9−4
「待てよ」
それを隆二は引き留めた。
自分が思ったよりも大きな声だった。いつもよりかすれていたのは、大目にみて欲しい。
振り向いたエミリと振り向かないマオ。
銃を構えたままの三人組。
「ふざけるな」
ゆっくりと息を吐く。
足に力をいれて、立ち上がる。
三人組が撃とうとしたのを、エミリが片手で制した。
大丈夫。まだ立てる。
「見くびるな。拾った猫を犠牲にする程、落ちぶれていない。俺は欲ばりだから全部手に入れたがるし、事実、それだけの力もあると思うぞ、なぁ、嬢ちゃん?」
決して気は抜かず、それでも傍観者に徹していたエミリに話をふる。
エミリは軽く目を見開き、
「……そうですね、おそらくそうなのでしょう」
単純に、それだけ言った。
それを聞いてにやりと笑うと続ける。
「ほら、嬢ちゃんだってこういってるさ。疑心暗鬼ミチコよりも、俺の方が強いさ」
おどけてみせる。
「けがさせて悪いと本当に思っているなら、迷惑かけてしまったと思っているのならば、そうやって消えるんじゃだめだろ。本当にそう思っているのならば、俺にお詫びと恩返しをしろ」
自分でも段々何を言っているか、わからなくなってきた。
ただ一つだけいえるのは、今、この居候猫を見放すことができないということ。
『でもっ!』
マオが振り返る。また、泣きそうな顔をしているな。そう思って目を細める。
なんだか酷く不愉快だ。
何が? そういう顔をしているマオが? そういう顔をさせてしまっている自分が?
マオはそのまま、叫ぶように言葉を投げつける。
『でも、あたしは何も出来ないもの! 隆二がけがしているのに何も出来なかったし、恩返しもお詫びもきっと出来ない』
「そのうち肉体がもてるかもしれないぞ? そのうち霊体であるからこそ出来ることがあるかもしれないぞ? 半永久的に生きられるんだからな。そういうチャンスにいつか恵まれるさ。それがいつのことかわからないが、きっと研究所に行けば得られないことだと思う」
そういってやわらかく微笑んだ。
エミリが驚いたような顔をしたのを、視界の端に捕らえる。それはまるで自分が笑うのは気味が悪いみたいじゃないか、失礼な。
「マオが来てから、言わなかったけど、十分楽しかったんだ。それだけで本当は十分だったんだ。一人の、生活が長かったから」
こころなしか視界が揺らいできた。血の生成が追いつていない。
がんばれ、常人離れした俺の体。
あやまちを、繰り返すな。
「あの赤いソファーに座って、二人でだらだらとテレビでも見よう。あのソファー、やっぱり一人には大きすぎるんだ」
マオの瞳が揺らいだ。
「だから、なあ、マオ」
一呼吸置く。
「一緒に帰ろう」
そういって両手を広げてみせる。
マオが一度きつく目を閉じる。
何かを振り切るような動作だったが、それはほんの一秒足らずで、隆二の方へ向かって動き出した。
銃声。
マオが一瞬驚いたかのように目を見開き、それからすぐにゆっくりと目を閉じ、崩れるようにして倒れていく。
それを視界に捕らえた瞬間、走り出す。体が悲鳴をあげるのを無視する。
が、位置的に有利だったエミリが先に彼女を捕らえた。
舌打ちすると隆二は、再びエミリとの間合いを取り直す。
「それは?」
彼女が持っている先ほどとは、別の銃について尋ねる。
「なんでも研究班が開発した霊体にも効く銃だそうで、原理はわからないので省きますが。試作品ですし換えの弾もないので不安だったのですが、効いて良かったです。ついでに、今G016に触れるのも研究班が作ったこの手袋のおかげです」
そういってから隆二を見て、少し呆れたように笑う。
「安心してください。麻酔銃のようなもので眠っているだけです」
それでも隆二は彼女を睨むのをやめない。
「そんなこと言われて納得すると思っているのか?」
「いいえ。思っていません。ですが、その怖い顔はやめてください。さっき、貴方が微笑んでいるのを見てわたしはとても驚いたのですよ」
「失礼だな」
鼻で笑う。
エミリはそんな隆二を見るとため息をついた。
三人組が銃を構えたまま近づいてくる。