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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第六章
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 しっとりとした特有の空気が漂う洞穴の道に三人と三頭の探るような足音が反響する。

「うわっ」

 それを、かつん、という地面に足を引っ掛ける音が遮り小さな悲鳴が上がると、ちらつきながらも薄っすらとその足元を照らしていた橙色の炎は風にでも吹かれたように消えてしまった。

「二八秒。上達の兆しは見えないね」

 暗闇の中で猫科の瞳を呆れ気味に細め、リーリオがため息混じりに言う。

「も、もう一回!」

「これ以上は何度やっても無駄」

 慌てて懇願するリュイにリーリオはぴしゃりと言い放つと札を手に短く詠唱。先程より二回りも大きな炎を手のひらに浮かべて見せ、予め持っていたランプにぽつりと灯した。

「最低でもこの大きさのものを五分は保っていられないとお話にならない。ついでに言うならそれをしつつ、のんびり本でも読めるようになってはじめて魔術師。集中しすぎて歩くことすら覚束無くなってるようじゃ、まだまだ道のりは遠いね」

にっこりと笑顔で駄目出しされたリュイは悔しげに唇を噛みつつ唸る。……少し前にも、似たような会話をしていたような。魔術の話になると口を出せなくなるライゼは一人密かに苦笑した。

折角暗い坑道の中を進むのだから間に覚えたての魔術を使ってみよう、という話になったのだが、これがなかなか上手くいかない。横に並びぶつくさと言い訳を並べ立てるリュイを軽くたしなめつつ、大きくなった灯りを下げたリーリオと先頭を入れ替わる。

「しかしこの坑道に入って随分経つが、まだ遠いのか?」

 スールの山道からその昔使われていた古い坑道に入って二日。体力的には問題ないが、暗闇に利く目を持つ二人と違いランプの照らす灯りだけが頼りのライゼとしては正直、そろそろ到着が待ち遠しい心境だ。

「もう少しですよ。リュイの練習に付き合ってなければもうとっくに着いてるところです」

「……なんだかリーリオ、最近いつもに増して僕に意地悪くない?」

「どこが?」

 口を尖らせるリュイにしれっと肩を竦めてみせるリーリオ。ちなみにライゼはなんとなく理由を察していたがやはり苦笑するのみで黙っておいた。

 ホームへの唯一の行き道となるこの坑道跡は、話に聞いていた通り非常に複雑だ。

 僅かな銅鉱石を求めてあちこちもぐらのように節操なく掘り進めたせいで迷路と化した洞穴は大気の動きが少ない分外より格段に暖かいが、代わりに酸素が薄く息苦しい。その上どこまで行っても同じような景色が続くので、迷い込めばただでは済まないだろう。

 かつてはこの道の端々に過酷な労働の中で息絶えた獣人の白骨化した死体が散乱していたそうだ。

 ウォルグァンのホームへの道として使用するようになった際まとめて回収し供養したのだが、この広さと複雑さで全ては集めきれず、今でもどこか別の道に入ればあちこちに白骨が埋まっているという。

「新月の夜にこの道を通るとざく、ざくと規則的に穴を掘るような音が、使われていない道の奥から聞こえてくるそうです。そしてその道に入り灯りを翳してみると、おびただしい数の骸骨が自分が死んだことにも気付かず肉のない手で土を掻きつるはしを振るって……いるとかいないとか」

 リーリオがおどろおどろしく怪談噺をしてみせると、リュイがぎゅっとライゼの服の端を掴む。

「な、なにそれ。いるのいないの、どっちなのさ?」

「さぁね。これ以上話すとリュイが今晩おねしょでもしかねないから、教えない」

「し、しないもん!」

 またしてもお決まりの言い合いを始めた二人を見かねてライゼが咳払いをしてみせると、リーリオはくすくすと愉快そうに笑ってから、ふと立ち止まった。どうやら目的の場所に着いたらしい。

