二人目
僕は、両親を亡くして孤独になった。
側に居てくれる人はいない。一人は嫌だ。寂しい。孤独感を感じて、人の温もりを知らずにいる。
学校帰りに歩いていたら、不思議な図書館を見つけた。
首を傾げながら、僕は入ってみた。
たくさんの本があって、少し寂しさが紛れた。
「おや、君は寂しいんだね。僕も一人でいるから、寂しいんだよ」
「一人で図書館に暮らしているんですか?」
「そうだよ。この図書館は、人の人生を綴った本を置いているから、盗まれないように住んでいるのさ」
男はそう言って、笑っていた。
「そうだ。君は読んでみるかい?」
***
──次は沢井悠樹さんの物語へご案内いたしましょう。
「悠樹、聞いたか…追憶の図書館の噂を」
とある部室の中に残る二人の男子生徒。何の部活なのか、それは分からないのだけれど運動系の部活であることは分かっている。
「それ何ですか?謙吾先輩」
悠樹は不思議そうに言う。どうやら、噂を知らなかったようだ。そりゃ、女子の間で広がっているのだから。
「不思議な図書館に住む秋兎という管理人がいるって噂だ。なんでも、人の人生が綴られた本が置かれている」
「謙吾先輩は、知っているように言いますね」
「いや、実際に会ったし助けられたからな」
「ええっ!そうだったんですか!?」
「……」
無言になる謙吾。疑われたのが気に食わないみたい。どうにも、大げさな言い方が腹立つんだそうだ。
「しばかれたいか?」
謙吾は額に青筋を浮かべて言う。拳を構え、悠樹の腹に向ける。そのまま、打ち込めば気絶くらいは軽くいくようだ。
「あわわ!すみません、謙吾先輩!」
悠樹は慌てて弁解する。内心、言い方を気を付けようでも思っているのだろう。
そして、夕闇に暮れる部室の中、オレンジに染まる二人。
「じゃ、俺は帰るからな」
謙吾はぶっきらぼうに言う。言い方も冷たく、そっけない。気を悪くしたのか、悠樹の方を振り向かずに出ていく。
「謙吾先輩を怒らせてしまったな…」
悠樹はそう呟いて肩を落とし、落ち込むように帰宅していった。誰もいない家に向かって。
***
「謙吾先輩…俺はどうすれば良いですか?」
夕焼けに染まる学校帰りの道路を歩く悠樹は、何か思い詰めた顔で呟く。その顔が寂しさが残っていた。そして、薄暗くなり悠樹は家に帰った。
「ただいま…」
しかし返事は帰って来なかった。それもそう、悠樹の両親は悠樹が5歳の時に交通事故により他界してしまったから。それからというもの、悠樹はバイトしながら一人暮らしをしている。悠樹が思い詰めた理由ーワケーとはこの事。
「謙吾先輩…俺は一人で寂しいです…」
悠樹は弱音を吐いた。一人暮らしをしていても、たまに人肌が恋しくなるのだから。それに、本来近くにいるはずの家族が悠樹にはいない。
「謙吾先輩…俺、寂しいんです…」
***
「これは謙吾さんに知らせますか」
秋兎は、謙吾の住んでいるマンションに行く。どうやって知ったのかは、秘密である。世の中には知ってはいけないことも多くあるのだから。それに、知ったとしてもどうすることも出来ないのだから。
「謙吾さん、居ますか?」
すると――
「はいはい、居ま…秋兎!久しぶりだな」
「ええ、久しぶりですね…謙吾さん。修吾さんは大丈夫ですかね。あ、そういえば悠樹さんが、一人暮らしで寂しいことは知っていますか?」
「ああ、修吾ならリア充しているぞ。それで、悠樹が寂しがっているだと?」
「ご両親は亡くなっているようですし、あの歳で一人暮らしは寂しいですよね」
「両親が亡くなっている?それじゃ、あの家は誰が払っているんだ?」
「ええと、親戚の皆さんみたいですね。どなたも引き取りたくないようですので、ローンだけは親戚一同で払ってやるとのことです」
秋兎は、手元の調べたであろう紙を見ながら答える。その量、半端ないほどであるのだから、どれだけ聞き込みやら調べたのだろうか。
「一人暮らしなのは知っていたが…」
