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迷い仔猫の居候  作者: 小高まあな
第一幕 捨て猫の拾い方
1/26

1−1

 女は、足下を見下ろした。

 人が豆粒のような小ささで歩いているのが見える。

 スカートの裾が、風でふわりと揺れる。

 一つ息を吸う。

 そして女は、ビルの屋上から飛び降りた。



 それは三日間続いた雨が止み、憎らしいぐらい快晴の日だった。

 神山隆二は、切れた珈琲と煙草を買いに普段蟄居している自宅からしぶしぶ出てきた。

 日差しがまぶしい。

 ほどほどに人通りのある道をだらだらと歩く。家から一番近いコンビニが徒歩十分というのはやっぱりよくない。家から二分のところにあったコンビニは昨年末閉店した。たかだか珈琲と煙草を買うのに五倍も歩くなんて非生産的だ。

 などと堕落しまくったことを思いながら、のばしっぱなしの茶色い髪を右手でかきあげる。

 ジーンズのポケットに両手を突っ込んでだらだらと歩く。

『やー』

 上から何かかけ声のようなものが聞こえた気がして、上を見る。

 ぎょっとする、とはこのことだ。

 ビルの上から女が一人ふってきた。

 え、何自殺?

 思わず立ち止まる。急に立ち止まった隆二の背中に真後ろを歩いていたサラリーマンがぶつかった。スーツ姿の彼はちっと舌打ちする。

 すみません、ともごもごと呟いて頭を下げる。

 その間に、女は隆二の鼻先を通り過ぎて地面に落下した。

 アスファルトに頭をのめり込ませて、足だけが二本飛び出ている。なんかで見た事ある光景にしばし考え、

「すけきよかよ」

 有名な小説の一場面を思い出し、口の中で言葉を転がすようにしてつっこむと、その足を通り抜けてコンビニを目指した。

 こうも暑いと変な輩が増えるな。

『って、ちょっとまったー!』

 後ろから声が聞こえる。女の声にしては高すぎず、耳に心地いい程度の高さで、隆二は少し感心する。声量はともかく。

『ちょっとあんた! そこの茶髪にギンガムチェックのシャツきた、むっつりしたそこのあんた! あんた、あたしのこと見えてるんでしょう? うら若き乙女がビルから飛び降りてきたっていうのに無視するなんて一体どういう了見よっ! ひとでなし!』

 ギャギャー騒ぎつつ、近づいてくる。

『聞いてるんでしょう! 逃がしはしないわよっ!』

 女は隆二の前に両手を広げて立ちふさがる。しかし、それは丁度コンビニの前。隆二は女の鼻先で曲がり、すっと店内に入った。

 入ってすぐの角を曲がる。窓際、雑誌のラックの前を通り過ぎる。週刊誌には毒々しい字で「怪奇! ミイラの謎!」という文字が踊っていた。

 いつも飲んでいるインスタントコーヒーを手に取り、レジにむかい、

「マルボロ」

 すっかり顔なじみになった店員にそう声をかける。店員はいつも通り三箱用意してくれた。

『ちょっとちょっとちょっとちょっと!! 何無視してくれちゃってんのよ!』

 慌てて店内に入ってきた女が耳元でぎゃーぎゃー騒ぐ。

 相変わらず愛想のない店員に代金を支払う。

 もっと愛想のいい可愛い女の子もいるのに。なんでこいつはこんなに愛想がないんだか、同じ店なのに。

 黙ったまま金銭の授受が行われる。

『ちょっと、聞いてるの!? 聞いてるでしょう!? なんとかいいなさいよ! あ、だからって「なんとか」ってだけいう、そんなお約束な展開は許さないんだからね! 無視しないでよー!』

 乱暴にビニールに入れられたコーヒーと煙草を持ち、コンビニを後にする。ついでに入り口のところにあったバイト情報誌をとると、袋の中に押し込んだ。そろそろなにか仕事を探さないと。

『あんた、あたしのことをなんだと思ってるのよ? 馬鹿にしてるの!?』

 ぎゃーぎゃー騒ぐ女を通り抜ける。

「なにってそりゃぁ」

 小さく口の中だけで呟く。

「頭湧いた幽霊だろ」

 あっついなー、と空を睨み、家路を急いだ。


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