三
リュイの様子に明らかな異変が表れたのはそれから数日した朝のことだった。
男の助言に従いガンドフという炭鉱の町にてやっとの思いで個室の宿を確保し、久々に寝台の上で眠った翌日、リュイは珍しくライゼよりも先に起きていた。
「ん……リュイ……?」
毛布を引き上げられ俄かに入り込んだ寒気にライゼは目を閉じたまま声をかけるが、返事が無い。
「リュイ……?」
不思議に思い薄っすらと目を開けてもう一度呼びかけると、ようやく気付いたようにびくりと身を竦ませたリュイが恐る恐るといった風にこちらを見下ろした。
「ら、ライゼ……」
声が僅かに震えている。握った毛布の端を引き寄せ顔を半分覆い隠しながらリュイは告白した。
「僕……お、おねしょ、しちゃった……」
思いがけない言葉にうっかりと聞き流しかけたが、意味を飲み込むとライゼはぱちりと目を開ける。リュイの今にも泣き出しそうな顔と目が合った。
恥ずかしさと気まずさで混乱しているのだろう、すぐにその目は逸らされてしまったがライゼは起き上がるとリュイの気を落ち着かせるようにそっと頭を撫でる。
「そっか、うん、大丈夫。怖い夢でも見たのか?」
小さく間をおいてリュイがこくりと頷く。昨晩確かにリュイは何度かうなされていたようだった。
疲れがついに頂点に達してしまったか。ライゼは密かに眉を寄せた。
この間耳に入れてしまったあの話はよほどリュイの心を抉ったらしい。もっと気を遣ってやるべきだった、という後悔の念が渦を巻く。
「ごめんなさい……」
「うん、もういいよ。大丈夫だから」
とうとう鼻をすすりながら謝るリュイをライゼは抱き寄せ、背を摩り宥める。長年の虐待故か反射的に身を縮こまらせてしまうリュイにライゼの胸まで痛むようだった。
気が晴れるまでいつまででもこうしていてやりたい。だが、この小さな体を養うための資金を稼ぐ、そのためにはいつまでもそうしていることは非現実的だった。
そのためにはこの子を置いて、町へ仕事を探しにいかなければならないのだから。
誰か代わりはいないだろうか、俺の代わりに金を稼いでくれる者は。せめて、俺の代わりにリュイの安全を保障してくれる者でもいい。誰か、いないのか。
この男にあっては珍しい無いものねだりの中で、彼はそこから動くことが出来なかった。