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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第二幕 猫への餌のやり方
5/26

3−2

『偉いじゃない! ちゃんと禁煙して! 見直したわ!』

 おにぎり二つとサラダが入ったコンビニ袋を下げてあるく隆二の背後でマオが言った。

「んー」

 適当な相槌をうつ。だから外で話かけんなって。

 マオが居着いて一週間が過ぎた。

 最初は割と、今から思うと比較的、大人しくしていたが、しばらくしたら慣れたのか煙草を吸っている隆二の目の前で、

『煙草は体に悪いのよ!』

 と突然言い出してきた。

『あなた、死ぬわよ!』

「インチキ霊能力者かなんかか、お前は。死ぬわよ! とか言って壷でも売りつけんのか」

『れっきとした科学的事実! 煙草は体に悪いのよ! 禁煙しなさい!』

 居候の分際で偉そうに。大体幽霊が科学的とかって言葉を使うのはどうなんだ。

 無視してもよかったが毎日のように同じ事を言われると、さすがに精神的にしんどかった。相手をするのが。

 増税で値上がりしたし、多少節約してもいいだろうとそれに従っている。

 事なかれ主義、万歳。


 自宅に戻り、バイト情報誌を見ながら、買って来たおにぎりを咀嚼する。

 ぱりぱりの海苔も、少し堅いお米も、久しぶりに食べるとそう悪いものでもないような気がした。

 ぱらぱらと、バイト情報誌の短期バイトの辺りを見る。

 貯金はまだまだ余裕があるが、最近予想外の出費が続いている。金銭に余裕があるにこしたことはない。何か適当なものはないかと思っていると、

『りゅーじー、テレビ』

 襖をあけっぱなしにしている部屋から、マオの声がする。そっちを見ずにリコモンをいじった。

 正午からはじまるサングラスの司会者の番組がマオはどうやら好きらしい。今はまだお昼のニュースをやっていた。

 2DKの部屋。一部屋が寝室、もう一部屋にはテレビと赤いソファーだけを置いていた。ソファーは以前、もらったものだ。

 マオはその赤いソファーが気に入っているようで、よくそこに寝転がり、テレビを見ている。どうやらテレビもやたらと好きらしい。隆二一人だとそんなに見ることがなかったテレビが、マオが来てからフル稼働だ。

