四人目
「秋兎さん、空は元気ですか?」
「ええ、今は翠慈君が面倒見ているようです」
その言葉に、雪兎は安心する。休んでいたおかげで、溜まってしまった仕事や放心した空などで、心労が祟って病院に入院してしまったのだ。ようやく、退院した足で図書館に向かい、様子を聞く。
「……休んだ方がいいですよ。一緒に暮らすんでしょう?」
「今の仕事は忙しいけど、憧れて入ったからね。休まず働いて、空を養っていけるように蓄えるんだよ。それに、昔のことは忘れていないからね?」
仕事中毒の気があると思う。それと、昔のことは持ち出してほしくない。全部、僕が悪いんだから。そう、秋兎は言う。
「……死なないように。入院しても、知らないからね」
「……うん。休もうかな」
***
巌堵翠慈の物語をご覧になりますか?
「翠慈…もし、雪兎に会えたら伝えて欲しいんだ…」
「空…、雪兎ってのは誰なんだ?」
翠慈は言う。長い付き合いの中で、一度も聞いたことない名前だったから。それに、その名前を呼ぶときの空は嬉しそうだった。
「…雪兎は俺の親代わりなんだ…」
「………」
空は虚ろな目をしながら、翠慈に言う。雪兎に逢えない空は日に日に、目が虚ろっていく。どうやっても、空の目には何も映していなく、光を宿していない。日に日に壊れていく空を何時も翠慈は見ていた。
幼なじみとして、翠慈は空に話し掛けていた。それも、気の遠くなるほどに長く。それでも、止められなかった。
***
「空…壊れないでよ…」
雪兎は秋兎から聞いて、心配そうに言う。ちょっとしたことから、離れたはずなのに、どうしてこうも心を掻き乱すのか。
幼児退行していく空に、雪兎は間違った選択をしちゃったのかもしれないと後悔する。だからこそ、雪兎は呵責の念に駆られた。
「空…今、逢いに行くよ」
雪兎はそう言って、編集者の仕事を終わらせようと頑張る。そのあとに起きることを予測出来ずに。
***
雪兎は空の家の前に佇む。なんて言って、会いに行けば分からない。こんなことなんて、初めて経験したからどうすればいいのか悩む。
「空、立ち寄ったよ」
雪兎は震えた声で呟くように言う。震える指でチャイムを押して、空を呼ぶ。怖い。空を置いて、姿を消したのに。
ガチャとドアが開く。
「……は…い…」
「そ、空…、久しぶりだね。立ち寄りに来たよ」
「……雪…兎…!」
空は雪兎に抱き付いた。幼児退行する空にとって、雪兎は最愛の人。壊れかけた心を治す道具。親代わりの愛情を沢山満たさせてくれる親的存在。そして、初恋の相手である。
「空…。最近、幼くなっているね」
雪兎は慈愛に満ちた優しさを掛ける。自分のした後悔の分だけ、愛情を注いでいく。この気持ちが例え、本当でも偽りでもいい。だから、この時間だけは何も思いたくない。
「逢いたかった…」
寂しかった空の心を癒す。本当は、このために来たわけではない。けれど、空が抱きついてくるから、そのままにしていた。
「いまから、空の幼なじみの翠慈くん…だったかな?に挨拶に行くけど、着いてきますか?」
雪兎は空に問い掛ける。顔を知らないから、付いてきてほしいけど。それでも、無理強いはしたくないから何も言わない。
「……行く…」
「そう、行こうか」
雪兎は空を連れて、翠慈の許に行く。その間、空は雪兎の背中に乗っていく。もちろん、身長的に空の方が大きいのだけれど。それでも、雪兎は頑張って支える。
勿論、家の鍵は閉めておいて。そして、目的の場所まで歩いていく。
***
「なんだ!」
翠慈は戸惑った。いきなり、不思議な空間にいた。周りが真っ暗で、何も見えない。ただあるのは、勿忘草だけ。それも、たくさん咲き誇っている。
翠慈は一人で居た。側には味気ない勿忘草だけが咲いているのだけれど。
「初めまして、かな。空の幼なじみの翠慈君」
翠慈の後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには空をおんぶする、知らない男がいる。見るに、そこそこいい会社に入っていると思う。
「お前は誰…空!何でお前が此処に居るんだ」
翠慈は叫ぶ。空を背負っている男が怪しく思え、声を荒げながら。それに、空が知らない奴にあんなに馴れ馴れしくするはずがない。
「空に付いてきてもらったかな」
雪兎はさらっと言う。それも、あっさりと。