「ここです」

 彼の言うその場所は行き止まりになっている訳でもない、それまで歩いてきた同じような道と全く変わらない場所だった。ライゼとリュイは顔を見合わせるが、成る程、知らなければただ通り過ぎてしまうような場所の方が隠れ里への入り口として好都合なのだろう。

「ライゼ、ここに手を」

 リーリオは手本を見せるように岩壁に手のひらを当てる。それに倣ってライゼも手をやると、丁度手のひらの真ん中にざらりとした土の壁とは違う何か丸く磨かれた石のような感触に触れた。

 何だ?とライゼが訝しんだその瞬間、隣り合ったライゼとリーリオの親指を境に岩が音も無く綺麗な直線を描いて裂けたかと思うと、まるで波のように左右に分かれ消失、奥に新たな道が出現した。

「っ!」

 目を丸くする二人をよそにリーリオは涼しい顔でその先に足を踏み入れる。

 続いて恐る恐るといった調子でリュイが、馬を引いてライゼがその道に入り、今度はと促されたリュイとライゼで両脇の壁に手を付くと、岩は元通り何事も無かったかのように閉じる。なんとも不思議な現象だった。

 驚き足を止めるのもそこそこに、とでも促すようにリーリオはまたさっさと歩を進める。急に空気が冷たく新鮮になった。出口の近いのだろう。

 その後にぱたぱたと続きながら、さっきまで怖がっていたのをもう忘れたのか興味津々といった様子でリュイが問いかけた。

「今のは?」

「古い魔術です。魔力を纏う獣人と何も纏わぬ人間、二つの体温を当てなければ開かない仕組みになっているらしいですよ」

詳しいことはわからないという風にリーリオは肩を竦め、急な段差を上っていく。階段を上りきると目の眩むような金色の陽光が待ち受けていた。

「ホームです」

 二日ぶりに空の下、二人は眼前に広がる新たな故郷の風景に目を奪われる。

「こんな場所があったのか……」

 頑丈に打ち据えられた柵を手に、ライゼは呟く。外界とホームを繋ぐ洞穴の出入り口は、その全貌を見下ろせる高い崖の上にあった。

 霊峰ヴラドブクリエの脇腹を巨大な匙で遠慮がちに抉り取ってみせたような、岩壁に囲まれたなだらかな斜面上に広がる針葉樹林。山の中腹にあるここは麓よりもさらに雪解けが遅く、どれもまだ白い帽子を被っていた。

 一つの村落が丁度収まる程の面積を持ったその斜面の先端はガラ山脈の底へ繋がる深い断崖。対岸は遠く雲間の向こうに覗き、見事にその土地を外界から切り離している。

 さらに居住地は人間の通ることが予想される山側から確認し得るだけの角度を計算して切り開いた場所に造るという念の入れようで、ぱっと見るばかりではその存在に気付くことはないだろう。

 名も無き高原に造られた人間と獣人が共存する唯一の箱庭、ウォルグァン・ホーム。

「さて、僕の案内はここまでです。まずはこの組織のリーダーに会ってください。その先の世話は彼がしてくれるはずです」

 景色の方に集中していた二人の意識を引き戻すようにリーリオが言った。どうやら休む間も無く、本来の任務に戻るつもりらしい。ライゼはリーリオに向き直り手を差し出す。

「忙しい中済まなかった。気を付けて」

「これも仕事ですから。リーダーの家はこの坂を下って道なりに森を抜けた最初の家です。シュウがよろしくと言っていたとお伝えください」

 リーリオの言い様は相変わらずだったが、ライゼと握手を交わすと微笑を浮かべてみせた。そして軽く会釈して踵を返す。

「リーリオ!」

 早々と去ろうとするその背後を慌てたようにリュイが呼び止めた。

「ありがとう、またね!」

 リーリオは背中を向けたまま短い尾を軽く振って返事すると、自分の馬を引き再び洞穴の中に消えていく。それを見送ってから二人は坂を下りウォルグァンのリーダーの元へ歩き出した。




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