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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第六章
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 案内の駄賃としてそれぞれ菓子を貰った子供たちがまた次の遊びにと走り去って行った後、家の中へと招かれたライゼとリュイ。

手狭ながらも落ち着きのある応接間には大きな本棚が置かれ、綺麗に整理された書類や資料の他に様々な分野の書物が並んでいることに気付くと、たちまちリュイの目がきらきらと輝いた。

すぐにも触ってみたそうな様子だったが、まずは、とレゾンに促されるまま長椅子に座り彼が自ら淹れた暖かい茶を振舞われる。

 まだ雪の積もる山中は、移動時間はさほど長くはなかったものの思ったより体の中を冷やしていたようだ。毛足の長い皮の敷かれた座り心地の良い長椅子に腰掛け、ほのかな茶葉の甘みで二人が一息ついた後、レゾンはにっこりと自己紹介を始めた。

「はじめまして。私はレゾン、レゾン・クヴァールだ。一応組織のまとめ役ということになっているが、ここにそういう意味での上下関係は無い。好きなように呼んでくれ」

 警戒心を解かせるように穏やかな調子で言うレゾンに、ライゼが軽く会釈する。

「ライゼです。今日からお世話になります」

 そう言ってちらりとリュイを見ると、リュイは少々まごつきながらもライゼに倣ってぺこりと頭を下げた。やはり緊張しているようだ。ライゼがすみません、と再び頭を下げると、レゾンは気の良い笑顔を浮かべて首を振る。

「みんな最初はそんなものだよ。早く慣れるといいな」

 リュイはちょっと顔を赤くして小さく頷くだけだったが、レゾンとしては動作で示してくれるだけで十分という感じだった。

「二人の案内役はリーリオだったかな?」

「はい。坑道の出口で別れましたが『シュウがよろしくと言っていた、とお伝えください』と」

「はは、全くリーリオらしい挨拶だな。しかし彼が案内役だったのなら、私から組織やホームについて細かく説明する必要は無いか」

 レゾンはリーリオの性質をよく知っているように愉快そうに言って懐から紙を取り出すと卓上に広げて見せた。

「ホームのルールは簡単だ。“出来ることをやる”。習慣的に戦闘員、非戦闘員なんて分けてはいるが、要はホームの外に出ることがあるかないかの違いであって、守って守られるような関係とは違う。ホームはみんなで守る、という共通認識だけ理解してもらえれば、あとは基本的に個々人に任せている」

 組織の目的を達成するには勿論自由に外を出歩ける戦闘員の存在は重宝するが、非戦闘員とて組織に貢献していないわけではなく、そこに優劣は存在しないのだとレゾンは言う。それはウォルグァンの基本理念に等しかった。

「まぁ初めのうちはのんびりするといい。働くのは慣れてきたらで構わないから……ああ、そうそう。ライゼは一応、戦闘員として数えておいてもいいかね? 見たところ、かなり使えそうだが……」

「はい、勿論です」

「そうか、助かる。大層なことを言ってはいるが、人手が足りてないのも実情でね」

 ライゼが快諾すると、レゾンは苦笑しながら手帳を取り出し、ささっとライゼの名を名簿に書き加える。すると、俄かにリュイが不安げな表情になったことに気付いたらしい。リュイと目線を合わせるように背を丸めて優しく話しかけた。

「そんな顔をしなくても大丈夫だよリュイ。さっきも言ったが二人とも、まずはここでの生活に慣れることからだ。二人の経緯は大まかにはリーリオから報告されているが、ずっと旅から旅への生活で一所に長く留まった事はないのだろう? 生活が整うまではライゼに外の用事を頼んだりしないから、安心しなさい」

 何を考えていたのかずばりと言い当てられてリュイは驚いたようにレゾンを見つめ返し、今度はうん、と小さく声に出して頷いた。レゾンは朗らかに笑う。

「さて、とりあえずはそんなところかなあ。あとは君たちの住まいだが……」

 と、言いかけたところでレゾンの耳がぴくんと動き窓の方へ向く。ライゼもつられてそちらを見ると、換気のために半分ほど開かれた硝子窓の向こうで子供の影が隠れるのが見えた。

