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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第二幕 猫への餌のやり方
6/26

3−3

「おつかれさまでーす、お先でーす」

 工藤菊は、バイトを終えるとコンビニを出た。今日は大学は休みなので、このまま帰って家で漫画でも読もう。大好きなオカルト漫画の続編、今日にでも宅配便で届いているはずだ。

 うきうきしながら、足取り軽くコンビニの横を曲がる。裏道を通り抜ける。

 今日の夕飯はなんだろう。実家暮らしなので母親が作ってくれているはずだ。昨日は魚だったから、今日は肉がいいなー、そんなことを考える。

 ふいに、どんっと背中に衝撃を感じた。

「えっ?」

 何が起きたのか。

 振り返ろうとしたところを、今度は首筋に衝撃。

 視界が暗くなる。

 意識を手放す直前、常連の青年の姿を、見たような気がした。


「……やべ、顔見られたかも」

 倒れかけた菊を片手で支えながら、隆二はぼやいた。

『えー、大丈夫? ドジねー』

 非難するようなマオの口調に、誰のためにやってんだ、と思う。まあ、ドジなことは否定しないけれども。

 首筋に手刀を叩き込み、気絶させた菊を、そっとアスファルトの上に寝かせる。

『でもすごいねー、あっさり気絶させて。なんかやってたの? 剣道とか』

 感心したように言いながら、両手の拳を合わせ、振り回すマオ。

 剣道はおそらく関係ないだろうし、その素振りはどちらかというとバッドを振り回しているようだ。

「そんなとこ。いいから、はやく」

 促す。

 マオは、はーいと返事して、菊の横に座り込んだ。

『いただきます』

 両手を合わせて呟く。

 これまたご丁寧に。

 そう思ったところで、そう言えば「いただきます」とでも言えばいいんじゃないか、と自分が言ったことを思い出した。どれだけ素直なんだ。

 どうやって食事をとるのだろうと思いながら見ていると、マオはかがみ込み、倒れた菊の唇に自分の唇を重ねた。

 隆二はしばらくあっけにとられてそれを見ていたが、慌てて後ろを向く。

 少女二人のキスシーンなんて、見るもんじゃない。

 食事って、精気を喰らうって、文字通り喰らうんだな。口から。

 屍体で発見された女性達は、普通に活動しているところを、この謎の幽霊にキスされていたわけか。その光景を想像し、なんとも言えない気分になる。


『りゅーじ』

 しばらくして、若干舌足らずな声で呼ばれ、振り返る。

『ごちそうさまでした』

 立ち上がったマオが、両手を合わせて少し頭を下げた。

「あー、うん」

『……生きてるよね?』

 足元の菊を見る。

 近づいて確認する。

「大丈夫」

『ん』

 マオは満足そうに頷いた。

「いいのか?」

『うん』

 マオは頷き、それから何故か、しゃがみこんだ隆二の背中におぶさろうとする。

「やめろ」

 それを、身をかわして避けた。

『酷い』

「酷くない」

『馴れ馴れしいって最初言ってたけど、まだ駄目なの? もう十分仲いいじゃない! あたしたち、共犯者じゃないっ! 同じ穴の狢じゃない!』

「あー、どっからつっこめばいいかわからないけど、だからって馴れ馴れしいことには変わりないだろ」

 ため息をつきながら、隆二は立ち上がる。

『でも、少しぐらい、……触らせてくれたって、いいじゃない』

 少し頬を膨らませて、マオが言う。

「触れないだろ、幽霊さん」

 呆れて言うと、ますます頬を膨らませた。

『……意地悪』

「意地悪くねーよ、事実だよ」

 足元の菊を見る。

 起こすかどうしようか少し悩み、起こしたってどこにもプラスになる要素はないな、と判断する。

 先ほど顔を見られていたら不審者決定だし、例え顔を見られていなくても、いきなり自分のバイト先の常連客に起こされたら不審だろう。

 自分が捕まったら元も子もない。

「ほら、帰るぞ」

 言って、菊に背を向けて歩き出す。

『あ、待って』

 慌ててマオが隣に並ぶ。

「はー、顔見られたかも知れないし、もうあのコンビニ行けねーな」

『もー、間抜けなんだからー』

 だめでしょ、と窘めるようにマオが言う。

「誰のためだと思ってるんだよ、誰の」

 些か呆れて言葉を返す。

『んー、あたしの? えへへ、ありがとう』

 隆二の正面に回り込み、屈託なく笑う。

「どーいたしまして」

 マオは照れたように笑い、くるくると、隆二の周りを回る。

「……うぜ」

『んー?』

「隣。視界塞がれて邪魔だから」

 言うと、何故かとっても嬉しそうに笑い、隆二の隣に移る。そのまま、宙に浮くのをやめ、歩くように移動する。

 そして右手を伸ばし、隆二の左手を掴もうとして、

「だからやめろって」

『むー』

 空振りに終わった手を見て、マオがふくれる。

『ケチ』

「ケチじゃない」

 路地裏を出る。

『酷い、ケチ! 意地悪っ!』

 マオが隣で騒ぐ。

 が、人通りの多いところに出た以上、隆二はもう反応しない。

『うわっ、また無視する。さーみーしーいー。ねー、寂しいと兎は死んじゃうんだよぉー』

 お前は兎じゃないだろう。そもそも、もう死んでいるだろ。

『さみしいさみしいさみしいさみしいしんじゃうー』

 ぐるぐると、また隆二の周りを回る。鬱陶しい。

