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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第四幕 捨て猫の元の飼い主
10/26

6−1

 ソレはU078と呼ばれていた。

 U078は、早い段階で自分が何かの実験体であることを悟った。

 他の実験体が、「失敗作」と呼ばれ、ゴミのように捨てられていくのを見ながら、いつか自分も消えるのではないかと思っていた。

 だから、U078は逃げ出した。

 そしてU078は、一人の人間とであった。

 その人は、化け物であるU078に優しくしてくれた。

 U078という実験体ナンバーではなく、名前で呼んでくれた。

 このまま、その人と生きていけるのではないか。そう思っていた。

 そんな時、少女があらわれた。



 マオが隆二の家に居座りバタバタとした、それでもおおむね平和な日々を過ごして数ヶ月ほど経った。

 マオの食事問題も、夜間に寝ている人を片っ端からマオが探したり、たまに菊の時のようなことをしたりしながら、死者を出すこともなく、穏便に済ませていた。新たな死者が出なくなったことから、ミイラ事件についての報道は減っていて、今では週刊誌ぐらいしか報じていない。

 行きつけだったコンビニは、菊の件から出入り出来なくなったが、幸いにして別の場所に新しくコンビニが出来た。そこは家から二分と近い。

 今日もサンドイッチとコーヒーを買い、コンビニから戻るところだった。

 マオも誘ったのだが、この時間にやっている特撮ヒロインの再放送が気に入っているらしく、断られた。誘わなかったら誘わなかったで怒るくせに、誘っても無視するときたもんだ。

『疑心暗鬼ミチコ見なきゃいけないからダメー!』

「……なんだよ、それ」

『疑心暗鬼ミチコ知らないの? 普段は普通の女子高生でー、変身すると着物姿になるのー。ちょー強いんだよ! 電信柱の影に落ちてるスーパーの袋ですら、敵だと思ってはっちゃめちゃの、ぼっこぼこの、びっりびりにしちゃうんだからぁ!』

「あー、疑心暗鬼?」

『あなた鬼ね! 退治してやる! って言って倒すの。まあ大体いつも、ミチコの本当の敵じゃなくて、ただの悪い人なんだけど』

「ただの悪い人って……」

『でも悪い人は悪い人だから周りからは感謝されるの! でね!』

 そのあと熱心にマオは疑心暗鬼ミチコとやらについて語ってくれたが、正直、なにが面白いのはか隆二にはわからなかった。

 それにしても、その特撮ヒロインは今から二十年ぐらい前に放送してたもののはずだ。もしも、生前から好きだったのだとしたら、マオは今より少し前の人間なのかもしれない。そんなことも考えている。

 マオ本人は、自身の出生や死因などに興味はなさそうだが、隆二としてはマオの生前の素性をいつかは調べてあげたいと思っている。そうすれば、無事に成仏できるだろう。幽霊はきっと、成仏した方がいい。仮にマオが成仏するつもりがなくても、出来ないのとしないのとでは天と地ほどの差がある。可能性はあった方がいい。

