三
野営に戻ると平気だと言い張る少年をなんとか説得して腕の傷の手当をし、少々強引に洗濯した服を干して早めの晩飯をとる。
少年は自ら獲った岩魚には目もくれようとしなかったが、旅の体力をつけることに異論は無いようでその他の物は出した分だけしっかりと平らげた。
そうしてしばらく焚き木を睨む様にしながらぼうっとしていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。やはり疲れていたのだろう。
荷袋を枕にして寝息を立てているその姿は蛇がとぐろをまいているというより子猫が丸くなっているといったほうが正しく当てはまる。
その横に、決して遠過ぎず近過ぎないだけの距離を置いてライゼは座り直すと、珍しく熟睡している様子の寝顔を覗き込んだ。
普段は気難しい顔をして黙り込んでいるが、寝顔はまさに少年そのものだ。
きっと、笑ったらもっと可愛いのだろうな。
昼間に一瞬だけ垣間見た少年の笑顔を思い起こしライゼは微笑む。
今のライゼと少年の関係は丁度この、遠くもなく近くもない距離が表しているだろう。
出会った頃はそれこそ食べ物すら口にしてくれなかったが、それと比べると随分と関係は良くなってきた、とライゼは思う。が、それ以上の進展はなかなか訪れなかった。
少年が心を開いてくれないのはその境遇のせいであろうしその境遇をつくったのはライゼと同じ人間達であることは間違い無いのだから、憎まれても嫌われても仕方が無いのはわかっていた。それでも彼がそう望まない限り、一人にするにはこの国は危険すぎる。
ただそれ故の二人旅。何を置いても優先するべきは少年の意思の自由と命。そのためには自分の感情など、考慮するに値しなかった。
しかしどうしても、つれない態度への寂しさは拭えない。
一陣の風が森を吹き抜け、木々がざわめく様に音を立てる。
ライゼは思わずそれを見上げてしまってから後悔した。
炎と月明かりに照らし出された頭上にある木々の屋根。その枝々が纏う広い葉の群れは、赤かった。
これは元々そういう色だというわけでも、勿論この暖かな季節に紅葉しているわけでもない、ライゼの目にだけそう見えているのだ。
原因は不明だが、物心ついたときからこうだった。陽光が届かない場所や夜になると、赤いものが緑に見え、緑のものは赤く見える。
特に痛みがあるわけでもなく生活に大した支障は無いが、それでも見ていると心のざわめきが止まらない。
幼い頃などは回り中の人間が赤の瞳に変じるので、闇とともに化け物が正体を現したようでとても恐ろしかった。
そのことを両親に打ち明けてみたときのことは、今でもはっきりと思い出せる。家族に疎まれる決定打となった夜のことだから。
ファンドラーネは、その家族が住む都でもあった。
もちろん広い帝都の、今や流浪の旅人、時として盗賊にまで身を窶したライゼの出入り出来るような場所で彼らと偶然に再会するようなことはありえない。
しかし、全く意識するなというのも無理な話だった。
水浴びした効果が台無しだな、ライゼは自嘲気味に笑みを浮かべる。
ふと、横で眠っていた少年が寝返りをうった。
ライゼの目から見た彼の瞳は普段は柔らかい夕焼け空のような茜色だが、夜になると美しく深い、吸い込まれそうな緑に変わる。
昼に見る、他の人間とはどこか違う、何かとても惹かれる深緑色。
目を合わせようとはしてくれないし、ライゼも無理に合わせようとは思ったことがなかったが、今は無性に、その瞳を開いて見つめて欲しいと願った。
結局、都合の良い願望は叶うことなく夜は更け朝が来る。