『はう、胸の辺りが苦しい。これはきっと、寂しいからだわ。死因は孤独死ね!』

 孤独死って、そういうことじゃないような。

『ねーねーねー、りゅーじぃー、かなしいよぉー、むししないでよぉー、りゅーじぃーねーねーってばぁー』

「……はぁ」

 小さくため息。

「そのうち、頭ぐらいは撫でてやるよ、そのうち」

 ぐるぐる回るマオの耳が、顔に近づいた時を見計らい、小さい声で呟く。

『えっ!』

 マオが動きを止める。

 それにあわせて、立ち止まりそうになるのを慌てて耐える。少しマオを避けて、先に進む。

『え? え? 頭撫でてくれるの? そのうち? そのうちっていつ? ねえねえねえ、明日? 明後日? 明々後日? 来週? 来月? 来年? 地球が何回まわったとき? ねー、いつ?』

 慌てて追いつき、隣に並んだマオは、うるさくて鬱陶しいことに代わりはなかった。

 そのうちはそのうちだって。

 言葉は返さず、家に向かって歩く。

 それでも、何かに満足したのか、

『まあ、今はそういうことでもいいけどねー』

 それだけ言って、マオは大人しくなった。

 なんでこっちが譲歩された形になっているのか。

『しっかし、隆二は、優しいのか冷たいのか、わかんないわねー』

 楽しそうにくすくす笑いながらマオが言う。

 答えずに、小さく肩だけ竦めた。

『ねー、兎は寂しいと死んじゃうっていうじゃない? 人間はどう思う?』

 隆二の隣をふよふよと浮かびながら、唐突にマオがそんなことを言う。

 返事がないのを気にすることなく、マオは続ける。

『あたしね、思ったの。人間は、寂しくても死なないの。きっとね、つまらないと死んじゃうの』

 隆二は横目で、マオを見た。

『人間はね、寂しいなんていう高等な感情は持ち合わせいないの。人間のいう寂しいはつまらないってことなのよ』

 一体どこで仕入れてきた知識なのか、急にそんなことを言い出す。

 いずれにしても、隆二にしては、理解しきれていなかった。

『誰かがいなくて寂しいとしても、何かよりどころ、すなわち「楽しいこと」があれば平気なのよ。本とか音楽を好むのはそれが理由』

 そして、マオはぽつりと呟いた。

『だから、あたしは貴方がいなくなると死んじゃうのよ?』

 聞き流すつもりでいたのに、頭がそれを理解した瞬間、心臓が止まるかと思った。

「なにを言ってるんだ、おまえは」

 外であるにもかかわらず、思わず横を向いて尋ねてしまった。

 すれ違った女性が変な顔をした。

 いくら不意打ちだったからとはいえ、動揺している自分が情けない。

『だって貴方以外にあたしが見えて、あたしによくしてくれる人、あたしは知らないもの。貴方がいなくなったら、あたしはつまらなくて死んじゃうわ』

 マオはなんでもないことのようにそう言うと、微笑んだ。

『だから、これからも、あたしの傍にいてね?』

 隆二は何かを言おうとして、結局コメントを控えた。


「あの、大丈夫ですか?」

 菊は何度かかけられた声に、ゆっくり目を開けた。

「あ、あれ?」

 背中が痛い。頭も痛い。

 自分の状態を視線を動かし、確認する。

 地面に、倒れている……?

「んー?」

 首を傾げながら、ゆっくり上体を起こす。

「大丈夫ですか?」

 声をかけてくれた少女が、慌てて背中を支えてくれた。

「あ、はい。すみません」

「通りかかったら、人が倒れていたのでびっくりして」

「倒れて……」

 バイトを終わって、家に帰ろうとして、それから……、

「んー、覚えてない」

 頭を振る。

「あ、でも、常連さん……?」

 意識を失う直前に、バイト先の常連の姿を見たような気がした。が、まあ多分気のせいだろう。夢か何かだ。

「常連さん?」

 少女が首を傾げる。

「いいえ、なんでもないです」

「病院、行きますか?」

 心配そうな少女に、

「あ、大丈夫です、多分」

「でも」

「家、近いので。あの五分もかかんなので」

 少女に手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。

 二、三歩あるいてみるが、やはり特に異常はないようだった。

「大丈夫なら、いいんですけれども」

 それでも少女は心配そうな顔をしているから、菊は笑ってみせた。

「大丈夫です。家帰って、様子見て病院行きますから、必要なら」

「……そうですか?」

「ええ」

 もしかしたら、なんらかの妖怪の仕業かもしれない、と思っていたがそれは黙っていた。のっぺらぼうにびっくりしたとか、そういう展開を期待している。

 別の意味で病院に連れて行かれそうだから、言わないけど。

「ありがとうございました」

 少女に頭を下げ、家路を急ぐ。

 少し体が疲れているような気はしたが、それ以外には特に問題がないように感じた。

 家に帰ったら、ちょっと寝よう、と心に決める。

 それにしても。

 振り返る。

 さきほどの少女の姿は、もうそこにはなかった。

「なんであの子、あんな赤い服を……」

 全身真っ赤な服を着た少女の姿を思い出し、首を傾げた。

「は! まさか、あの子自身が何かの妖怪!? こうしちゃいられないわ! 帰って、調べなきゃ! 赤い服を着た少女の妖怪を!」

 急に生き生きと、趣味全開で、精気に満ちた発言をすると、足取り軽く家へと向かった。

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