 ただ、それを積極的に行わないのは生来の怠け者であることと、それからほんの少し、すこぅしだけもうちょっとこのままでもいいかなと思うからだ。


 そんなことを思いながら歩いていると、アパートの前に見慣れた人物を見つけた。人物というか、服を。というか、色を。

 面倒くさいやつが来た。そう思いながら近づく。

 向こうも隆二に気づいたらしく、顔をあげると軽く頭を下げた。

「よう、相変わらず、目立つなー、祓い屋の嬢ちゃん」

 声をかけると、

「派遣執行官です。何度言えばわかるのですか?」

 冷たく言われた。金髪碧眼の美少女が、にこりともしないまま。

「ところで、わたし、目立ちますか?」

「ああ」

 頷く。

 真っ白い肌、すっと通った鼻筋、光を浴びて光る金色の長い髪の毛。長い手足に、高めの腰の位置。

 どこからどうみても完全なる美少女。それでなくても、道行く人が振り返って見る程の、美貌ではあると思う。

 ただ、欠点はその壊滅的な服装センス。

「そうですか。さっきから道行く人にちらちら見られている気はしたのですが。そんなに外国人が珍しいんですかね。わたし、国籍は日本なんですが」

 ひょうひょうとそう言う。

 お前がそんな赤い服着ているからだよ、と心の中でつっこんだ。その美貌も、日本人離れした体型も、服装の前にはかすんで見える。

 このイギリス人を祖父の持つ、クォータの少女は、何故かいつも赤い服を着ていた。赤いジャケットに、かろうじてオレンジ色っぽいスカート。赤いブーツ、赤いベレー帽。

 隆二はひそかに、この格好を鼓笛隊のようだと思っている。

「で、嬢ちゃん」

「エミリです。せめて名前で呼んでください」

「はいはい。で、どうした? 今度は何を逃がした? 人面犬か? のっぺらぼうか? テケテケか?」

「いつも何かを逃がすような言い方、しないで頂けますか?」

 少しだけ、不愉快そうに少女が言う。

「じゃあ、違う用事なのか?」

「いえ、そうですけど」

 少しだけ不服そうに、少女が答えた。


 この些か怪しげな少女エミリは、これまた怪しげな研究所の人間だった。オカルト現象を研究する研究所。縁あって、何度かエミリの仕事を手助けしている。

 例えば、逃げた口裂け女を探したり、人面犬を探したり。

 今ある貯金額のほとんどは、この研究所の仕事を手助けしたことによって得たものだった。

 都市伝説の幾つかは、この研究所が作り出したものだ。逃げ出したり実験のために外に放したり、理由は様々だけれども。

 そしてエミリは、本人曰く、研究所の派遣執行官。「要は外回りの祓い屋だろ?」と以前言ったら、酷く怒られた。無駄なプライドがそこにはあるらしい。


「まあ、こんな立ち話もなんだし」

 その赤い格好、すごく目立つし、

「古いけど、うちで話そうぜ」

 言って、エミリの返事は待たずに階段をあがる。古い二階建てのアパート。

「本当に古いですね」

 ついてきたエミリが容赦なく言った。

「遠慮とかないのな、嬢ちゃん」

「エミリです」

「まあ、なかなかに住めば快適だぞ。駅からも近くて、2DKって部屋は広いのに家賃安いし」

「訳あり物件なんですか?」

「……そこですぐに訳あり物件に行くのがすごいな。そのとおりだけど。前の住人が自殺したとかなんとか、まあ、幽霊が出るとか言われてたんだけど、出なかったし」

「まあ、出ても神山さんなら困りませんよね」

「あー、まあ」

 今は本当に幽霊が住んでるしなー、とも思い、苦笑する。

 意図的に居候させている以上、家賃の値下げ交渉には使えないだろう。

 二階に上がる。二階の一番奥が、隆二の部屋だ。

 廊下を歩く。

「コンビニに行っていたんですか?」

 隆二が持っているビニール袋を指差し、エミリが尋ねる。

「ああ」

「珍しいですね、神山さんがサンドイッチなんて買うなんて。コーヒーはともかくとして。正直、初めて見ました」

「まあ、色々あって」

 肩をすくめる。

「ところで、せっかく遠路はるばる嬢ちゃんが来たところ悪いが、今回は何も聞いてないぞ? そういう怪しい噂」

 部屋の前で、ポケットから鍵を取り出しながら言う。

「まあ、俺のコミュニティなんてあってないようなものだが」

 なにせ、ニートのひきこもりだし。

「いえ、ここらにいるはずなんです。最近、消息不明ですが。それでも、被害者というか、それっぽい痕跡はこの街で見つけましたし」

 鍵穴に鍵をさす。

「それに、今回、知覚は難しいものですし」

「知覚が難しい?」

 鍵を開ける。

「ええ、幽霊なんです」

 ドアノブに手をかけて、まわし、ドアを開け、

「ミイラ事件、ご存知ですよね」

 開けかけたドアを、慌てて閉めた。

 ばたんっ、と派手な音がした。

「神山さん?」

 エミリの不思議そうな声。

 一つ、ゆっくりと息を吐く。落ち着け。まだ、大丈夫だ。

「悪い。部屋、すっげーちからってるんだった。模様替えしようと思って、だからちょっと外で話そう?」

 赤い少女と外で話すのはさぞかし目立つだろうが、今回は気にしていられない。

「わたしは構いませんが?」

「俺が構うの」

 だからほら、と隆二がエミリを来た道を戻るように促したところで、

『隆二ー? 帰って来たのー?』

 のんびりしたマオの声がする。

「今の……?」

 エミリがドアに視線を向ける。

『疑心暗鬼ミチコ終わっちゃったのー、つまんなーい』

 マオの暢気な声。

 出てくるなっ。

 心の中で叫ぶ。

 祈りは通じず、マオがドアから顔を覗かせる。すぽんっとドアから首が生える。

 マオは見知らぬ赤い少女を見つめ首を傾げ、エミリはドアの生首を見つめ、

「マオ逃げろっ!」

「G016!」

 同時に叫んだ。

 勢いに呑まれてマオが顔をひっこめる。

 エミリが隆二を突き飛ばす様にしてドアをあけ、その背中を隆二が蹴飛ばした。エミリが備え付けの靴箱に激突する。

「悪いっ」

 一応謝っておく。

「っ」

 エミリはうめきながらも鞄から拳銃をとりだし、

「うわ、何物騒なもの持ってる!?」

 慌てて隆二はそれを叩き落とすと、部屋の隅に蹴飛ばした。

 駆け出そうとしたエミリを出来るだけ死なないようには手加減して突き飛ばし、部屋の真ん中でおろおろしているマオのもとに駆け寄る。

 ダイニングのテーブルを蹴飛ばすと、玄関を塞いだ。

「マオ!」

 斬りつけるように名前を呼ぶと、立ったままの彼女の右手をつかんで走り出す。

『えっ?』

 マオの声を無視して、ベランダへの扉をあける。

 そのまま、跳躍。

『隆二っ、ここ二階っ!!』

 マオの悲鳴だか、叫びだかを聞きながら、隣の少し低い一軒家の屋根に着地。

 そのまま、屋根伝いに走り出す。

「待ちなさいっ! G016!」

 背後でエミリが叫んだ。


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