9−2
ほぼ同時に、隆二はエミリから飛び退く。不穏なものを感じて。
マオの手を掴むと、そのまま頭を抱え込んだ。
いくつかの銃声。
それから衝撃。
隆二は小さくうめく。
何か高い音が響く。とても近くから。
五月蝿いな、なんだこれ。そんなに騒ぐな。
『隆二っ、隆二ぃ!』
「……へーき」
腕の中、悲鳴のように名前を呼ぶマオの頭を撫でる。
『りゅーじっ』
マオの頭をすり抜けて、赤い雫が落ちる。
赤い水たまりが出来る。
なんだこれ、雨漏り? なんて、一瞬、脳が事態を理解するのを拒否する。
これまた無様に、喰らったものだ。
『隆二っ』
「だいじょうぶ」
喋ると同時にこみ上げて来た塊を飲み込む。
「ヘルメットは英断でしたね」
エミリの言葉に振り返る。
エミリの後ろ、入り口に立つ三つの人影。
「……増援部隊、ってやつ?」
かすれた声で尋ねると、エミリは頷いた。
乾いた笑いが漏れる。
「……やばいなぁ、平和ボケ?」
エミリはいつも一人で行動しているから忘れていた。彼らは組織なのだと。
エミリが近づいてくる。後ろの影は構えたまま。
被っていたヘルメットを脱ぐと、エミリに向かって投げつける。常人離れした力で投げられたソレは、エミリの足元に叩き付けられ、その形を歪ませた。借り物だけど、ごめん持ち主。
そのままなんとか後退し、距離をとる。増援部隊が撃った弾が足に当たったのはご愛嬌だ。今更足に一発当たったところで、何かが変わる訳じゃない。マオの悲鳴があがるだけだ。
エミリから奪った銃を構えてみせる。
『隆二ぃ』
クリアになった視界に、マオの泣き顔がうつる。
「……泣かなくて、いいから」
安心させるように微笑んでみせる。
でもマオの表情は変わらない。
被害状況を確認するのが憂鬱になる。
治って来た箇所もあるが、さっきまで居た場所にできた赤いみずたまり。あんまりきちんと見たくはない。
それにしても、ヘルメット、やっぱり被ったままにしとけばよかったかな。銃を構えたままの人影を見て思う。
マオを背中に隠すようにして、エミリと対峙する。
「銃、撃ったことありませんよね? 降参、しますか?」
エミリが尋ねてくる。
体の処理が追いつかない。それでも笑ってみせる。
「誰がそんなこと」
『待って!』
マオが叫んだ。隆二の言葉を遮るように。
隆二は視線を背後に動かす。
エミリは黙って動かない。
マオは隆二を庇うように両手を広げて彼の前に立つ。
『あたし、行くから。だからもうやめて』
「……マオ?」
血と一緒に、言葉がこぼれ落ちる。
何を、言っている?
『いいよ、もう』
マオは振り返ると小さく微笑んだ。口元は笑みをかたどっているが、目元はまったくその反対で、その顔はやけに頭にきた。
それは神山隆二の大嫌いな表情だった。
もう、どうでもいいと全てを諦めた者の顔。
昔、自分と仲間達が嫌というほどした顔。
なんで、そんな顔をしている?
なにがそんな顔をさせている?
どうしてそんな顔をしている?
そして、マオのその顔は嘗て愛した、今でも一番大切な女性の唯一認められなかった表情に似ていて、
「しょうがないよ、双子は忌み嫌われるものだから」
一瞬、だぶった。
そんな顔は見たくなかったから、必死に道化を演じてきた。
そんな顔は見たくなかったから、例え黒い茨の道でも突き進んできた。
そんな顔は見たくなかったから、犠牲の羊になることだって厭わなかった。
そんな顔は見たくなかったから。
今だって、見たくない。