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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第六幕 上手の猫は爪を隠す
21/26

9−6

 今度はきちんと避け切れた。

 引き金がひかれる直前に跳び上がる。

 そのまま黒い三人の一人の背後に。首筋に手刀を叩き付けて、一人昏倒。

 隣の一人が慌ててこちらに銃口を向けてくる。昏倒したばかりの味方を投げつけてやる。とっさに力ない体を受け取り、バランスを崩したところに横から薙ぐような蹴りを。これで二人昏倒。

 最後の一人が駆けてくる。激情に駆られたように。

「ばっ! 無茶ですっ!」

 エミリが叫ぶ。

 一発左手に弾をうけるが、それは一旦忘れることにする。駆け寄って来た相手の拳を、その左手で受ける。結構痛かった。

 そのまま相手の手を捻り、ついでに腹部に一発蹴りを。

「っと、お仲間がどうなってもいいわけ?」

 エミリが銃口を向けてくるから、そいつの首を左手で拘束し、そのこめかみに奪った銃を当てる。

 拘束された本人がうめきながらも小さく舌打ちした。

「随分、動けるんですね。そのけがで」

 エミリの言葉に思わず笑う。

「動けるようになるための時間稼ぎ手伝ってくれてありがとう」

 どうしてマオを作ったのか。それに興味がなかったといえば嘘になる。だが、わざわざ今このタイミングで訊いたのは、血の生成を間に合わせための、傷口を少しでも治すための、時間稼ぎに他ならなかった。

