六
「何を読んでいるのだ、宗平?」
武田宗平、もといシュウは声の主に気付き手紙から顔を上げた。
「手紙ですよ。あちらに行っている可愛い弟分からの」
「……弟分からのというよりは、想い人からの手紙を読むような顔だったがな」
努めて何の気もないような表情をして言って見せたシュウだったが、声の主がちらりと全てを了承しているような笑みを浮かべると、途端にでれでれとだらしなく顔を崩す。
「いやあ、わかっちまいます? やはり俺は隠密など向いておらんのかも知れませんな」
「さして隠そうともしておらんだろうが」
声の主はくすくすと笑声を上げ肩を竦めた。
再び手紙を眺めながらシュウは嬉しそうに訳を話す。
「あちらでね、良い友達が出来たようなんですわ」
「ほう?」
声の主もシュウの弟分を見知っているのか意外そうに目を細めた。その響きを感じとってかシュウの笑みが苦笑に変わる。
「まあはっきりそう書いてあるわけじゃあないですが、なんとなく。その友達ってのがまた、俺も面識のある奴なんですが、こりゃあまた気性の難しいのが二人揃ったもんだと笑っとったわけです」
「成程ね」
声の主は納得したように頷いた。するとシュウがそういえば、と思い出したように付け足す。
「そうそう、それとその友達のまたツレが、面白そうな人物でして。ありゃあ貴方にも会わせてみたい……いやもしかしたらそのうち、向こうからやってくるやも知れません」
シュウの頭の中に少年のために全てを懸けた黒髪の青年と、安全を捨て青年を選んだ亜麻色髪の少年が蘇る。頑固そうな二人だった。反帝国組織に入ったのなら自分もまた会う機会があるだろう。
「覚えておこう」
声の主は鷹揚に頷く。シュウの人物眼を信用している風だった。
そこに、んん、と咳払いが一つ割り込む。見ると長身の無骨そうな隼が固い表情でこちらを睨んでいた。
「お二人ともご歓談はその辺りで。客人をお待たせしています」
「おぅ。いたんか真田君。相変わらず影薄すぎて気付かんかったわ」
「おりました」
真田はシュウの軽口にまるで取り合う風もなく重々しく頷く。シュウは懐から時計を取り出し時刻を確認した。成程、予定されていた会談の時刻を過ぎて三十秒経つ。真田にとってはもう遅刻に入るのだろう。
「なんや今日はお前さんが護衛か。まあ気張れや」
堅苦しく構える真田に、シュウは立ち上がりぽんと肩を叩いてやる。
声の主ははあ、と思い溜息を吐いて真田を見遣った。
「あの者は私は好かぬ。声を聞いているだけで虫唾が走る。もし私が刀を抜きそうになっていたらよく止めるなよ真田」
「そりゃあええな!」
無責任に手を叩きシュウが笑う。真田は眉間に皺を一本増やして首を振る。
「お戯れを……さぁ、参りましょう大公閣下」
大公と呼ばれたその人物は大儀そうに翼を伸ばすと謁見の広間に足を向ける。途中振り返ってそれを見送るシュウに尋ねた。
「お前もそろそろあちらへ行く時期か?」
「ええ。春の終わりまではご無沙汰させていただきますわ」
「そうか。気を付けて行け」