「…って事は、お前は雪兎だな?」
「うん、そうなるかな。空のお世話をしていた、夏目雪兎と言います」
雪兎は白々しく言う。それも、自分が悪いことをしていたことを隠すこともなく。何も言い訳せず、さも当たり前のことをしていたと。
「何だよ、この勿忘草だらけの場所は!」
「それは、僕も分からないね。秋兎が、何かしていたみたいだから。あ、でもね…この場所は翠慈君の心を表しているらしいよ」
「どうやったら、抜けられるんだ!」
翠慈は叫ぶ。こんな訳も分からない場所に、空と姿を消した雪兎と一緒にいるのだから。こんな重苦しい雰囲気が漂うこの場を、早く出たい。
「……翠慈、雪兎は優しいよ…」
空は言う。相変わらず、死んだような虚ろな目で。どこまでも、雪兎のことを信じ続けている。いや、むしろ依存しているからなのか、雪兎のすること全てが正しいと思っている節がある。
「……空、僕は優しくないよ。君を置いて、出ていったのは僕なのだから。その僕のすること全てを正しいと思わないでほしいんだ。僕は万能じゃないんだよ…。ねえ、どうしてそこまで僕を苦しめたいの?」
「なっ!」
翠慈は驚いてしまった。雪兎が、空を置いて出ていったということを。そしてなにより、空のことを考えて突き放すことばかり言っていたのだから。
「僕はお世話していて、悩んでしまったんだよ。空は僕を親代わりだと思っているよね?それは間違いなんだよ、僕はご両親にお願いされたから世話をしていたんだから」
「空!寂しいからって、人様に迷惑掛けやがって!それも、こんなに空を思ってくれているのに!」
翠慈は空を怒る。雪兎がこんなに世話してくれたのに、今の空はただ、その優しさに甘えているだけ。
「……優しい、雪兎は」
空は気にしなかった。むしろ、それを当たり前だと思っている。むしろ、
質が悪い。
「空の両親に頼まれて、一緒に暮らしてみて楽しかった。でも、いつまでも僕は優しくないよ。自立してくれないなら、僕は海外に移住するからね」
「……空、殴るからな!」
翠慈はどうやら、短気みたい。でも、そんな彼だから空を安心して託せるのかもしれない。
「いつまで、ここに居ればいいんだ?」
雪兎は翠慈に向かって言う。口を開く瞬間ーー勿忘草が微かに揺れ動いた。
「別に、このまま歩いても構わないよ。自由に帰れるから」
雪兎は苦笑する。まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかった。大抵、早く帰りたがるものだから。
雪兎の服を、空は引っ張る。人の話を聞いていないと思う。
「……雪兎…帰ろ」
「そうだね、帰ろうか。ーー僕はいつか、倒れてしまうね」
雪兎は勿忘草の途を歩いていく。小さく呟いた言葉は、誰にも聞こえていない。その後を、空も歩く。そして、一人残された翠慈も、慌てて付いていく。
「ま、待って!」
雪兎達は、勿忘草が咲き誇る中を歩いていく。
「翠慈君、君の心は…何か忘れたい事でもあるのかな?」
「な、何故分かった!」
「簡単だよ…。翠慈くんが動揺するたびに、ここの花が揺れるんだよ」
雪兎の指摘に翠慈は無言になる。まさか、見破られていたとは思っていなかったのだろう。
「………」
「…雪兎、家は…まだ?」
空気を読まない空は言う。どうして、こうも空は空気を読むことをしないのだろうか。もう、頭が痛くなる。
「まだ、翠慈君が動揺している間は無理ですよ」
雪兎はきっぱりと言い切る。その言葉の裏には、優しさと厳しさが混じっていた。
「……翠慈、動揺しないで」
空は無理難題を言う。そんなことが出来るなら、ここに来るわけないだろうが。何を言っているんだ、と雪兎は内心思っていた。
「無理だーっ!」
そう簡単には、動揺は止められない。簡単に止められるなら、雪兎は空を見限っているはず。だから時間をかけて、ゆっくりと動揺を止める。
「では、行こうか」
雪兎は空に抱きつかれたまま、歩いていく。それこそ、何とも思っていないように。
「ちょっ!置いていかないでよ!」
翠慈は言う。動揺なんて、止められるはずもない。それでも、しないようにすることは出来る。
「人間は誰しもが、動揺するもんですからね」
雪兎は言いながら、歩いていく。その口ぶりでは、その秋兎が人間じゃないと言っているようなものだ。