 ひっかけられたことを知り、エミリがくしゃりと表情を歪める。

「まあ、怒るなって」

 こっちがけがを治したことだって時間稼ぎにしかなってないんだから。まだ少し、くらくらする。

 エミリが一歩二歩、近づいてくる。

「撃つよ?」

 右手の銃を軽く動かしてみせる。

「撃てませんよ」

 エミリがバカにしたように笑う。

「撃てるって」

 そりゃあ、良心がとがめないわけじゃないけど。

「メンタリティの問題じゃありません」

「は?」

「セーフティがかかったままだ、バカ」

 答えたのは拘束されている本人だった。

 言われて隆二は手の中の銃を見つめ、

「……そうなんだ?」

 一体どこがどうなっているのかわからないまま、それを遠くの方へ力一杯投げた。

「……あ、はったりだった?」

 投げてからエミリに尋ねる。マオがこの間見ていたドラマにそんなシーンがあった。セーフティがかかってるぜ? とかはったりかました後にグーパンチしていたが。

「教えません」

 エミリはにこりともせずに答える。

「丸腰ですし、観念してください」

「うーん、あのさ」

 首筋に回した腕を見る。

「このまま俺が腕に力こめたら、あっさり首の骨って折れると思うんだ。だからごめん、彼が人質なのに変わりはない」

 エミリの眉が吊り上がる。

「俺の、ことは、かまいませんっ」

 人質がかすれた声をあげる。

 エミリの眉がますます吊り上がる。

「俺に殴りかかってくるとことか、そういうこと言っちゃうとことか、この人新入り?」

「……わかりますか」

「そんな気がした。嬢ちゃんよりは年上っぽいのになー」

「バカに、するなっ!」

「バカをバカにして何が悪いのさ」

 呆れて笑う。

「命あっての物種だ。そういうこと言うなって。がんばれ世に憚れそれじゃあまた」

 流れるように告げると、きゅっと首をしめた。頸動脈を圧迫。

 かくっと、気を失う人質。彼自身が着ていた上着で両手を縛っておいた。なんとなく、おまけ的な気持ちで。それから持っていたナイフも頂いた。

「……役に立ちませんね」

 立ち上がった隆二に、エミリが呆れたように告げる。

「こんなのしか来ないなんて、嬢ちゃん人望ないの?」

「慢性的に人員不足なんです。あと、エミリです」

「そっか、がんばれ」

 気を取り直したようにエミリが銃を構え直す。

「降参しましょう?」

「この状況でも降参を持ちかけられる嬢ちゃんが俺は結構好きだよ」

「エミリです」

「でも、俺をどうにかしたいならエクスカリバーぐらい持って来ないと」

 実験体の抹消に使われていた武器の愛称をおどけて言ってみせると、

「許可が下りなかったんです」

 真顔でそう言われた。

「って、許可申請したのかよ。マジでやる気だったのかよ……。もうやだ、若者こえぇ。ゲーム脳ってやつだな」

 思わず嘆く。エミリは大げさに嘆く隆二を観察するような目で見ていたが、小さく息を吐くと銃を構えた。狙いを定める。

 その瞬間を見逃さず、隆二はエミリの懐へと飛び込む。

 エミリが慌てて、狙いを定めなおす。

 だが、遅い。

 隆二の卓越された身体能力は、目で追うのが精一杯の速さでエミリの懐へとその体をもぐりこませた。

 それでも、隆二がマオを抱えてエミリの喉元に先ほどのナイフを突きつけるのと、エミリが隆二の額に銃口を押しつけるのは同時だった。

「おとなしくG016を渡してくれませんか?」

「お嬢ちゃんこそ、今日はもう帰ってくれないか。それにしても不意打ちとは酷いなぁ」

「このタイミングを狙っていたくせによく言いますね」

 喉元のナイフを忌々しそうに見ながら、エミリは言葉を吐き出す。

「別に演技でもなんでもないぞ。俺は至って真剣かつ深刻に嘆いていたからな」

 ナイフをさらに近づける。エミリは反射的に、少しだけ体を反らした。特にそれを気にとめたりせずに、隆二は続ける。

「さて、別に引き金を引いて俺の頭を打ち抜いてもらってもいいんだが。そうした場合お嬢ちゃんはマオを連れて帰れない。お嬢ちゃんが引き金を引く前に、俺は刺す。よくて相打ちだ」

「だから、降参しろ、と?」

「なんか不満?」

「父が言っていました。あなたは本気になれば研究所をつぶすほどの力を持っていると。でも先ほどから見ている限り、手を抜いていらっしゃいますよね? その結果のけがではありませんか?」

「ずいぶんと俺はおっちゃんに買いかぶられていたみたいだな。そんなに凄くはない」

「でもあなたなら、このままわたしたちを殲滅するぐらい造作もないのでは? 大体、貴方自身が先ほどおっしゃっていたではありませんか。『全部手に入れる力がある』と……」

「そりゃぁ、まあ。嬢ちゃんを殺すなんて赤子の手をひねるようなもんだけど、」

 そこで一度言葉を切って、言葉を探す。

 色々と物騒な言葉が思いついたが、あえてそれは却下し、なるべく穏便に聞こえそうな言葉を選ぶ。

「……ほら俺あっちこっち痛いし。それに、お嬢ちゃんをここで殺しちゃったら次はもっと手強い祓い屋が、」

「派遣執行官です」

「それがくることになるんだろ? それだと面倒だからな。研究所と敵対すると身分証明書とか偽造してもらえなくなるし。そうなると割と困るんでな。部屋借りたり、アルバイトしたり、そういうのできなくなるし」

「それはわたしが弱いと?」

 うめくようなエミリの言葉に、眉を片方あげる。

 まさか、そう返されるとは思わなかった。

「普通の女の子としては驚くべき強さだと思うから気に悩む必要はきっとないぞ。いや、気にした方がいいのか? そのままじゃ、彼氏も出来ないからな」

 腕に抱えているマオに思い出したように視線をやる。堅く目を閉じたまま、動かない。

 少しばかり不安になる。

「なぁ、こいつ、いつになったら起きるんだ?」

 エミリは一瞬、何のことを言われたかわからずにまじまじと隆二の顔を見てしまった。見てしまってから彼の視線の先に気づく。

「G016ですか?」

「あ〜、言おうと思ってたんだが、それじゃぁ味気ないからマオ、な。せっかく俺が無い知恵しぼって考えたんだし。ほら、嬢ちゃんも祓い屋っていうと怒るだろ? それと同じだ」

