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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第六章
33/34


 時を遡る。

 秋の帝都ファンドラーネ郊外。広大なファンドラ平原を望む小高い丘の上に一軒の邸宅があった。

 帝都の喧騒から逃れるように建てられたそこは、四百年代建築を思わせる飾り気の少なさながら上品な優美さを醸し出しており、平原の豊かな様子を背景にした建物そのものが芸術品であるかのような雰囲気を持った館であった。門前には太陽と剣の紋章。この館の主がカドゥゴリ帝家の眷属であることを示していた。

 深夜。しんと静まり返った邸内を、初老の男が一部の隙もなく着込んだ燕尾の衣擦れと磨きこまれた革靴の足音だけを立てながら歩む。

 彼が向かっているのは地下室だった。重々しい金属の扉には門番がおり、初老の男が品良く会釈すると大儀そうに扉を開ける。

 その先に現れた螺旋階段を、足を滑らせないように慎重に下りてゆく。それにつれて淀んだ空気に混じって独特の臭気が漂い始め、男は初めて表情を歪ませた。

 ひやりとした廊下の奥。樫材の重厚な扉を叩く。返事は無い。いつものことであった。男はそのまま扉を開いた。

 途端に鼻腔を刺激する異臭。限られた蝋燭の僅かな明かりから浮かび上がるのは悪趣味な真紅の敷布が敷かれた天蓋付の大型寝台。

「全くだらしない身体だねえ」

 薄い遮光布の向こうから嘲け笑うような響きの声が聞こえてきて、男は密かに溜息を吐く。声の正体は男の主、カドゥゴリ帝家に連なる剣のアッフェラーレ家現当主、ラスキウス・アスワド・アッフェラーレだった。

「何度言っても言う通りに出来ない。淫乱すぎるのも困りものだ。そう思わないか?」

 ラスキウスのその問いかけに男は無言を貫く。気にする様子の無い失笑と声にならないような悲鳴、荒い呼吸音が重なった。震える子供の声が聞こえる。兎の獣人の少年だった。

「ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もう、やめ……痛っ!」

「まぁいい。そんなことより今日はお前に贈り物があってね。きっと気に入ってくれると思うんだ」

 少年のふかふかとした長く大きな耳をきつく引っ張りながら、ラスキウスは男に命令し部屋の隅の書き物机に置かれていた木箱を取らせる。中から出てきたのは奇妙な型の魔導銃だった。男は悲劇の予感に一人瞑目する。

 それでも命令通り男はそれを主人に捧げ、ラスキウスは待ちかねたように片手で玩ぶと少年に見せつけた。

「ほらこれ。知ってるよね?本当はこういう風に」

 唐突に響く破裂音。甲高い音を立てて調度品の花瓶が砕け散る。ラスキウスが狙いもつけずに突然発砲したのだ。少年は音に怯えてまた悲鳴をあげる。

「……使うものなんだけれどね。今日はこれを使って遊ぼう。そして」

 ラスキウスは三日月のような笑みを滴らせて囁く。

「これが終わったらお前を自由にしてあげる」

「……!」

 始まった。自分に待ち受ける運命も知らず、ラスキウスの言葉を聞いた兎人の少年は瞳の輝きを取り戻す。

「本当、ですか……?」

「本当だとも」

 ラスキウスは優しく言いながら少年を丁寧に寝台へ押し倒し、小さな手に銃を握らせる。

「この銃は少し特別な造りでね。普通に使うことも出来るが……」

 言いながら銃に取り付けてある装置を作動。そして引き金をゆっくりと引いて見せた。

 再び爆音が響くことを予想して少年が身を竦ませる。しかし、弾が発射される気配は一向に無い。

「この装置を作動させると、引き金を引いてからいつ弾が発射するか、誰にもわからない。三十秒か丸一日か……」

 炸裂音。少年の頭の上で銃弾が弾けた。

「今回は三十秒だったようだね」

 ラスキウスがにっこりと笑みを浮かべる。その破壊力を間近で目の当たりにした少年は恐怖に青ざめながら、次第に理解し始めていた。この遊びの真意に。

「ご、ご主人様っ、いや、嫌です僕っ……!」

「これを」

 泣きながら懇願する少年の言葉を遮りラスキウスは優しく宣告した。

「ここに挿入れて、上手に自慰をして見せられたらお前を解放してあげる。大丈夫、淫乱なお前なら簡単なことだろう?」

 切れ長の緑の瞳が妖しく光る。長い指先は少年の後ろを扇情的に撫で上げていた。そして少年に握らせた銃をそちらに回し、蕾に宛がう。長く暴力に晒され続けてきたそこは鉄のそれを簡単に受け入れた。

「そん、な……! こんなの、む、無理、ですっ! ご主人様っ、な、なんでもしますから!」

 絶体絶命の状況に追い込まれた少年は涙をこぼしながら卑屈に笑みを作り虐待を重ねてきた主に媚を売る。しかしラスキウスはまるで聞こえていないように柔らかく少年を窘めるだけだ。

「ほら、ちゃんと自分で持って。変に暴れると暴発してしまうかもよ?」

「いや、いや、嫌、嫌、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁああああ!」

 少年の絶叫に喜悦の表情を浮かべるラスキウス。かちり、と引き金が無情な音を響かせる。

 少年は必死に銃で自分を犯した。しかし死の恐怖に支配されながら快楽は生まれるはずもなかった。切れ切れの喘ぎ声と激しい呼吸が室内に満ちる。

「そんなに激しくして。よっぽど気に入ったようだね」

 ラスキウスはくすくすと、まるで微笑ましいものをみるように笑った。その直後、三度目の炸裂音が無機質に響く。

 真紅の敷布に塗り重ねられる赤。ラスキウスは絶命した少年からそっと銃を取り上げ、その身体を幸福そうに愛撫する。

 そして破壊されたそこに昂ぶる自身を突き入れ、凌辱した。暗闇と鮮血の中で雪のように白い肌と長く美しい銀の髪が躍る。

 主人の目を背けたくなるような異常な情事の中、男は吐き気を堪えながら職業意識だけでそこに立っていた。主人の性癖に一切口を挟まないことも彼の仕事に含まれていた。

 全てが終わった後、男は陶器に湯をはり、浸した布でラスキウスの体を清める。

「ラスキウス様。馬車のご用意が整いました」

「ああ」

 ラスキウスは先程とは一転、醒めきった表情で頷く。ふと思い出したように少年の残骸を冷ややかに眺め、僅かに唇を歪めた。

「片付けておけ。……ああそうだ、確かこの子には仲良しの子がいたね。その子の明日の夕食にしてあげなさい」

 きっと喜ぶから。くく、と喉を鳴らすラスキウス。男は返す言葉を持たなかった。

 体を拭き終えると新しい服に袖を通させ、整備し直した先程の銃を手渡す。この銃は、あの“遊び”のためだけに拵えさせたものだったが、今では主の愛用の銃となっており、外出には必ず持ち歩いている。

 寝台の上でいくつもの命を弄んできた呪いの銃は華奢なラスキウスの手指に似合わない、ずっしりとした不気味な重さがあった。

 支度を終えたラスキウスは颯爽と地下室を後にし、屋敷を出ていく。その頃には残忍な異常者の目から、聡明な王族の瞳に戻っていた。その左耳には黒曜石の耳飾りが揺れている。

 馬車を見送りそれが夜闇に掻き消えるのを見届けると取り残された男は重々しく息を吐く。

 彼は代々アッフェラーレ家に仕えてきた忠節なる家令だった。しかし御家は当代で絶えるだろう、と確信していた。



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