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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第二章
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 まだ白い冠を被るガラ山脈から暖かな春風が吹きつけ、ファンドラ平原の瑞々しい若草がさらさらと音を立てる。

 少年は束ねたやや長い亜麻色の髪と旅用のローブを馬上から靡かせながら、その広大な景色に密かに溜息を吐いた。

 前を行く黒馬に跨った男がその様子に気付いたのか、ちらりとこちらを振り向く。

 しかし少年は気遣うようなその視線を撥ね退けぷいとそっぽを向いてしまう。

 無言の時が続く奇妙な二人旅が始まって既に半年以上が経とうとしていた。

 少年は男に対して親しく口を利くつもりは毛頭無く、男もまた必要以上に話しかけてはこなかった。

 一体どういうつもりなんだろうか。少年は正直なところ、戸惑っていた。

 アカントゥスの奴隷市から自分を連れ出した男のことを、少年は食うに困って奴隷売買に手をつけた盗賊か何かだろうと思っていた。どうせ盗み出した商品として次の奴隷市では転売されてしまうのだろう、と。

 だからあの夜、再び同じ運命を辿る位ならばと、無用心にも自分の前で眠りこけた男を殺し、金品を奪って逃げるつもりでいた。

 しかし男は、どうしたことだろうか、これだけ時間が経ってもまだ彼は少年を手放そうとはしない。

 おまけに服や乗り馬まで与え、この体に手を出すわけでもなく、売却前の奴隷としては破格の扱いでただただ旅に連れ歩いている。

 さらにおかしなことには、町に入って宿に泊まる時の事だ。

 路銀稼ぎに町に出るのはわかる。しかし男は自分を一切拘束しておこうとはせず、しかも決まってあからさまにわかるような場所に金を置いてから出ていくのだ。

 いつ逃げても構わない、というよりもまるで逃げるのを勧めているような態度である。

 これはつまり。少年は手綱を握り直し、密かに男を覗き見る。

 これはつまり、そういうことなのだろうか。

 これからどうしようと僕の自由であると。

 渇望していたものを手に入れたらしい少年はしかし、その顔を曇らせる。

 彼は一人で生きていく上で必要な力を何も持っていなかったのだ。

 金を手に入れたところで茜色の瞳を隠して生活することは不可能だし、剣を手にしても扱いを知らなければ野犬さえ撃退することは出来ない。

 まして文字も地理もわからないのだ。闇雲に馬を走らせて逃げてもいつかまた元の生活に逆戻りすることは確実。

 結局のところ、彼にはまだ選択肢は示されていなかった。

 失望感を覚えて少年は二度目の溜息を吐いた。

 何処までも続く草原が恨めしかった。

「休もう」

 不意に男が馬を止めて少年に声をかける。

 消沈した様子の少年を見て、疲れたのかとでも思ったのだろう。

 適当なところで道の端に寄り馬を降りると、手綱を引いて草の中に足を踏み入れる。

 少年は返事はしないものの男に倣って馬を降りた。

 いつまで経っても慣れない乗馬は歩くよりはましとはいえ酷く尻が痛くなるので正直なところ休憩は有り難かった。

 男は荷物から取り出した昼食らしい塩漬け肉をブレッドに挟みこんで少年に手渡した。

 受け取った少年は礼も言わずに草の中に座り込むともそもそとそれを齧る。

 そんな態度の少年に腹を立てる様子も無く、男は地面から露出する岩に腰掛けて少年と同じブレッドを食べる。

 男へ対する警戒心は未だ解けた訳ではなかった。

 生まれてから今までに蓄積された人間そのものに対する不信は簡単に消せない。男が今までに出会ってきた人間とは何か違う、ということはわかっていても素直に口を利くのはどうしても躊躇われた。

 多少固いとはいえ小腹を満たすには十分な食事をしながら少年は改めて草原を眺めた。

 草むらの向こうからゆっくりとこちらに近付いてくる一団がある。

 羊か何かの群れだろうと何気なしに見ていた少年はその正体に気付いて目を丸くした。

「っ!」

 のそのそと大地を踏みしめて近付いてきたのは白いふかふかの毛を纏った羊ではなく、ごつごつとくすんだ灰色の鱗を纏った、野生の竜だった。

 初めて見るそれに少年が怯えるように後ずさったのを見て、男はその視線の先を追い、優しく笑みを浮かべながら言う。

「あれは草食竜だ。食うのは人や獣じゃなくて草だけだから、襲ってきたりはしないよ」

 草食竜の一団は二人の前で歩みを止めると、鳥の嘴のように尖った口先で青々とした草を選び食べ始める。

 少年はその様子を恐々観察していたが、男の言うとおりこちらには見向きもしない様子のそれを見て小さく笑ってしまった。

 しかし男がそれを見ていたことに気付くとすぐに笑みを引っ込め、恥じ入るように昼食に集中する。

 意地を張っているといえばそうだろう。実際彼はまだこの世に生を受けて十五年に満たない子供であった。





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