「秋兎は人間じゃないのか?」
「秋兎は人間だったよ。今じゃ、人間を辞めているみたいだから」
「……そうなの?」
空は首を傾げる。そんなこと、一度も聞いたことなかったみたい。
「実際に見たときは、呼び出した悪魔と契約して、人間だったことを放棄したようですから」
雪兎は先頭を歩きながら言う。どう聞いても、曖昧に濁している。
「なら、今の秋兎は何だ?」
翠慈は疑問をぶつける。人間を辞めたのなら、一体何だ。
「そうですね。それは、僕にも分からないんですよ」
「どういう事なんだ?」
「それだけは、秋兎も言わないんですよね。まあ、予想はついていますけどね」
雪兎は何でも知っている訳ではない。ただ、予想はしているみたい。たから、知っているだけなのだ。
「さて、小さい時の僕たちの話でもしようか」
雪兎はさも、昔話のように語りだした。それも、懐かしいというように。
***
秋兎は本で見た魔方陣を試してみた。それも、悪魔を呼び出す方法
の魔方陣だった。
側で見守るのは、背中に羽を生やした雪兎。人間のはずの雪兎に、白い羽が生えていた。
この世界には、稀に普通の両親から生まれた子供に、人とは違うものがある。様々な種類があり、雪兎のそれも、その一つである。
「ねえ、秋兎。悪魔を呼び出していいの?」
「いいんですよ。僕は人間というものに、飽きたのだから」
「でも、正直僕は場違いじゃないのかな」
「……雪兎、悪魔を呼び出す贄になってくれ」
「……。それ、本気なの?」
雪兎は秋兎の頬を殴って、頭をチョップする。
「それ、僕が危ないよね。友達を平気で生け贄にするんだ」
「だ、だってっ!」
「友情って、儚いんだね」
そう言って、雪兎は魔方陣の中に入る。そして、秋兎に語りかける。最期と言わんばかりに、優しい表情をして。
「ほら、悪魔を呼び出すんでしょう?早くしてくれませんか」
「う、うんっ!じゃ、始めるよ」
「どうぞ」
そして、始まったのが悪魔召喚。それも、呼び出す贄は生きた特殊な人間なのだから。
徐々に、魔方陣から現れたのはサタンと呼ばれる悪魔。それも、位の高い悪魔なのだから、始末が悪い。
『欲深き人間よ、貴様は我に何を求む?」
「ーー俺は人間を辞めたい」
『くくく、貴様という奴は。そんなに、人間を辞めたいのか。贄を供えてまで』
「ああ、人間というもの飽きた。人外になるのも悪くないだろ?」
秋兎はそう言って、笑った。顔を半分前髪で隠しているのに、よく笑っていることが分かる。
『よかろう、お望み通りにしてやろうじゃないか!』
悪魔は言うなり、手を秋兎に向けて力を放つ。それは、あまりにも禍々しいオーラを放つ魔力だった。秋兎は一身に、その力を浴びるように受け止めた。そう、秋兎は『悪魔』になった。
次に目をくれたのは、贄となっていた雪兎だった。
『そこの贄は珍しいものだな。ただの人間なのに、鳥の羽を生やしている。まるで、天使のようだ。鑑賞するのも悪くない。しかも、顔も我の好みだしな』
その言葉を聞いた雪兎は、諦めたように項垂れた。まさか、サタンが堕天していたとは。まあ、秋兎は気付いていないみたいだから。
「……さ、サタン様。何故に、私を鑑賞なさろうとするのでしょうか。背中に羽が生えているだけの人間を」
『ふん、その質問に答えてやろう。さっきも言ったが、そもそも羽を生やした人間など、珍しいのだ。大抵は、見せ物にされ満足にメシを食わせてもらえず、死に逝くのだからな』
「……なら、私のような存在は稀少なのですね。私はサタン様の処に連れていかれても、生きていられるものなのでしょうか?」
『そんなもん心配せんでもいい。特殊な鳥かごに入れば、人間でも生きていられるぞ』
サタンの言葉は、雪兎の不安と心配を分かっていたからなのか。生きていられると簡単に言ってのけた。
そして、雪兎は勇気を出して、サタンの胸に抱かれて魔界に消えた。悪魔と契約して、無事でいられた者は珍しい。大抵は、贄にされた者の犠牲か、もしくは契約した悪魔の僕になる者か。秋兎の場合は、雪兎の自己犠牲の元で無事にいられた。
***
雪兎は羽がよく見えるように、特殊な服を与えられた。そして、首に鎖の付いた首輪を付けられ、鳥かごに入っている。
しかし、サタンは一度鑑賞すると決めたら、どこどん世話をするらしい。それも、優しく羽をブラシで梳いてくれたりと、雪兎を大切そうに扱ってくれた。