 エミリは眉をひそめて何かを思案した後、不本意そうに言い直した。

「マオ……さん、でしたら、明日のお昼ぐらいには」

「そうか」

「でも、聞いても無駄ですよ。わたしが連れて帰りますから」

 隆二は肩をすくめた。

「さっきの新人君じゃないが、研究所の人間は命とかいうやつを粗末に扱いすぎる。俺がとやかく言えた立場じゃないんだがな。人っていうのは簡単に物に成り下がる。まぁ、生きることを放棄して、ただ『存在する』ことにした人間もいるがな。生きる屍っていうか」

 言ってから、ある意味それは自分にもあてはまるのではないかと思った。生きることをせずに、ただ存在することにした不死者。

 生きているから死ぬのであって、死なないものは生きていない。そんな理屈を並べ立てたって、結局他人には生きる屍にしか見えないのかも知れない。

 そこまで考えてから首を左右に振った。いずれにしても、今はまだ問題視する場面ではない。そういうことは、無事に助かってから考えるべきだ。

「だから、簡単に殲滅できるとか言うなよ」

 エミリは酷く不可解そうな顔をした。

 それが自分の言葉によるものではなく、表情による物だと気づくのに少し時間がかかった。意識してみれば、自分は酷く弱々しい笑みを浮かべていた。

 それにしても、笑みを浮かべるたびにそんな顔をされてしまっては、まるでいつも自分が仏頂面のようではないか。それは事実だが。

「もっとも、これはある人の受け売りなんだがな」

 そういって肩をすくめる。

 誰のか、とはエミリは聞いてこなかった。聞いても無駄だと思ったのかも知れない。なんせ自分の知り合いはほとんどもう死んでいるから。

 そう結論付けて次の台詞に行こうとした隆二は、エミリが隆二をじっと見つめていることに気づいた。先ほどまでの鋭い視線とは違う、どこか哀れむような目で隆二を見ていた。

 それからエミリは何度か言葉を選ぶように口を動かし、小さな声で言った。

「……大切な人だったのですね」

「は?」

 何故エミリがそういったことを聞いてくるのか、わからずに隆二は間の抜けた顔をする。確かに、それを言った彼女は、とても大切な人だった。いや、大切な人だが。

 エミリはわずかにうつむいていた顔を上げ、隆二を見つめる。

「とても懐かしそうで優しそうな顔をなさっているからです。自分の宝物を見るような……」

 隆二はエミリを数秒見て、額に手を当てて嘆息した。

「どうして嬢ちゃんは、面と向かってそういうことをいうかな。恥ずかしいじゃないか。そんな冷静に人の顔を分析しないでくれ」

 そう言って、手を額から離す。

 意識的に先ほどとは違う、真剣な顔をつくる。

 エミリが身構えたのが分かった。

「だから、」

 そういって、隆二は笑みを浮かべた。今度は、酷く楽しそうな笑みを。

「だから、俺は殺されるわけにも殺すわけにもいかないんだ。大切な人との約束だからな」

 そういって、持っていたナイフを半回転させ、刃の部分を握り直し、柄の部分でエミリの喉をついた。

「っ」

 瞬間、エミリが焦ったような顔をして、でもすぐに瞳を閉じた。

 気を失い倒れそうになったエミリを、マオを抱えているのとは逆の手で受け止める。

「……やりすぎてない、よな? 大丈夫だよな?」

 動かないエミリの顔の前に掌をかざし、息をしているのを確かめる。

 ナイフで切った掌をぼんやり眺める。満身創痍すぎて、これぐらいなんでもない。

 マオをちゃんと抱え直し、その頭をなんとなく撫でようとして、血まみれの掌に気づきやめる。代わりにマオを抱えたまま、地面に倒れ込んだ。


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