「ちょっと失礼、またお客さんのようだな」

 レゾンもそれに気付いて微苦笑すると、軽く頭を下げ外に向かって声をかける。

「何か用があるのなら、そんなところから覗いていないで家に入ってきたらどうだい、ティグ?」

 するとややあってから、声をかけられたその子の足音がぱたぱたと玄関口に向かい、丁寧に戸を叩く音が響いた。

「どうぞ」

 レゾンが入室を促すと、控えめに扉が開く。こちらを窺うように覗いていたのはやはり子供のようだった。

「……お客さんか?」

「いいや、新しくここに住むことになった仲間の……ああ、丁度良いな」

 レゾンは子供とリュイを交互に見比べると思いついたようにその子を手招く。嬉しそうにその横へと歩み寄ってきたその子は、先ほどの子供たちよりいくらか年上の、丁度リュイと同じくらいの年頃らしい虎毛猫の少年だった。リーリオとは違った趣の縞模様の尻尾を物怖じした様子もなく立て、短い灰色の髪にはどこでつけてきたのか枯葉が絡んでいて、活発な印象を感じさせた。

「うちはもっと小さい子はたくさんいるんだが、リュイと歳が近そうなのはこの子くらいでね。いい友達になれると思うんだが。ティグ、挨拶してごらん」

「ティグラキだ。よろしくな!」

 レゾンに促されたティグラキはにかっと子供らしい笑顔を浮かべて元気に挨拶する。どこか発音にたどたどしさがある喋り方だが、性格はリュイと対照的らしい。

「リュイ?」

 ライゼがまごついているリュイの背を軽く押してやると、リュイはようやくもごもごと口を開く。

「……えと、リュイ。……よろしく……」

 するとティグラキは両社を隔てたテーブルに身を乗り出して興味津々の様子でリュイを覗き込み、あっと合点がいったようにレゾンに尋ねた。

「女の子か?」

一瞬の沈黙。レゾンが目を覆いライゼが口元を引き攣らせ、リュイが吠えた。

「はぁ!?」

「あれ、違うか」

「違うよ!」

 怒りを顕に訂正するリュイにティグラキは首を傾げて見せ、飄々と言う。

「なんだ、小さいしカワイイ顔だからそうと思った」

「可愛いとかいうなっ!」

「小さいし」

「小さくないっ!」

「レゾンさん、コレと遊びに行っていい?」

「レゾンさんこいつ人の話聞かないよ!?」

 同時に訴えられたレゾンはくく、と笑いを噛み殺しながら答える。

「ティグ、コレじゃなくてこの子、だな。リュイ、悪気は無いんだ」

 どうも噛み合っていないが相性は悪くなさそうであることに安心した様子のレゾンはふとライゼに視線を向けて続ける。

「私としてはこの後の話はライゼからリュイにしてくれれば問題無いが?」

 ティグラキにリュイを連れ出させても良いかと尋ねているのだろう。多少心配ではあるが実際ティグラキは悪い子では無さそうだ。ライゼは頷く。

「行っておいでリュイ」

「えっ」

リュイはライゼが止めてくれることを期待していたようだったが、こういう機会でも無いとリュイは周囲に打ち解けるのに時間がかかるだろう。迷うような顔をするリュイの背をまたぽんと叩いてやると躊躇いがちに立ち上がる。

「やった! 行こうリュイ!」

「わっ、ちょっと引っ張るなよ!」

 ティグラキが服の袖を引いてリュイを急かした。それでもリュイはまだ不安げな顔をしているので苦笑とともに言ってやった。

「後で迎えに行くよ」

「早くね? 絶対だよ?」

「ああ、いってらっしゃい」

 ライゼが軽く手を振ってやると、ティグラキとライゼを交互に見比べながらレゾンの家を出ていくリュイ。

 同年代の子供と遊ぶのは殆ど初めてのはずだから不安そうなのも仕方が無い。常にライゼと行動を共にする癖がついているから、尚更だろう。少し可哀想な気もしたが、これから先を思えば早く慣れておくに越したことはない。

 二人は扉を閉めた後も家の外で何か会話を交わし、やがて何処かへ駆けていったようだった。

 レゾンはその音を追うように耳を動かし、聞き取れなくなったところでようやく、さて、と話を再開した。

「細かい話をする前に……丁度二人になれたからな。ライゼ、君に聞いておきたいことがあるんだ」

 突然改まった様子のレゾンにライゼは一瞬きょとんとしたがレゾンの表情を見てすぐに直感し、確信した。

 それまで緊張を解させる様に穏やかな様子を絶やさなかったレゾンの緑の瞳が、むしろ姿勢を正すことを強制させるような威厳に満ちた真剣さを帯びていたからだった。

 ライゼは真っ向からそれを受け取ると軽く長椅子に座り直して居住まいを正し、誠意の籠った表情で見返す。そして自ら核心に触れるのだった。

「この、耳飾りのことですね」




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