「……どうして、そこまで優しく扱ってくれるのせしょうか」
『うむ。昔な、どこぞの悪魔が"シロ"と同じ存在を持って帰ってきたことがあるのだ。しかし、人間は悪魔と違って儚く脆い存在。扱い方が分からず、死なせてしまったのだ』
「……そんなことがあったのですね。それでは、サタン様はどこで扱い方を?」
『ふむ、全て我の独学だ。そもそも、魔界は人間には空気が合わない。魔界は、人間の負の感情で回っている。だから、人間が死ぬのはそれが原因だ』
「……それでは、この鳥かごの役割とはまさか」
『そうだ、さしずめ空気清浄機でも言おう。周りに漂う負を、洗浄して空気に変換しているのだ。だから、"シロ"は生きていられる』
まさか、サタンが雪兎のためにそこまでしてくれるとは。堕天しただけのことはある。一応、人間のことを考えているのだから。
それに、雪兎はしばらく魔界にいることになっている。サタンの気が済むまでの間。サタンの優しい心を垣間見てしまったのが原因でもある。
「……サタン様。どうぞ、私を他の悪魔にも見せて構いません。今の私は鑑賞するための鳥であり天使でもあるのですから」
『"シロ"はそれでいいのか?アイツらは、興味本位で色々するぞ」
「……私はサタン様を信じています。危ない時は、助けてくれますよね?」
『ああ、危ない時は助けよう。それに"シロ"が、信用してくれるならその期待に沿えよう』
雪兎は安心したのか、静かに歌いだした。それは、見た目に伴う柔らかな歌声だった。サタンが天使と称したのも、頷ける。
両手を胸の前で組み、目を閉じていた。背中の羽が大きく開き、神々しく雪兎を飾る。
『う、美しい。まるで、"シロ"は天使みたいだ』
「……ありがとうございます。サタン様に言われては、私も嬉しいかぎりです」
そんなやり取りがあった日の夜、雪兎は多くの悪魔に見られながら歌っていました。切なく、淡い初恋の歌を。誰に向けて歌ったものでしょうか。それは雪兎しか分かりません。ですが、哀愁の漂う雪兎の顔は、寂しくそして淡いものでした。
雪兎は何を思い、魔界に留まり、こうして多くの悪魔に鑑賞されていたのだろうか。大切な友達を守るために、その身を犠牲にしてなおずっと悪魔に飼われていた。
「……皆さん、聞いていただきありがとうございます。私は"シロ"と申します」
『"シロ"に触るなよ。おまえらの身体には、負が付いているから耐えられないんだぞ。この鳥かごのおかげで、"シロ"は生きていられるんだかんな』
「……その通りでございます。私は皆さんの鳥又は天使でございますゆえ、どうぞ鑑賞なさってください。どこにも逃げませんので」
雪兎の自己犠牲による健気な態度に、多くの悪魔が胸キュンしたのはいうまでもない。そして、いつの間にかファンクラブが作られていたとさ。
***
「ーーと、まあこういう話なんです」
雪兎は言う。それも、哀愁の漂う微笑みだった。昔の話をして、懐かしく思ってしまったのだろう。
「……帰りたい」
空は無表情で言う。しかし、いささかその言葉は空気を読んでいない。
「翠慈くん、あなたは孤独に恐れていますよね?」
雪兎は笑って、見透かす。どうして、雪兎はここまで人の考えていることを分かっていて、ズバズバと言ってしまうのか。
「な、何故!?分かったんだ!」
「分かりますよ。勿忘草を見れば、大体は分かりますから」
勿忘草の花言葉ーー私を忘れないで。雪兎はそう言って、歩き続ける。その意味は、言わなくても分かるだろう。
「孤独を恐れているのですね。大丈夫ですか?」
雪兎は心の込もっていない心配をする。否、心を込めることが出来ないのだ。何故なら、雪兎は感性がずれているから。常識さえも、おかしくなっていた。
「……帰りたい」
空は呟く。雪兎の手を握って、何も思っていないような顔で。
「雪兎…。お前は孤独に耐えられるのか?」
翠慈は言う。その表情は、何かを決断したような顔付きだった。
「孤独はもう、慣れましたよ」
雪兎は歩きながら、言う。心の中では、自分を自嘲している。昔の思い出が、雪兎を変えていたのかもしれない。
「翠慈くん、空は変わりましたね。ほとんど喋らなくなりましたから」
