一人目
私は会社帰りの途中、不思議な図書館を見つけた。
こんな人通りの少ない所に建てられているから、何か理由があるのかなと思った。
とりあえず、図書館に入ってみた。
すると──
「おや、珍しいですね。この図書館に訪れる人は、あなたのような悩みを抱えた方ばかりですから」
「悩み…」
「あなたは、友達を助けたかったんですね」
「──はい。助けたかったですよ」
「なら、友達を助けるために翻弄した男の物語にご案内いたしましょう」
そう言って、顔の半分を前髪で隠した20歳くらいの青年が青い本を差し出した。
「あ、僕は秋兎と申します。そちらの席で、読んでみてください」
「はい」
私は秋兎に渡された本を持って、席に座り開いた。
「では、斎藤謙吾の物語へご案内致します」
秋兎は、そう言って笑っていた。
放課後の薄暗い教室の中、二人の男子生徒が居る。どうやら、親友関係にあるようだ。お互い、向かい合って何かを話している。一体、何の話をしているか検討がつかないが、重要な話のようである。
「お~い、謙吾」
「なんか用か?修吾」
「噂を聞いたか?」
「噂?」
謙吾は訝しげに修吾を見た。噂と言っても、種類はたくさんあるのだから。どの噂か、主語を入れてほしいものだ。しかし、修吾は至って真面目な表情をしている。
「追憶の図書館と云う建物があるっていう噂」
「聞いた事無いな」
「どこにも、その図書館があるっていう証拠がないんだ。実際に見た人がいるんだけど、その建物が見つからない」
「え?そうなの?」
「聞いた話じゃ、渡される本には、人の半生が書かれているんだってな」
そう言って、修吾はシニカルに笑う。
「唯、その本に出てくる人がたまに続きを書きに来ることがあるらしい」
「はぁ?」
「分からないんだよ、あくまで噂だから」
「マジかよ…」
「とりあえず、調べてみろ」
「分かった、そうする」
修吾は教室から出て行った。残された謙吾は、カバンを持って教室を出ようとする。しかし、頭によぎったことはーーどこで修吾は噂を聞いてきたのか。修吾と仲のいい親友なんて、誰一人思い浮かばない。
「追憶の図書館…か」
謙吾はそう呟くと教室を出る。薄暗くなっている通学路を歩き、自分の家に向かっていく。一体、どうして俺に言ったのか。そればかりを考えていた。昔から、修吾は何を言いたいのか分からない。
***
学校から帰宅する途中、修吾の言っていたことを反芻する。追憶の図書館なんて、大した名前だなと思う。そんな名前の図書館があったら、訝しむに決まっている。怪しいとも思うだろう。それに、俺自身聞いたこともないから。
そんなことを考えながら、謙吾は家に帰った。
「紅葉案内屋…か、ネットで調べるか」
謙吾はネットを立ち上げ、キーボードを叩く。検索するは、修吾が言っていた追憶の図書館。実際に見たことがある人がいるみたいだから、サイトが作られているはず。例え、なくてもそれに近い話が挙げられているはずだし。
「追憶の図書館…と、おお!出てきたか」
謙吾は追憶の図書館を詳しく纏めたサイトを見た。このサイトの管理人は、結構まめな人らしく調べて分かったことは、まとめて書いているらしい。一体、どこで調べたのかと言いたいほどに詳しく書かれていたから。
『追憶の図書館…噂でしか知られていない。ほとんど、情報がなく全く分からない。実在しているのかすら、怪しい。唯、以下の3つは本当に言っているようだ。
“1.僕が渡した本は、あくまでも人の人生の断片に過ぎません。そして、現実にあったものです。
2.物語に介入する事は出来ません。あくまでも、読むことしか出来ないので、何があろうとも途中で止めてはいけません。
3.全ての物語は、一連に繋がっています。各本の主人公は、一連にどこかで関係を持っています。
これだけ。ただし物語は当人には読めない…』
『なお、紅葉案内屋について分かる事は秋兎という名前と、何処かに図書館があるだけ…』
特に目に入ったのは、この書き込みである。名前は分かった、けれどその他の情報は見つからなかったらしい。俺でも見つけられるか怪しいところなのに、この管理人は頑張ったようだ。
「成る程、そういう事か…しかし、秋兎と言う名前なんだ」
謙吾は呟く。その光景をどこからか、見ていた秋兎は微笑む。自分のことを調べられているのに、どこか余裕のある笑みを浮かべる秋兎。
「謙吾さん、いつか逢いましょう」
そう言って、秋兎は消えていく。この場には、何処にも消えるような仕掛けはない。けれど、すれ違ったはずの人は何も気付かない。
「秋兎かぁ…普通の名前だな」
謙吾は呟く。こうして、一夜が過ぎていく。
***
謙吾は朝早く起きて、何気なく新聞を読んだ。
そこには――。
『市内の公立高校に通う浅木修吾さん(15)が自宅から行方不明になりました。警察は誘拐の線として見ており、自宅周辺を捜索しているようです』
