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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第五幕 好奇心、猫を殺す
15/26

8−3

 おかしい、なんでこうなった?

「はい、どうぞ」

「あ、どうも」

 渡された紅茶を素直に受け取ってしまう。

 最初は狭そうな路地裏を選んで走っていたが、世の中にはそんなに路地裏はなく。やはり屋根の上という障害物のないところを、スピードあげて通り抜けた方がいいんじゃないかと思い屋根の上を走っていた。そこで目があったのが、この目の前の少女で。最初にマオの食事に利用させてもらった、コンビニの店員。バレた、ヤバい、と思ったが別の意味でやばかったかもしれない。

「うふふ、あたし本当に嬉しいですー。ようやくこうやって吸血鬼の方にお会い出来てー」

 ちょっといっちゃっている目で菊が言う。

 彼女はどうやら、オカルトマニアのようだ。面倒だし騒がれるよりはいいか、と適当に話をあわせていたら吸血鬼認定されてしまった。おまけにお茶まで出されて。

『ねーこれ、どうするのー?』

 背中にへばりついたままマオが尋ねてくる。

 ちょっと首を傾げてそれに答えた。

 なんでこうなっていて、これからどうすればいいのか。そんなこと、隆二が聞きたい。

 このまま永遠にかくまってくれるといいんだけどな、なんて間抜けなことを思う。しかし、どこかで一度きちんと、エミリのことには片をつかなければ。

「肩、大丈夫ですかー?」

「あー、はい」

「もう治っちゃう系?」

「まあ」

 やっぱりすごーい! と菊は黄色い声をあげた。

 まさかいつも行っているコンビニの店員がこんな変人だとは思わなかった。

「何かから逃げてたっぽかったですけど」

「まあ」

「あれですか? ヴァンパイアハンター?」

 なんでそこで目を輝かせる。

「あー、そんな感じの?」

「はー、やっぱり大変なんですねー。闇の眷属ですもんね」

 うんうん、と何度も一人で頷く。

「戦わないんですか?」

「あんまり目立つことしたくないし」

『屋根の上走ってたのにね』

 お前は黙ってろ。

「対策を練ろうと」

「なるほどー。ちなみに、どんなですか、ヴァンパイアハンター」

「どんな……」

「やっぱり黒服にサングラス?」

「いや。赤い……」

 そこで菊の動きがぴたり、と止まった。

「赤い?」

「赤い」

「……もしかして、無駄に全身赤い、金髪の女の子?」

 頷く。ほら、やっぱり目立つんだってば、あの格好。

「ご存知?」

「知ってます。一回会いました。その……」

 菊はそこで一度躊躇い、

「コンビニバイト終わった後に、倒れてたからって助けられて。っていうかぶっちゃけ、あの時のって常連さんの仕業ですか? 姿見えたけど」

 お茶を吹きそうになった。

『あー、それって最初の時だよね。やっぱり見られてたんだねー』

 マオがのんびりと言う。誰のためにやったと思っているんだ。

「いや、うん、まあ、その」

「あ、あたし別に怒ってないんで」

 ごにょごにょと口ごもる隆二に、菊は笑いかける。

「寧ろ、貴重な体験をしたと! 吸血鬼に吸われても死ななければ吸血鬼にならないそうですしね!」

「あー、うん」

 なんだかよくわからないが、咎めてこないならばそれでいい。

 それはそれでいいとして。

「あー。嬢ちゃんが言ってた痕跡ってそれか」

 溜息。なんだ、結局自滅に近いことをしたのか。まあ、いずれにしても顔を出されたと思うが。

「あの子、ヴァンパイアハンターなんですか?」

「まあ、そんなところ」

「じゃあ、あの赤いのは戦闘服みたいなものなんですね!」

 菊が納得したように手を叩く。

 いや、あれはただの私服……。

「しかしまあ、どうしたもんかな」

 小さく呟く。

 いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。

 本気になればエミリ一人ぐらいどうとでも出来るが、殺すわけにはいかない。

 不意をついて気絶なりなんなりしてもらって、一度お引き取りを願いたい。

「……やっぱり、頼むしかないか」

 また借りを作るのも躊躇われるが。

「あー、お願いがあるんですけど」

「はい?」

 赤い服の少女はなにかの妖怪なのかと思ってましたーと熱弁をふるっていた菊は、小首を傾げる。

「電話、借りていいですか?」


 電話を一本かけ終わる。番号を覚えていてよかった。