「今、泣いていますよ?」
秋兎が言うなり、謙吾は玄関を飛び出し、悠樹のいるマンションに駆け出した。それを見ていた秋兎は役目を終えたのか、謙吾とは反対の方へ歩きだす。その足取りは緩やかな感じである。
「さて、僕の仕事も終わったようですし帰りますか」
***
「悠樹!待っていろよ」
謙吾は走る。一人で寂しく思っている後輩のために、今自分がすべきことを考えながら。駆ける足は、地面を強く踏みしめて一分一秒と早く走るために。そして悠樹が居るマンションに着き、悠樹の部屋に向かう。
「悠樹!」
強く、名前を呼べばーー。
「謙吾…先輩…?どうして来たんですか…?」
悠樹は涙を流しながら、亡くなったであろう両親の形見を大切そうに抱えていた。毎日、寂しい思いを我慢していたんだろう。涙は絶えず、流れ続けていく。
「秋兎が知らせてくれたんだよ」
「えっ?」
面識の無い悠樹は困惑していた。どうして、このことを知っていたのか、考えることなく。いや、むしろ考えたくないのだろう。
「ああ、そうだ!悠樹が寂しがっているとな。寂しいなら俺を頼れ!一緒に暮らしてやるから」
謙吾は思う。ああ、自分は悠樹が好きなのだと。だから、こんなに焦っていたのか。母に何も言わず、ここまで来てしまった。
「でも…謙吾先輩は大丈夫なんですか?ご両親が居るから…」
「そんなもん、大丈夫だ!分かってくれるさ」
謙吾は答える。駄目だとしても、最終手段として、家を出ていくことも辞さない。それに、どこかお人好しな秋兎も巻き込んでやることを考えていた。
「…宜しくお願いします」
悠樹は頭を下げて言う。謙吾が近くにいてくれるなら、自分の恋心を隠す。この気持ちだけは、隠していたい。社会では、まだ同性での恋愛は認められていない。むしろ、差別される対象である。
***
「悠樹さん、良かったですね…謙吾さんが一緒に暮らしてくれますから」
そして、秋兎は目を閉じる。謙吾が自分を巻き込むつもりであることは、分かっていた。あの性格なら、使えるものは使っておくにこしたことはないのだから。それに、自分はお人好しな性格をしているのだから、助けてあげよう。
「さて、二人はどうですかね」
秋兎は、抱き合っているであろう二人の許に向かう。別に、同性愛への偏見はないのだから。そんな文化があっても、同人同士がそれでいいなら後押ししてでも祝福する。
***
「悠樹、明日から一緒に暮らそうな」
「謙吾先輩!ありがとうございます!」
悠樹は抱きながら言う。それこそ、秋兎が予想していたとも知らずに。知られた後の反応が気になるけれど、それはそれでいいか。
「おう!」
謙吾はそう言う。笑いながら、心の中では秋兎が来るであろうことを予想していた。それこそ、秋兎なら同性愛への偏見がないことを知っていたのだから。
タイミングよく、ドアがノックされる。そして、いきなり開かれた。
「初めまして悠樹さん、そして久しぶりですね。謙吾さん」
「何故、名前を知っているんですか!」
「そいつが秋兎だからさ。不思議に思うだろ?あの髪じゃ、どうやって見えているのか」
「謙吾さん、頑張って下さいね。それと、別に髪の間から普通に見えますよ?」
「これが秋兎ですか!?」
「あ、そうそう。僕、こう見えて貴方より年上ですよ」
そこに、悠樹が爆弾を落とした。それも、とても大きい爆弾を。
「この童顔で?」
「失礼ですね、人が気にしていることを」
「秋兎、すまんな…悠樹が失礼したぞ」
「止めないで、謙吾先輩」
謙吾は至って普通に、真面目な表情をしていた。それに、距離を引いていた。なぜ、距離を空けていくのか。
「秋兎は言葉次第で怒るぞ」
「事実ですね」
「って!否定しないじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
「悠樹さん、僕は童顔と言われるのは嫌いなんですよ」