「ミイラ事件の続報です」

 テレビが告げる。

 ああ、あの事件、まだ解決してなかったのか。

 ふっとマオをみると何故か真っ青な顔をしていた。隆二が見ているのに気づくと

『あ、あたあたあたし、さ、散歩行ってくるね』

 慌てて立ち上がろうとしてこける。幽霊もこけるんだなーとか思いつつも

「マオ」

 ひとこと呼ぶと、びくっと動きをとめた。

「ここに座れ」

 テーブルの向かいの椅子を指差す。マオはしばらくおどおどと視線をさまよわせたあと、ゆっくりと腰掛けた。律儀に正座している。

 怒られる気、満々だな。

「お前の仕業か」

 テレビを指差す。話題はとっくに、どこぞの国で世界一大きいピザのギネス記録に挑戦したとか、そんな緩いものになっていたが。

『……はい』

 マオはおどおどと視線をさまよわせ、小さい声で呟いた。

 ミイラ事件、まるでミイラのようになって発見される屍体。

 それはつまり、

「精気を抜いたな?」

 尋ねると、マオは小さく何かを言って、俯いた。

「それは、どういう意図で?」

『……いと?』

 目線だけあげて、マオが首を傾げる。

 伝わらなかったか、バカだから。

「理由」

『……その、あたし、それがないと、消えちゃうから』

 今にも消え入りそうな声で言われた。

「……なるほど」

 人の精気を喰らい、存在する幽霊。

 まったくもって何者かわからない。

「お前は本当、わけのわからない幽霊だなー」

 呆れて呟く。

 テレビは、マオの好きなお昼の番組のオープニング曲を流しはじめた。

「あ、テレビ、始まったぞ」

『……え』

 マオは上目遣いで伺うようにこちらを見て来た。

「なんだ?」

『……お話、終わり?』

「ん? ああ。確認したかっただけだし。まだなんかあるのか?」

『……そうじゃなくて』

 もじもじとスカートの裾を両手でいじりながら、

『……怒ってないの?』

「怒る? 何故?」

 本気でわからなくてそう聞いた。

『だって、あたし……、人、殺しちゃったし……』

「だって、食事だろ?」

『……それは、そうだけど。でも……』

「人間が豚や魚を食べるのとなにが違うんだ?」

 マオは上目遣いでこちらを見たまま、首を傾げる。

「無益な殺生だったらやめておけ、と言うが。別に、生きていく、存在していくための殺生ならば構わないだろう。まあ、いただきます、ぐらいは言った方がいいと思うが」

 そこまで言って、片手にもったままのおにぎりを思い出す。

「……うん、いただきます」

 なんとなく呟いて、咀嚼した。

 マオは黙ったまま、そんな隆二を見つめ、

『……本当に、怒ってないの?』

「ん? ああ。別に、赤の他人の生き死にとかどうでもいいし」

 死んで困るような知り合いも、いないし。

 言いながら、サラダの蓋を開ける。

『……ありがとう』

 小さく小さく、マオが呟いた。

「ん?」

『ううん』

 マオが顔を上げる。何故か、すこぅしだけ、微笑んでいた。

「まあ、殺さないで済むならそっちの方がいいんだろうけどな」

 フォークをサラダにつきたてる。

「死者が出たから、今はこうやってニュースになってしまっているけれども。殺さずに済むのならば、ニュースにはならないだろうし。健康な人間から死なない程度に精気とったら目眩とか、ちょっと体調崩すぐらいで済むはずだろう」

 多分、と小さく付け加える。そんな詳しい事なんてわからないが。

『……うん』

「そういうことはできないのか? 一人から少しずつとか」

『……出来なくは、ないんだけど』

 俯きはしないものの、スカートの裾をいじりながら、

『寝てる人とか、意識のない人からとるなら、ちょっとずつっていうのも出来るんだけど。……普通に、活動している人からとっちゃうと、死んじゃう、みたい』

「なるほど。……っていうか、今まで普通に活動している人からとってたのか、お前は」

 どうやって精気を喰らうのかは知らないが、それはなかなかに、シュールな光景のような気がする。

『うん。お腹が空いた時に、近くにいた人から……。あ、でも、物陰でだよ?』

「白昼堂々と通行人がミイラ化したらもっと大事になるだろうな」

 そんな面倒なことになっていなくてよかった、と心底思う。

「っていうか、寝ている人間からとればいいだろ、そんなの。お前なら家の壁すーっと抜けて入れるだろうし」

『あ、でもね。寝ている時も、とれる時ととれない時があって』

「ん?」

『ええっと、なんだっけ。れ、れもん?』

「レモン?」

 なぜ、ここにきて果物。それとも、梶井基次郎?

『レモンじゃない。ええっと、のんけ……? のんれ……? すいみん……』

「……レム睡眠とノンレム睡眠?」

『そう、それ!』

 助け舟を出すと、マオは嬉しそうに両手を叩いた。

 レモンは絶対違う。

『ええっと、それで、……どっちがどっちか忘れちゃったけど、とれない時があって。確か、深い眠りのとき? でも、まあ、それで、……面倒になっちゃったの』

 てへ、っと舌を出して笑う。

「面倒になっちゃったって」

 そんな理由で活動中の人間から精気を奪っていたのか。

『あ、でも、でも』

 呆れたように隆二が呟くと、マオは慌てた様子で、

『隆二が駄目っていうなら、ちゃんと寝てる人からとるよ?』

 隆二の顔色を伺うようにして、首を傾げる。

「あー、出来るなら是非、そうしてくれ」

『はーい』

 元気よく、右手を挙げてマオは返事した。

『……でもね、その、最近ずっと、食べてなくて、あの……』

 胸の前で指を組み、上目遣いで小首を傾げて、可愛らしく一言。

『お腹、空いちゃった』

「……それを俺に言ってどうしろと」

『だからね、その……』

 何故か少しだけ頬を赤く染めて、

『食べても、いい?』

「それは普通嫌だろう」

 即答した。

『……だよね』

 あからさまにマオは落胆した。しゅーんっと肩を落とす。

「大体、今までの被害者は若い女性ばかりだったろ。それがお前の好みじゃないのか。食の」

『え、うん。若い女の人が美味しい……。でも』

 目線だけ隆二に向け、少しはにかみながら、

『隆二なら、いいかなぁって』

「なんだそれは」

 意味がわからない。

『……なんでもない』

 マオは一瞬泣きそうな顔をしてから、俯いた。

 なんだかよくわからないが、落ち込ませたことだけはわかった。

「あー、まあなんだ。手伝うぐらいなら」

 慰める意味も込めて、そう言う。

『……手伝う?』

「意識がなければいいんだろ? あんまり穏便な方法じゃないが、道行く人にこうちょっと、意識を失って頂くぐらいならば」

 あんまり穏便じゃないというか、立派に犯罪な気もするが。

『いいの?』

 ぱぁっとマオの顔が華やいだ気がした。

「目立たない方がいいからな、お互い。今は平気でも、あんまりニュースになると、どこからかマオの存在が漏れるかもしれないし。うっかり俺がけしかけたとか言われても嫌だし」

 自分を納得させるように呟く。

 マオはちょっとだけ顔をしかめてから、

『うん、ありがと!』

 嬉しそうに笑った。

「……まあ、俺が飯喰ってからな」

 その笑顔に少しだけ圧倒されながら、言う。

『うん、待ってる!』

 ぴんっと右手を挙げる。そのまま、すぃーっと移動して、テレビの前を陣取った。

 マオの感情の流れについていけない。

 楽しそうに笑いながらテレビを見るマオを見ながら、残りのサラダにとりかかった。

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