「あとはどこかで嬢ちゃんを捕まえないとなぁ」

 まあ、適当な場所で待っていれば向こうからやってきそうだけれども。それだと不意をつかれかねないし。

「ヴァンパイアハンターに会いたいんですか?」

「まあ」

「どこにいるか聞いてみます?」

「……は?」

 菊が何を言っているかわからなかった。

「いえ、あの子目立つんで。あたしのカレシ無駄に顔広いから、もしかしたらどこにいるか見つけられるかも」

 言って菊はケータイを振る。

『あー、若い子の連絡網ってすごいってテレビでやってたよー』

 マオが言う。

「……お願いしても?」

「いいですよー」

 菊はあっけらかんと笑うと、ケータイを耳に当てる。

 しかし、あの小さな箱で電話出来るのってすげーよな。

 ぼんやりと思っていると、

『隆二いま、おじいさんっぽいこと思った?』

 マオが呟いた。

「もっしー。ねー、この前の赤い服の子のことだけど。……え? 違うよ、妖怪だなんて思ってないよ。そうじゃなくて、あの子の探してた人。……そー、その人に会って。葉平どこにいるかわかんない? ……うん、わかった。うん、メールして。はーい」

 菊が電話を終える。

「彼が皆にメールして聞いてくれるみたいです。っと、見つかったらどうしますか?」

「あー。なんかこの辺りで、それなりに人気がなくて迷惑にならなさそうなところとか、ないですかねー」

 他力本願にも程がある。

「えっと。確か廃工場がありますよ、ここから少し言ったところ」

「あるのか……」

 言っといてなんだが、なんておあつらえ向きな。

『廃工場とか危ないよ? 犯人に呼び出されて殺されちゃう』

 マオの腕に力がこもる。どちらかというと、こっちが呼び出す犯人側だ。

「じゃあ、そこに来るように伝えてもらうことって」

「いいですよー」

 菊はあっけらかんと微笑んだ。

「そうやって、メールしときますね」

「頼みます」

『りゅーじ。……大丈夫なの?』

 マオの言葉に、軽く腕を叩いた。宥めるように。

「おっ、はやーい」

 菊がケータイを片手に笑う。

「目撃情報ありです。すっごい形相で走ってたそうですよ」

 やっぱりかかわりたくないかもしれない。ほんの少しそう思う。

「伝言、つたえるように頼みますね」

「お願いします」

 一度頭を下げる。

 それから左肩をゆっくり回した。

 ここで時間をつぶせたことで、左肩も動くようになってきた。これで平気だろう。

「あの、それじゃあ」

 立ち上がりながら声をかける。

「あ、行きますか? ろくにおかまいもできませんで」

「いえいえ。お茶、ごちそうさまです」

 なんとなく間の抜けた会話をしてしまう。さっきから、ちっとも緊迫感というものが生まれない。まあ、それならそれでいい。

「あー、あと図々しいお願いだとは思うんですけど。俺のことは」

「秘密にするんですよね? 大丈夫です」

 菊がとってもいい笑顔で頷いた。

「あたし、人間との約束は結構頻繁に破っちゃいますけど、妖怪さんたちとの約束は絶対に守るんです」

 それから小声で付け足した。

「まあ、初めてなんですけどね。約束するのはもちろん、見るのも」

 ほんのちょっぴり不安になった。

 浮かれて誰かにぺろっと言いそうだけどな、この子。

 まあ、それならそれでその時考えるし、第一この子の調子じゃ周りの人に信じてもらえなさそうだし。

「あの、でもお願いが」

 菊は少し、神妙に呟く。

「……はい」

 少し背筋を正した。

「また、来てもらえますか、うちのコンビニ」

 真顔で言われたたわいないお願いに、緊張していた気持ちが緩む。少し笑いながら、

「それはちょっと」

「えーっ」

 菊は露骨に傷ついた顔をした。

「なんでですか! 正体、ばれちゃったからですか?」

「いや、近くに別のコンビニできたから」

 事実を答えると、菊はぽかんっと間抜けな顔をして、

「ええっ、そんな庶民的な理由……」

 がっかりしたように呟く。その後すぐに、でもそれはそれでおいしい? とか呟きだしたけど。

「まあ、コンビニは行くことがあったら行きます。それじゃあ、どうも」

 これ以上ここにいると話が長引きそうだ。

 隆二は一度軽く頭をさげると、来たときと同じようにベランダから跳躍した。

 あっさり立ち去る隆二を、ちょっとつまらなさそうに菊は見送ってから、小さく呟いた。

「またのご来店、お待ちしております」

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