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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第五章
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 車窓の外をファンドラーネの草原が風に吹き散らされる黒煙の合間からちらりちらりと砂色の川のように流れていく。

 フェレスハイムから平原を南下してガラの山麓に近付いていくにつれて暑く感じたほどの車内温度も下がりだし景色は無味簡素なものばかりが続いていたが、時折気の早い草食竜が冬眠から目覚めて食べ物を求めてうろつく様子も見られ、もうしばらくもすれば暖かい風が吹き出して新緑が芽吹いてくるであろう気配を感じる。

 ひっきりなしに煙突から煙を上げる機関部に近い三等車両は窓を開けるとたちまち客席中が真っ黒になってしまうため開放は禁止されているが、後部の方の一等車両ならきっと風の中に近付きつつある春の香りを嗅ぎ取れたことだろう。

 気持ち程度に綿を詰めて革張りにした貧相な木製の座席は揺れの酷さも相まって決して乗り心地の良いものではないものの、成る程、ずっとこの速度で移動し続けるというのは馬にも人にも不可能な芸当だ。リーリオに言われるほど乗馬が下手だとは思わないがこれに乗りなれていれば確かに遅い移動に感じただろう、と包帯越しに窓の外を眺めながらリュイは漫然と感じた。

 しかし、この退屈さはどうにかならないだろうか。もう汽車に乗ってから三日が経過しているが、ガラ山脈の麓の駅まではあと丸一日もかかるらしい。

 当初こそ始めて乗る機関車に心躍らせていたリュイだったが、さすがに三日間もじっとしていると退屈の度を越えてきた。

 リーリオの言っていた通り、停車する駅々で乗り降りするのは鉱石や資材といった貨物ばかりで同じ車両にも乗客は少ないものの、それでも全くいないわけではないので目隠しは外すことが出来ない。つまり盲目のふりをしていないといけないので暇つぶしに本を読むことも出来ないし、体を動かすことも狭い車内では勿論無理だ。

 この機会に体を休めておけ、とライゼにもリーリオにも言われているが、元々町から町への移動以外は宿にこもりきりだったリュイは肉体的にはそれほど疲労が溜まっていない。

 それにあまり深く眠ってしまうとうっかり例の癖が出てしまう気がして眠れないのだ。もしもこの場でやらかしてしまったら逃げ場がないので居た堪れなさすぎる。

 ばれたら一生言われ続けるな……。

 まだリーリオには知られていないが、原因と思われた不安が一応解消された今でもまだ完全に治ったわけではないらしく、六日に一度くらいの頻度で続いているのでなんとしてでも気を付けておきたいことだった。

 しかしそんなリュイよりもむしろ疲れているのは二人の方のようだ。規則的な列車の揺れにつられてかこの三日間ふと見てみると眠っているということが多かった。

 起きている時も何やら難しい話ばかりをしていて、興味が無いわけではないものの一々話の腰を折ってしまうのが嫌で黙っていたが、構ってもらえないのは退屈である以上に少し寂しかった。

 こんなに近くにいても寂しいと思うことってあるのだな、とリュイは真横にあるライゼの寝顔を真横に眺めて思う。

 艶々とした漆黒の髪に、長い睫毛。こうしてまじまじと眺めると普段の中性的な美しさと精悍さを併せ持った風貌に反して眠っている顔は意外にあどけない。

 ふとその頬にほんの軽く、口付けをしてみた。僅かな唇の感触にライゼは小さく身動ぎしたがすぐにまた寝息を立て始める。

 ああ、成る程。よくライゼが僕のことを可愛いというけれど、こういう風にしていると大の男でも可愛いと思うかもしれない。

 悪戯に成功したような気分で小さく笑っていると、そういえば、と向かいの席に座っているリーリオの存在を思い出しはっと目を向けた。

「…………」

 どうやらリーリオもよく眠っているようだ。安堵の息を吐いてリュイは座席に座り直す。

「暇なの?」

「えっ!?」

 再び窓の方へ目を向けようとした瞬間、声がかかった。

 思わず声を上げてそちらを見ると、リーリオがにやりとした笑みを浮かべながら人差し指を唇に当てている。

 声に気付いたライゼがちらりと目を開けてリュイを見るが、リュイが慌てて首を振ると軽く頭を撫でてからまた目を閉じた。

 余程疲れているのかライゼがすぐに寝入ってしまうのを見届けてから、リュイは小声でリーリオに尋ねる。

「み、見てた?」

 既にリーリオは興味の薄そうな顔をしていたが、声がかかるとにっこりと(なにか含みのある)笑みを見せて言った。

「別にいいんじゃないですかそれくらいは。挨拶代わりにする国だってあるし」

 まぁ挨拶してるような顔にはみえなかったけど、付け加えられたその言葉にリュイの頬に朱が差す。

「べ、別に深い意味はないもん」

 否定すると、リーリオは笑みに皮肉なものを滲ませてふいと顔を背けた。

「へぇそうなんだ? まぁ君達がお互いをどう思っているかなんて僕には割とどうでもいいんですけどね。ああでも……」

 横目でちらりとリュイを見、リーリオは付け足す。

「助言めいたことを言うなら、今のうちに自分の気持ちを確認しておいたほうが良いよ。君もそろそろ年頃だし」

「はぁ?」

「わからないならいいよ」

 リーリオの言っている意味がわからずリュイが首を傾げると、リーリオは欠伸をかみ殺しそのまままた眠る態勢に入ってしまった。

 年頃?

 リーリオの言葉が引っ掛かったままのリュイは窓枠に頬杖を付きながらあれこれとその意味を考える。

 その内ふと、奴隷時代に仕入れた知識の中に思い当たるものがあることに気付いた。

 その途端、かっと顔が熱くなる。それを知った頃のリュイはまだ十歳になるかならないかばかりの子供で正直よく意味はわかっていなかったが、今となっては何故忘れていたのだろうと思うほど重大なことだった。

 あるいは、それがこれほどまでに重大になるとは思っていなかったせいであろうか。

 誰に咎められている訳でもないのに恐る恐る、リュイは横目でライゼを盗み見た。ライゼは依然、こくりこくりと首を傾けて眠っている。

 自分の気持ちなんて、今更確認し直すまでもない。ずっと前から気付いていた。

 しかしそれはおかしなことだ。許されないことだ。

 少なくとも、リュイの知っている男は、周囲にいた人間は、そして他ならぬ自分はそう揶揄していた。

 それでも違う、と否定しきれないその心を散らせるように、その思考から逃げるようにリュイは目を閉じる。

 全く眠れる気はしなかったが、それくらいしか今は解決法が思い浮かばなかったのだ。


 


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