二
荷車などで物資を出入りさせるためにということだろうか、坂は長く緩やかに伸びており、下りきると崖の上から眺めた村の目隠しとなっている針葉樹の森に出る。
道は狭く粗いながらも一応人の通れるように舗装されており、先までしっかりと雪かきされていた。間違いなく人が住んでいる証だ。轍によって変形し凹凸の出来た道を並んで歩きながらリュイがぽつりと呟く。
「リーダーって、どんな人かな?」
「さぁ……獅子人だとは聞いたけど」
「獅子人か~……見たことないや」
想像を巡らせるがしかし上手くゆかず首を捻るリュイ。その言葉通り獅子人は蛇人と同じく本来カドゥゴリにはいない種族で、ライゼもまた見たことがなかった。
「気位の高い種族らしいな」
とりあえず持っている知識を出してはみたが、種族平均とは往々にして当てにならないものだ。会ってみるまではわからないな、とライゼが肩を竦めると、リュイは捻った首のまま妙な声で唸る。
「う~ん……」
「どうした?」
「……怖い人だったら、やだなあ」
真剣に心配そうな顔をして正直に言ってみせるリュイにライゼは少々吹き出してしまいつつ、その頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。これだけ大きな組織のリーダーというからには、立派な人なんだろう」
「だといいけど」
リュイは割と、人見知りをする。他者と関わらず二人だけで旅をしていた頃には知れないことだったが、ウォルグァンに入ってからなんとなく気が付いていた。
リーリオに対してはあれでいてかなり打ち解けていたようだが、恐らく例外なのだろう。割と年が近いことも功を奏したのかもしれない。フェレスハイムのアジトには他にも数人の戦闘員が居たが、どう接していいかわからないような様子だった。
過去の経験から、他者への感情はまず警戒から入ることが癖になっているらしい。ライゼに対しては無邪気な子供そのものなのだが。
どうしたものかな、と考え込むライゼだったが、そんな彼もまた過去の習性が染みついているようだ。先程からずっと、不自然に揺れ動いている脇道の木々や草むらが気になってごまかすように剣の柄を弄っていた。
「……何なのかな?」
リュイも気付いていたらしく怪訝な顔をしてこそりと言った。ライゼは苦笑して、妙に葉の落ちてくる頭上の木に問いかける。後ろに続くライゼの黒馬が落ち葉を頭を振って払いながら迷惑そうに鼻を鳴らした。
ライゼは軽く笑みを浮かべ友好的な態度でそれに声をかけてみた。
「何か用かい?」
まるでぎくっという擬音が聞こえてきそうな程大きく枝が揺れる。次いで短い悲鳴が上がったかと思うと、木の上から大量の雪とともになんと、ぽっちゃりとした兎の子供が落ちてきた。
「だ、大丈夫か……?」
雪がうまい具合にクッションになったおかげで大事は無いとは思うが、一応声をかけるライゼ。少年は痛そうに顔をしかめて打ち付けた尻を摩りながら心底不思議そうに二人を見上げ問う。
「な、なんでわかったの……?」
「いや、ばればれだし」
リュイが呆れ気味に一刀両断すると衝撃を受けたような顔をする少年。どうやら完璧に隠れていたつもりだったらしい。少年はまだ誰か隠れているらしい草むらの方へと叫んだ。
「み、みーんなー! ばれたー!」
「ばかっ! 言わなきゃわかんないのに!」
草むらからは精一杯押し殺したような声が聞こえてくる。
「いやいや、そっちもばればれだってば」
再びリュイの呆れ声が響くと、こそこそと相談しあうような囁き声の後、仕方なさそうにしながらも次々と子供が顔を出す。
やっと歩けるようになったくらいの子から、リュイより少し下くらいの子まで全員で六人。この人数はリュイも予想外だったのか、ずらりと現れた見知らぬ子供達に俄かに体を引いていた。
「もしかして尻尾が見えてたのかなあ」
「わあっ、赤いおめめ~! きれ~い!」
「くそーいつもは皆気付かないのになー。お前たち誰だよー!」
出てきた途端めいめい勝手に喋り始める子供たちに二人はどうしたものかと顔を見合わせる。ごちゃごちゃと放たれる情報をより合わせて整理すると、どうやら尾行ごっこをしていたようだ。ホームの大人たちは気付いても気付かぬふりをしてくれていたらしい。
遊びの邪魔をしてしまった手前そのまま放っておくわけにもいかず、仕方無しにライゼは子供達に目線を合わせるように屈むと、自己紹介した。
「初めまして。今日からここに住むことになった、ライゼだ。あっちはリュイ。リーダーに会いたくて家に向かっていたんだが……」
すると、それを聞いた途端子供達はわかりやすいまでに嬉しそうな顔をし、また口々に喋り始める。
「リーダー? レゾンさん?」
「レゾンのおっちゃんの家ならあっち!」
「教えてあげるよ! ついてきて!」
教えるもなにも道は一本しかないのだが。ともかく案内したい様子の子供達にリュイはまた何か言いたげだったが、これから共にこの村で暮らす子供達に付き合うのも悪くない。ライゼはリュイに笑みだけ向けると黙ってその先導の後に続くことにした。
人間と獣人、混血、まちまちな種族の六人の元気な子供たちに誘われ、小さな森を抜ける。すると本当にすぐに目的地は見えた。
しかし成る程、豪雪に潰されないよう鋭角に設計された山村ならではの赤屋根、手作りの石塀に囲われたその家は丁寧に手入れされていたが、子供たちに言われなければうっかり見逃していたかも知れない。
それぐらい、カドゥゴリ帝国体制に歯向かう国内最大の組織ウォルグァンの指導者たるその人の家は平凡で、しかし持ち主の素朴で暖かい人柄を十分に感じさせる風貌をしていた。
「レーゾンさーん!」
家の前に着くと巻き角の子供がささっと駆け出し、戸を叩きながら元気良く中へと呼びかける。
「おーっちゃーん!」
その隣の人間の子がそれを真似てやはり戸を叩くとややあって半分ほど扉が開き、薄暗い中から渋みのある重低音の驚いたような声が聞こえてきた。
「おおっ? どうしたんだ、みんなして」
「連れてきたよ!」
「みんなで案内したの~」
子供たちがわいわいと騒ぎ立て、ライゼとリュイを指差す。要領を得ないそれで通じるのかと少々疑問だったが、すぐに扉が大きく引かれ獅子は姿を現した。
短く後ろに撫で上げた髪は僅かに赤みのかかった黄金色。猫のそれよりやや丸みを帯びた獣耳を側頭に乗せた長身は、やや痩せてはいるが不健康というよりも高い鼻梁に掛けられた眼鏡と相俟って知的さを感じさせた。
ちらりと眼鏡をかけ直した彼の視線が二人にぶつかる。驚いたことに瞳の色は緑。完璧な獅子人の風貌を持ちながら彼もまた混血人だった。しかし浮かべた笑顔は一切の卑屈さも含まない柔らかな、まさに慈父のそれであった。
「おお、これはこれは。長旅お疲れ様、ようこそホームへ」