「修吾が行方不明!?」
謙吾は修吾の携帯に掛けた。すると声がした。その声は、切羽詰まったかのように、そして何より助けを求めていた。
「謙…吾…、助…け…て!」
「修吾!何処に居るんだ!」
謙吾は隣近所に響くほどの大声で叫んだ。近所迷惑だとしても、大切な親友が誘拐され、そして自分に助けを求めている。それなら、早く行かなくちゃいけない。
「茨…城…小屋…中…」
「修吾!今すぐに行くから待ってろ!」
謙吾は携帯を握り締め、家を出た。何の当てもないけれど、それでも修吾の探さなければいけない。もし、修吾が怪我をしていたら俺は自分に後悔してしまう。
「ふふふ、ヒントを差し上げましょうかね」
秋兎は図書館から見ていた。どこに、そんな設備があるのか疑問がある。けれど、見つけられる自信があるのか、そんなことを言っていた。
一方で、謙吾は茨城県の何処かに、監禁されている修吾を探す。電話で茨城だってことは分かったが、果てしなく広い土地をどう探せばいいのか。犯人は証拠を残すようなへまはしないから、見つかりっこない。しかも、小屋が見付からない。
すると、顔を半分前髪に隠れ、本を片手に持つ男が現れた。その姿は異様で、果たして前が見えているのか疑問に思うけど、なぜに本を持っているのか。
「謙吾さんですよね」
謙吾は突然、話し掛けてきた謎の男を見る。
「お前は…もしかして秋兎なのか?」
「ええ、僕は秋兎ですよ。」
「修吾は何処に居るか知らないか!」
「ええ、知っていますよ。修吾さんは、此処から南に100km行った小屋に居ますから」
秋兎の言葉を聞いた謙吾は走って行った。親友である修吾の為に謙吾は走る。
「謙吾さん、修吾さんは危険な状態ですよ」
秋兎は突然現れた図書館に入っていく。追憶の図書館と呼ばれた建物に。
「ヒントは差し上げました、後は謙吾さんが頑張って下さいね」
「修吾!待ってろ!」
謙吾は秋兎の言う通りに小屋に向かう。修吾のためなら、例えこの命を失ってでも。
バーンと、大きい音を鳴らして、ドアは開かれた。謙吾が体当たりして、ドアを壊したみたい。
「……っ!?」
謙吾は目を見開いた。そこには――。鎖に縛られ、そのまま天井に吊るされた修吾の姿が“在った”。
「修吾!」
謙吾は叫ぶなり、修吾を縛る鎖を外そうとする。だか、後ろから襲い掛かろうとする気配に気付かなかった。背後から殴られた謙吾。
「うっ…」
そう言って、謙吾は倒れた。頭からは、おびただしいほどの血が流れていた。どうやら、思いっきり殴られたようだ。
***
「くそっ!ガキに知られたか、警察に電話される前に何処かに捨てるか」
男はそう言う。焦っているのか、修吾の鎖を外せずにいた。
「助けてあげますか、対価を支払ってもらうために」
秋兎は本を抱えたまま、入ってきた。
「3дравствуйте.(こんにちは)』
秋兎はロシア語で挨拶する。それはそれは流暢な発音に、見た目によらないと思い知らされる。
しかし――
「てめぇー、何語で喋ってんだよ!」
「ロシア語です」
「何、冷静に言ってんだよ!」
「驚きませんから」
「ふざけやがって!」
男は秋兎に襲い掛かるが、秋兎は避けて本で男を殴った。それも、思いっきり強く。それこそ、意識がぐらつくほどに。
「ガハッ!」
「弱いですね。あなたは、捕まった方がいいですよ」
秋兎は持ってきた縄で、男を縛り上げた。警察が来るまで、逃がさないように側に立つ。
「…謙…吾…、あり…が…と…な…」
「修吾、良いんだ!」
秋兎は本を開いて、何かを書いていた。何を書き記しているのか、謙吾には分からないけど、大切なことみたい。
「秋兎、ありがとな」
秋兎は本から、顔を上げて言う。
「いえいえ、良いんですよ…友情は素晴らしいですから。でも、あとで病院に行くことをオススメしますよ」
「修吾の居る場所を教えてくれてありがとな。あと、わざわざ心配までしてくれて」
「До свидания.(さようなら)」
秋兎はそう言って、男を引きずったまま外に出た。どうやら、警察が来たみたいだから。そして、二人っきりにしようとしたのだろう。
「修吾!大丈夫か?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「そうか、良かった」
「しかし、謙吾が噂の秋兎と知り合っているなんて」
「秋兎は修吾の居る場所を教えて貰っただけだ」
「そうなのか?」
修吾はポカーンとした表情で、謙吾の顔を見た。どうやら、聞いていた噂とは違っていたらしい。
「ああ、そうだ」
「修吾、家に帰るぞ」
「ああ、分かった」
謙吾と修吾は病院に行って、治療してもらうことにした。家には電話して、遅れることを伝えた。
***
「そういえば、秋兎はいくつなんだ?」
