八
ラスキウス・アスワド・アッフェラーレは馬車に揺られながら酷く無感情に虚空を見つめていた。
満たされない。いくら獣人を虐待しても、犯しても、殺めても、安らぎが得られるのはほんの一瞬。
帝位継承権第七位を持つ彼の、人前では決して表すことのない本性。先程無残に破壊された獣人の少年は彼の蒐集品のほんの一部でしかなかった。屋敷には他にもまだ数人獣人奴隷の子供が居り、今頃彼の留守に一時の休息を得ているころだろう。いやもしかすると主人と同じ性癖を持つ家人の慰み物になっているかもしれない。以前ならば烈火の如く怒っていただろうが、近頃はどうでも良かった。
座席の隣に置いた書類をめくる。今度の議会の資料だった。獣人国スメラギとの利益協議について記されている。それをさらにめくっていくと、今度は獣人融和派による反帝国運動の広がりとその駆逐計画が出てきた。やはり興味が沸かない。投げ捨てるように書類を落とす。
無意識に長外套の内に忍ばせた銃を撫でながらラスキウスは目を閉じた。
昔、たった一人だけあの“遊び”を無事に乗り切り、逃がしてやることになった子供がいたことを思い出す。
あの子は楽しめた。怯え、抵抗し、泣き叫びながら強烈な生への執着心を見せ、深い深い本物の憎悪を向けてくれた。
一体今頃どうしているだろう。ラスキウスは、彼にしては非常に稀有なことに、手放した奴隷の少年を思って窓の外を眺めた。
すると突然馬車が乱暴に急停車。何事だ、と冷静に尋ねるが返事は無い。外で悲鳴があがる。
ラスキウスは銃を留め具から外し降車した。
「どうした」
「ら、ラスキウス様っ! 危険です!」
「どうしたのかと聞いている」
護衛は剣を構えたまま暗闇の一点を睨みつつようやく答える。
「わかりません、突然獣のようなものに襲わ……」
瞬間、護衛の体に何かが飛びついた。短い悲鳴すらあげる間もなく嫌な音を立ててその首から鮮血が噴き出す。飛びついた何かに首を切られたのだ。その正体を見てラスキウスは目を細めた。
「閣下!」
突然停車した馬車を見て後続から援軍が駆け込んでくる。
「遅い」
「も、申し訳ございませ……?」
援軍の隊長は主人に謝罪しながら、その眼前の光景に絶句する。
なんと馬車を襲ったのは子供だったのだ。しかもその子供は自ら殺した護衛を少し離れたところに引きずると、こちらを警戒しながらもおもむろに古びたナイフでその腹を掻っ捌き、血をすすり始めたではないか。
「狂ってやがる……」
部下の言葉にラスキウスは同意するように笑みを浮かべる。
「捕えろ」
「は……、殺せ、ではなくてですか?」
「殺すな。あれはうちに連れて帰る」
明日の議会は欠席させていただこう。面白そうな玩具を見つけてしまった。
程なくして少年は捕縛されたが、そのためにさらに二名の死者が出る。鮮血のような色の髪と漆黒の巻角を持った二角人の少年だった。