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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第二章
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 日が傾き始める頃、シリュース川の中流が流れる森でライゼは野営を張ることにした。

 正直森で夜を過ごすのは躊躇われたが、少年の体力では日没までに森を抜けるのは難しく思えたからだ。

 川岸で汚れ物を洗濯しながら、ライゼはふと対岸を眺める。

 中流であるだけに川幅はさほど広くは無く、雪解け水の季節もちょうど過ぎていて流れは穏やかであったが、馬に慣れないものがこれを渡るのには少々度胸がいるだろう。

 もう少し行ったところに対岸へ渡る橋があり、森を抜けた先には帝都ファンドラーネがある。

 本当はもっと楽な行程もあるのだが、国の中心である帝都への道は行き交う行商人等も多く、少年の瞳に気付かれないとも限らない。

 町に入るときのように目隠しをさせて進むことも出来なくは無いが、何所を進んでいるのかわからないのは不安だろうし、面白くも無いだろうとこちらを選んだ。

 代わりに悪路を進ませることで確実に疲れさせてしまっているわけだが。

 ライゼは昼間の少年の疲れた様子を思い出し軽く溜息を吐いた。

 長居をする予定は無いものの、ファンドラーネに向かうというのは少年の正体が危うくなるのと同時にライゼ自身の問題で気の重い話だった。

 何とか避けようとあれこれ考えてみたものだが、食料や路銀の残りを考えると人や物の多く集まる帝都に寄らない手は無い。それに、寄るなら寄るで、欲しい情報もあった。

 必要な情報を集め多少の金を稼いだらさっさと次の町へ発つとしよう。憂鬱な気分を打ち切るようにライゼは手早く洗濯作業を終わらせると、上着を脱ぎ川に入る。

 川の水は思ったより温かく、産卵期を迎えた魚たちが足元をするすると泳ぎ抜けていく。

 長身のライゼが腰あたりまでつかるような場所となると透き通った水の底で大きめの魚が岩陰に逃げ隠れるのが見えた。

 水温に比例して生物の動きも活発だ。掴み取りは早々に諦めて、ライゼは服のついでに体の汚れを洗い落とそうと頭から思い切り水を被る。

 濁りの無い水が肌を叩く清々しい感触に暗澹とした気持ちを切り替えていると、森の中からがさごそと物音が聞こえた。

 習慣的に身構える。気配の薄さから野生動物の類かと思ったがしかし、木の陰から姿を現したのはライゼの旅の連れ、亜麻色髪の獣人の少年だった。

 少年はライゼに気付くと、いるとは思わなかったのか、一瞬ぎょっとしたような表情を見せる。

 どうした、と声をかけても返事は無いだろうとは思ったが、その様子がいつも以上におかしかったので警戒させないようになんでもない風を装ってライゼはゆっくりとそちらに近付いた。

 すると少年は逃げ出しこそしなかったものの妙に慌てた様子でローブの裾を払うような動作を見せ、不自然に姿勢を傾ける。

 その理由は近くで見ればすぐに想像がついた。

 旅での様子を加味しても少年の装いが明らかに汚れていたのだ。顔には泥がついているし、さらさらの髪には枯葉が巻きついている。

 大方森で転びでもしたのだろう。野営の場所で待たせておいたはずがどうしてそんな目にあったのかと思いはしたが、そこで、姿の見えない自分を探しに、と考えるほどライゼの自己評価は高くなかった。

 ともかく相当派手に転んだようだったのでどこか怪我でもしてやいないかと、頭についた葉を取ってやりながらライゼは少年の目線に座り込む。

「大丈夫か?」

 問いかけると視線を泳がせながら小さく頷く。しかし隠しているような右腕がどうにも怪しい。

「見せて?」

 優しくそう促してようやくおずおずと差し出された右腕を見ると、肘の辺りがぱっくりと切れ、赤く血が滲んでいた。

 転んだときに木の枝で切ってしまったのだろう。水辺へは痛みと血止めに寄り付いたに違いない。

 手当ては後でしてやるとして、確かに傷口は洗った方が良さそうだ。それと、服や顔も。

 立ち上がり逡巡していたライゼは何気なく少年を抱き上げる。

 それがあまりにも自然な動作であったせいか、少年は抵抗というのを忘れ、何事かという顔でライゼとその腕を見比べた。

 しかしライゼがそのままざぶざぶと川に入って行くのを見てやっとじたばたと暴れ始めると、調子はずれな声を上げる。

「なっ、は、離してよ!」

 まるで活きの良い魚のようなその暴れぶりにライゼが思わず手を滑らせると、少年は勢い良く川に飛び込む……ような形で腕からずり落ち、水飛沫を立てた。

「っ!」

 顔面を狙ったように襲い掛かる飛沫に視界を奪われながらライゼは慌てて少年の行方を追うが、幸い落ちたのは先程ライゼが水浴びをしていた深いあたり。体を打ち付ける心配は無さそうだった。が。

「うわぁぁぁあ!?」

 水面から顔を出した少年は恐慌したような素っ頓狂な叫びを上げてもがき始めた。どうやら彼にとっては十分深かったらしい。

 助け出そうとライゼが手を伸ばすと、必死の形相でそれを掴むも、ぬめりのある苔に足を滑らせたのか再び水底へ沈む。

 それでもなんとかして引き上げてやると、げほごほと咽ながらライゼの腰にしがみつき荒い息を吐きながらやっとのことで言った。

「なっ、なんで、離すのさ!」

 どっちなんだよ、と内心で苦笑しながらもそのあまりの慌てようにライゼは謝りつつ落ち着かせようと背中を撫でる。

 それでなんとか頭に冷静さが戻ってきたのか、少年はぷいと顔を背けるとライゼから手を離し危なっかしい様子で川を渡って一人元の川岸へ上がっていった。

 ライゼも仕方なくその後を追う。と、再び上がる少年の悲鳴。

 今度は何だとライゼが駆け寄ると、ほとんど泣き顔のような少年のフードから出てきたのは見事な大きさの岩魚だった。


 


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