9−1
エミリは憤慨していた。
G016に逃げられただけじゃない。
探していたら、見知らぬ大学生ぐらいの男性に声をかけられた。いつものことだと無視しようとしたら、
「あの、神山って人からの伝言なんですけど」
その男性はこともあろうか、そう言ったのだ。
曰く、廃工場に来い、と。
一体何様のつもりなのか。
どうせ先回りして何か仕掛けるつもりなのだろう。こっちだってそれぐらいわかる。いつまでもお嬢ちゃん、じゃないのだ。
荒々しく足音を立てながらエミリは廃工場に向かった。
「G016!!!」
これ見よがしにシャッターが開けられた廃工場。
無人のように見える中に向かって、エミリは叫んだ。
「いるんでしょうっ、出て来なさいっ!」
返事はない。
気配もない。
もとより、居るのは不死者と幽霊だ。気配なんて感じられなくて当たり前だ。
銃を構えたまま、中に入って行く。
薄暗い。
ゆっくりと、進む。
中の物はすべて撤去されたあとらしい。がらん、としている。
部屋の真ん中まで来た。
「神山隆二っ!」
吠えるように名前を呼ぶと、
「はいはーい」
かるーく返事が返って来た。
声がした方を見る。見上げる。上。
落下してくる影。
高い天井に掴まっていたのか、と思った時には遅かった。
真上から降りて来た隆二に組み敷かれた。
「ぐっ」
「駄目ー」
銃を持った右手も軽々と捻られる。掌から転がり落ちた銃は、隆二のズボン、尻ポケットに入れられた。
「暴発すればいいのに」
苦し紛れに呟くと、
「ここで暴発したところで嬢ちゃんの不利に変わりはない」
隆二が笑った、ような気がした。
顔が見えない。
「……頭を撃てばしばらくは動けないでしょう、と言ったのは私でしたね」
フルフェイスのヘルメット。
「どこで手に入れたんですか? 盗品?」
「失礼な。借りたんだよ。知らない人に。未承諾だけど」
「それを盗品というのです」
吐き捨てるように告げる。
何度か脱出を試みるが、常人離れした力には勝てない。
視界に、ふよふよと上空を浮かぶマオの姿。なんでそんなに眉根を寄せているのか。泣きそうな顔をしているのか。泣きたいのは、こちらだ。
「降参、してくんない?」
隆二の声。
泣きたいのはこちらだ。でも、泣かない。
「嫌です」
エミリはきっぱりとそう告げると、少しだけ口角をあげた。
そして、
「今です!」
叫んだ。