秋兎はそう答えた。昔から気にしていた、童顔をまさか年下に言われるとは。
「悠樹、秋兎は怒っているぞ」
「本当の事を言っただけですから」
その言葉に僕は――
「悠樹さん、覚えてください。人が気にしていることを言うと、怒られるんですよ。人によっては、どんな手を使ってくるのか分かりませんよ?」
「キレているぞ、悠樹」
「なんでですか!」
「そりゃあ…禁句を言ったからな」
「………」
秋兎は、持っていた本を持ち上げる。そして、思いっきり強く振り下ろす。
「どうなるか、覚えなさい。これだけで、済むとは思わないでくださいね」
静かに淡々と秋兎は言う。そして、もう一冊本を追加する。両手に本を装備して、戦闘体勢に入る。
「悠樹…俺にはもう止められない」
「えっ!?」
悠樹は叫ぶ。まさか、謙吾に見捨てられるとは思っていなかったのであろう。頼りの綱は切れてしまった。
「あはは、気にしていることを軽々しく言ってはいけませんよ」
「悠樹…頑張れ、俺はどうすることもできない」
「回避は出来ないんですか?」
「多分、無理だな」
***
「人を童顔で呼ぶなんで、僕はあなたより年上なんですから…15歳以上も」
秋兎は本をしまって、どこからか取り出した袋を床に置いた。かなり大きく、何が入っているのか分からない。
「悠樹、秋兎は外見を気にしているからその事を言うのは禁句だぞ」
謙吾は言う。しかし、それを言うのは遅くないのだろうか。
「それ先に言って下さいよ!そしたらあんな事を言わなかったんですよ!」
「すまん、言い忘れてた」
謙吾はさらっと言う。絶対、忘れてなんかいないはずだ。現に、笑っているのだから。
「えっ!忘れてた!?」
悠樹は驚き叫んだ。
「謙吾先輩!笑っている場合じゃないですよ!」
「それは俺だって分かってんだよ!だがな、秋兎があんなに怒っているなんで初めて見たんだ。だから、笑わずにいられるものか」
謙吾は叫んだ。
「………」
悠樹は、ジト目で謙吾を見る。そんな理由で笑っていたのかと。と、その時、悠樹はいきなり頭に強い衝撃を受けた。仄かに紅く光る彼岸花が、胸に咲き誇っている。
***
「僕の怒りはまだこんなもんではありませんからね。では、お二人さん…お幸せに。Ci vediamo. (では、また会いましょう)」
秋兎は最後だけ外国語を言って、出ていった。ちゃんと、祝福までしておいて。
「秋兎…ごめんなさい
悠樹は涙を流しながら、秋兎が出ていったドアを見ていた。まさか、本で長く殴られ続けていたとは。
「悠樹、秋兎は結構怖いからな」
「……はい」
謙吾は悠樹の頭を撫でる。悠樹は、まんざらでもないように撫でられている。
「安心して下さい、この一時はしばらく楽しみ下さい」
秋兎は、道を歩きながら呟く。自分の図書館を目指して、夜の空に浮かんだ月を見ていた。
「家族の愛が満足に得られなかったから、寂しい気持ちが膨れていたんですね」
秋兎は言う。自分には、もう家族がいないのだから。どんな気持ちでいたのか、理解出来ずに。
ここからは、後日の話になる。
「悠樹、どうだったか?」
「先輩が側にいてくれたから、寂しい気持ちが薄れてきました」
あるマンションの一室に、二人の男たちが同棲していた。それにしては、仲が良すぎる気がするがそれもまた、二人の仲を表すことなのだろう。
「俺はいつでもおまえの側にいてやるからな」
その言葉は、彼の心を表していたのかもしれませんね。末永い幸せを。
「……親戚に話してみます」
「ええ、それがいいと思いますよ。無理でしたら、僕と暮らしてみませんか?」
そう言って、男は笑う。目は隠れているけど、口元が笑っているのは分かった。僕は、それも一つの手段だなと思った。
「では、話してみます。ありがとうございました」
「いつでも、気軽に来てください。待っていますから」
***
「秋兎さん、また話に来ました」
「そうですね、話してください」
「はい。続きから言いますね──」