなのかなと思いながら、明日のメニューを考える雪兎。
***
「「………すやすや」」
「おや、眠ってしまったか。もう少し、喋ってくれないと困るよ」
雪兎はそう言って、就寝した。二人と同棲して、一日目が経った。
「二人共、起きてください。学校に遅れますよ」
そう言ってから、朝食の支度に取りかかる。何を用意した方がいいんだろうか。悩んだ末に、無難な和食を用意した。そもそも、空は分かるのだけど四季のは分からなかったから。
「……おはよう……」
「………うん」
寝ぼけた二人を座らせて、食べさせる。雪兎は二人の様子を見て、安心したように胸をなで下ろした。
「四季、空。僕は家で、仕事を出来るように頼んできたから、毎日家にいるよ」
そう、四季と空のために家で仕事出来るように編集長に頼んでおいた。二人のために、無理を言ってまでお願いしてきたのだ。
「さて、学校に遅れますよ?早く、行きなさい」
二人を学校に行かせて、僕はパソコンを開く。電源を入れて、メールを開いてみた。同僚からメールが来ていた。多分、何かあったんだろう。念のため、置き手紙をして会社に向かった。
如月出版社──僕が編集者として、勤めている会社。中に入って、自分のデスクに向かう。すると、置かれていた封筒を見つけた。開いて覗くと、原稿が入っている。
43ページの完成した小説の原稿。読んでみると、前に聞いていた話とは変わっていた。電話を掛け、作家さんに聞いてみる。
「ーーもしもし、如月出版の夏目雪兎です。届いた原稿を読ませていただきました。ええ、1~23ページは良かったです。唯、24ページ以降は展開が急過ぎて、読者が追い付けないと思います。1週間以内までなら、時間を伸ばせますので直してください」
そう言って、電話を切る。一息吐いたあと、片付けておく。
「先輩、凄いっすね!完成した原稿を描き直させるとか」
「いや~、昔から担当させていただいているので、癖で言いくるめてしまうんですよ」
苦笑いして、原稿を封筒に入れる。他に仕事が来ていないか、確認してから帰宅する。
「じゃ、何かありましたら電話なりメールなり、報せてください」
二人が待つ家に、急いで向かう。ドアを開けると、二人は夕食の準備していた。
「ごめんね。急に、会社に行く用事が入ってしまったから。夕食の用意をさせてしまったね」
「……別に」
「……大丈夫」
「………もう少し、喋ってほしかったよ」
雪兎は二人の将来を心配してしまう。いつまでも、一緒にはいられない。雪兎が先に出ていくか。それとも、二人が出ていくか。
「Lo he pasado muy bien(とても楽しかったですよ)」
その言葉は、雪兎の心からの本心である。笑って、二人の元へ向かっていく。どうか、もう少し楽しい時間が続きますように。