六
廊下の床板が僅かに軋む音。本に集中していたはずのリュイは耳聡くそれを聞き分けた。ライゼだ!
外鍵ががちゃりと差し込まれるとだらしなく寝転がっていた寝台から飛び起きてそちらへ向かおうとするがしかし、その前に部屋の惨状に気が付いた。
荷物から乱暴に引っ張り出した辞書やあちこちに散乱する覚え書きの紙。しかも夢中になりすぎて全く気付かなかったのが、いつの間にやら墨壺が倒れて床に黒く乾いた跡が出来ている。
「ただい……ま」
慌てて片付ける間も無く、扉を開けたライゼと目が合った。ライゼはリュイの周囲を見回して唖然とした顔をする。
「あはは……おかえり」
笑って誤魔化すとライゼは呆れ気味の苦笑。いつものようにくしゃりと髪を撫でられ、何か言い訳を口にしかけてからようやく、リュイはライゼへの違和感を感じ取る。
「ライゼ、どうかしたの?」
「え?」
ライゼが珍しく動揺するように瞳を揺らした。ほとんど一瞬の変化だったが、勘だったそれは確信に変わる。
「どうしたの?」
リュイはライゼを見上げた。鋭く詰問するというよりも純粋な心配の念からだった。
誤魔化しは効かないと悟ったのか小さく息を吐いたライゼはきしと音を立てて寝台に腰掛け、そして、確認するようにリュイと視線を合わせてからゆっくりと口を開いた。
「……リュイ、話があるんだ」