「いつも、僕に甘え、頼ってきた。空は普段は喋るけど、口が悪い…でも、雪兎が居なくなった頃からだなーー壊れたのは」
翠慈はきっぱりと言う。それは、まるで責めるような言い方だった。
「……それは」
「空はいつも、雪兎がくれた鈴を握り締め、ずっと祈っていた」
勿忘草が揺れる。翠慈の決断した思いを表すように。たくさんの勿忘草は、バラバラに揺れた。
「………」
「日に日にやつれ、喋らなくなってきたな」
「…空、こっちにおいで」
雪兎は空を呼ぶ。そして、ようやく決断したのか話そうとする。
「ーー翠慈くん、空はちょっとおかしくなってしまったんだ」
「……秋兎。どうしての?」
空は言う。しかし、雪兎は聞かないふりをする。
「雪兎、仕事辞めるのか?」
「ええ、空が笑って喋ってくれるなら、僕は辞めます」
「……考えて直してくれ。そう簡単に辞めないでくれよ」
「……。翠慈君、もう孤独は消えたかな?」
「そういえば、寂しいと思わなくなったな」
「それは、空が居るから」
雪兎は寂しそうに笑う。空にしてきた自分の行為を、責めるように。そして、顔を会わす勇気をなくしたように。
「人は悩んで悩んで、そして乗り越えます。人生に終わりはある。だけど、終わらせ方を変えることはーーまた、出来るのですから」
雪兎は空の手を離し、翠慈の方へ押した。どうやら、ここで雪兎は自らを見直すようだ。
「Au revoir!Ala prochaine fois!(さようなら また逢いましょう) 翠慈くん、空」
そう言って、雪兎は来た道を引き返すように消えていった。それは、二度目のお別れだった。
「雪兎…ありがとな。悩みを聞いてくれて」
翠慈は空の手を握り、勿忘草の中を歩いた。そう、自分の役目を託されたのだから。
***
「空、さようなら。区切りを付けたら、一緒に暮らそうか」
元々してはいけない、空の心を歪めてしまった。その思想を変えてしまった。性格を歪めてしまった。いくつもの、後悔と自責が雪兎を苦しめる。
ほら、咎を示す鍵がまた増えた。これで、雪兎はいつ堕ちても遅くないのだから。
空の近くには翠慈がいる。助けてくれる人が、ほら側にいるんだから。
「…空、俺は見届けているから、元気になれよな」
光を見つけた翠慈は、空と共に歩いていく。その先に居たのは、空の両親。それが、幻だろうとも。
「翠慈君、空の友達でいてくれてありがとう」
「空を守ってくれてありがとうございました」
空の両親は言う。実に白々しい言葉なのだろう。
「白々しいですね。空はおまえらが嫌いで、一人暮らしを始めた。雪兎がいなければ、空は生活もままならない。なのに、あなたたちは遊んでいるだけ。雪兎がどれだけ、仕事を休んでまで世話をし続けてきたのか」
翠慈は、冷めた目で睨みつけ空の家に向かう。雪兎が来るまで、翠慈は面倒を見続けることにしたのだから。
それが、例え短い間でも。幼馴染みだからこそ、フォローが出来る。
「……んん、ゆきぃ…とぉ…」
幸せな顔で寝言を言う幼馴染みが愛しく思える。空の親しい人だけが見られる、かわいい寝顔。翠慈はため息を吐いて、空に毛布をかけた。
「それに、そもそも僕を生け贄にして、悪魔を召喚するのはどうかと思うよ?」
「……それは、その…反省しています」
「僕ね、悪魔の契約後のこと…知っていたんだよ。自分を犠牲にして、秋兎を守ったんだからね?じゃなければ、今頃は秋兎は悪魔の僕だったんだから」
「……でも、雪兎の羽は」
「それは大丈夫。羽はあるから」
雪兎はしれっと言って、羽を見せる。それは、大きくなっても変わらない白さである。何一つ、穢れのない美しさを見せる。
「ほら、未だに僕は魔界に呼ばれるんだけどね」
「……えっ」
「まあ、鑑賞されるバイトですがね。あれ?言ってなかったかな」
「聞いてないんだけど」
「……なんかね、僕って魔界じゃ有名なんだって。鳥かごに入って、憂いに満ちた表情をしている姿がいいんだって」
雪兎が説明すると、だんだん秋兎の表情が変わった。ついには、雪兎に抱きつく。
「だめ!雪兎なんか、悪魔に渡してたくない!」
「キュン…」
雪兎は不覚にも、ときめいてしまった。まさか、友人の言葉に心を奪われてしまうとは。なんて、恐ろしい子なのよ…秋兎は。
「雪兎!今から、僕と駆け落ちしよ!」
「……っ!?」
ここから先の映像は、消されてしまいました。