謙吾が見たサイトは更新が3年以上前で、停止したまま停滞している。そのあと、更新が途絶えたようで一行にされる気配がない。管理人に何があったのだろうか。
「しらみ潰しに調べてみるか」
謙吾はインターネットを立ち上げ、秋兎の事を調べる。検索エンジンに打ち込んでも、一つもヒットせず何も分からないままである。どのサイトも、何らかの理由で封鎖されていた。しかも、思うように情報が見つからない。噂として流れているし、会っているから実在はしているのは分かった。
「無い!見つからない…何故だ!情報が少ない」
謙吾は呟くように叫ぶ。誰かが、意図的に隠しているとしかいえない。
「もっと探してやる!」
それからと云う毎日、謙吾は秋兎についてインターネットで探し続けた。しかし、未だに見つかることはない。でも、諦めるのも気が引ける。
「そのうち、また会いますよ」秋兎は呟く。
不思議な存在の秋兎は、謙吾の家から離れた。誰にも見つかることなく、その場から消えていく。
「謙吾さん、近々修吾さんに危険が訪れますよ」
謙吾に聞こえないように秋兎は呟く。今までも、多くの人の悩みを見続けてきた。その人に見合う本ってのは、簡単には見つかることはない。秋兎は独り寂しく呟く。
「あの頃は楽しかったです。お客さんと笑いながら過ごしていた日々が」
秋兎は、しみじみと言う。懐かしむように。そして、秋兎の呟きは現実に起きた。
修吾を助けたその日の夜、風呂上がりにテレビを点けた謙吾は驚く。
そこには――
『市内の病院で浅木修吾さんが昼間、何者かにナイフのような物で刺され、今も意識不明の状態です』
「嘘だ!修吾が刺されただと!?」
謙吾は戸惑う。親友がナイフで刺され、意識を失っているのだから。今日の朝、助けた修吾が何者かにナイフで刺された事に謙吾は責任を感じて、外に出た。
「修吾!待ってろ!」
***
「おやおや?病院に行くんですか」
秋兎は見ていた。図書館の中で、画面に映る謙吾の姿を。謙吾が走っていく様を。
「修吾!待っていろ!今そっちに行くからな」
謙吾は駆けて行く。修吾が入院している病院へ。
「謙吾さん、修吾さんは今、闇の中を彷徨っていますよ」
秋兎は何かを用意していた。これから起きることを知っていたかのような、動きだった。
「くそ!俺が一緒にいればよかった。」
いつの間にか謙吾は、蓮の花が咲き誇っている道を走っていた。どこからか、澄んだ鈴のような音が鳴る。
「何だ!修吾が待っているのに!」
「また逢いましたね、謙吾さん」
「秋兎!」
謙吾は秋兎の名前を呼ぶ。それはそれは、胡散臭そうな顔で。
「謙吾さん、ここは危ないですよ」
「危ない?」
「ええ、この空間は人に嫉妬や妬みが渦巻く場所ですから」
「……危ないだろ」
「ええ」
「分かった。案内してくれんだろ?」
「はい。では、修吾さんの居る病院に案内しましょう」
「頼むぜ、秋兎」
「ええ、分かっています。この花の道を歩けば、修吾さんの入院している病院に着きますから」
秋兎の言葉に謙吾は足を止めた。それも、嬉しそうな表情をして。
「本当か!?」
「ええ、本当ですよ」
秋兎は本を片手に持ったまま、花の道を歩いていく。周りは、おぞましい化け物がこちらを見つめていた。
「ようやく、修吾に会える」
謙吾は安心した様子で言う。こちらを見ている化け物のことは触れず。
「さあ、修吾さんに会いに行きますよ」
秋兎達は花の道を越えていく。その先に見える光を目指して。
「あの病院ですね。謙吾さん、その“化け物”は人の負の感情なので頑張って下さい」
「そうなのか。だから、怖いと思ってしまうのか」
「そうですよ」
「へえ~、不思議だな。そう言えば、図書館に置いてある本って、誰でも読めるのか?」
秋兎と話ながら、疑問に思ったことを聞く。修吾が言っていた話の中にあったから。
「ええ、読めますよ。あくまでも、伝記のような形ですから」
そう言いながら、秋兎は謙吾を修吾が居る病院に案内した。自分はその場に立ち止まり、謙吾を見送る。
「この病院です。図書館なら、いつでも気軽に来てくださいね」
秋兎は来た道を引き返す。何を考えているか予測が出来ないが、それでも人のことは好きみたい。だから、今回のように手助けをしていくのだから。
「どうでしたか?友達を助けるために、犯人に立ち向かった勇気ある彼の物語は」
「ええ、素晴らしいです。固い友情に結ばれた二人の話ですね」
私はそう言って、秋兎に本を返した。
と、その時──
「秋兎ー。また、持ってきたぞ」
「謙吾、俺たち以外に人がいたぜ」
「あ、本当だ。珍しいなー」
「謙吾さん、修吾さん、また来てくれたんですね」
秋兎の言葉に、私はこの二人がさっきの本の主人公たちだと分かった。
「では、私は帰りますね」
「ええ、また来てください。悩みがある限り」
その言葉を背に、私は図書館を出た。