第1話 終わりとはじまり
冴えない中年営業のオレは、今日も成果ゼロで肩を落としていた。
転職も失敗し、希望も燃え尽き、ただ日々をやり過ごすだけの人生。
そんなある日、ふとした事故で命を落とす――が、
目を覚ました世界は「生前とそっくり」な並行世界だった。
違うのは、「もう死んでいる」という一点だけ。
誰にも気づかれず、触れることもできない“死者の世界”で、
オレはもう一度人生と向き合うことになる。
「はぁ……今日もまた一個も売れなかったな。」
街の雑踏の中で、思わずため息が漏れた。
営業先をいくつも回っても、成果ゼロ。今日で何日連続だろう。数える気にもならない。
「ウイルスとおさらば! バイバイキーンくん。」
商品名を口にしてみるが、虚しさが増すだけだ。
確かに消毒効果は抜群らしい。けど、デカい・高い・重い。
三拍子そろったこの機械を、オレみたいな中年営業が軽々と売れるわけがない。
「オレが売るのは難しすぎるんだよな……」
あっ。
しまった。独り言のつもりが、声に出てしまっていた。
前を歩く若いサラリーマンたちが振り向いて、ニヤニヤと笑いながら小声で話している……つもりらしいが、丸聞こえだ。
「おい、聞いたか? 後ろのオッサン、自分のダメさを嘆いてるぜ。嫌だねぇ、あんなオッサンにはなりたくねぇよな」
そりゃそうだ。
トボトボと肩を落として歩く中年のボヤキなんて、嘲笑のネタでしかない。
若い頃なら、恥ずかしくて顔が真っ赤になっていただろう。いや、場合によっては殴りかかっていたかもしれない。
でも、今は違う。羞恥心も、どこかへ置き忘れてきた。燃え上がる炎も、もう立ち消えている。
五十を過ぎても「まだ自分には可能性がある」と信じて転職したものの、結果はこのざまだ。
結局は元の木阿弥。いや、何なら前より悪化しているくらいだ。
そりゃ、声に出して嘆きたくもなるさ。
半世紀以上生きてきたのに、何も残っていない。何ひとつ、為せてもいない。
うぅ……なんでこうも上手くいかないんだろうな。
さっきよりもさらに肩を落として歩いていたせいか、目の前の信号にも気がつかなかった。
――ほんの一瞬のことだった。
下を向いて歩いていたオレに、さっきまで見えていた道路が――
激しい衝撃と共に、真っ暗になった。
◆ ◆ ◆
「……うぅ……頭いてぇ……。」
咄嗟に頭を押さえたが、痛みは“気のせい”だった。
「あれ? おかしいな。確かに何かとぶつかったような衝撃があったんだけど……」
手を見ても血は出ていない。体も別に痛くない。
ただ、ふわふわとした違和感だけが残っていた。
視界も落ち着いてきたので、改めて周りを見渡す。
灰色の空、ビル街、いつも通る横断歩道。
――やっぱり、さっき歩いてた道だよな。
ひとまず体を起こしてみる。さっき感じた“痛み”も、やはりない。
一体、何なんだ。
きょろきょろとあたりを見回した、そのときだ。
ふと目線を落とした瞬間、息をのんだ。
地面に転がっている“自分そっくりの人間”が目に入ったのだ。
「……え? ちょ、おい……オレ?」
小太りでくたびれたスーツ姿。間違いない、オレだ。
“オレ”が血まみれで横たわっている。人だかりができ、救急隊員が駆け寄っている。
慌てて近づいてみた。
目の前にいるのは――間違いなくオレだ。全く同じ服装、同じ髪型、同じ体型。
「おーい! オレにそっくりな人が倒れてるけど、よくわからないので、誰か教えてください! どうなってんの、これ!」
「――……。」
大声で叫んでいるのに返事はない。
手を振っても、叫んでも、誰も反応しない。
――まるで、ここにオレが存在していないかのように。
通りすがりの女子高生が、“オレ”の体を撮影しながら呟いた。
「うわ、死んでんじゃん……やば……。」
……え、死んでんじゃんって、オレ?
でも、ここにいるよな?
でも、確かにそこで死んでるのもオレっぽいよな。
混乱が、じわじわと恐怖に変わっていく。
「ピンポンパンポーン」
突然、頭の中にチャイムが鳴り響いた。
『ご案内いたします!』
次に聞こえてきたのは、人間の声というより、家電の音声アシスタントみたいな妙に軽いトーンだ。
『あなたは本日、人生の幕を閉じました。おめでとうございます!』
「いや“おめでとう”じゃねぇよ! 確かにそっくりさんみたいなのは死んでるみたいだけど……オレ、こうやって生きてるじゃん!」
『落ち着いてください。あなたの魂は今、“現世並行領域”と呼ばれる空間にいます』
「げんせ……何だって?」
『簡単に言うと、見た目はあなたがいた現世とほぼ同じ世界です。違うのは――死者しかいない世界ということです』
「……はぁ。」もっと分かりやすく言ってくれ。
訳の分からない話に頭がこんがらがっている中、ふと倒れている“オレ”に目をやる。
目の前で、白い布が“オレ”の顔を覆っていく。
その瞬間、もう否定のしようがなかった。
ああ――これは夢でもドッキリでもなく、本当に死んだんだな。
それなのに、オレは歩けるし、街の中を自由に動き回れる。
街も人も、何もかもが生前と同じに見えるのだ。
――なのに、誰もオレの存在に気づかない。
――触れようとしても、手がすり抜ける。
何なんだ、この世界は。
『なお、この空間には“あるルール”が存在します』
また、あの声が響いた。
『あなたは、今からこの世界での行動を通じて“魂の評価”を受けます。結果次第で、次の行き先が決定されます』
「行き先?」
『高得点を獲得すれば、あなたは“再生”の権利――すなわち再度現世に戻るチャンスを得られます。
しかし、評価が低い場合は……ふふ、それは“行ってみてのお楽しみ”ですね♪』
「特典? お楽しみ? 何だよ、それ! 全然意味が分かんねーよ!」
『それでは、健闘を祈ります。――スタート!』
ピコンッ、と脳内で電子音が鳴った。
同時に、目の前に「0/100」と数字が浮かび上がり、すぐに消えた。
画面も端末も無いのに、数字が浮かび上がる。
まるで、人生がゲームになったみたいだ。
「……再生するために点数稼ぎ、か。面倒くさい人生の次は、面倒くさい死後かよ。」
オレの“第二の人生”――いや、“死後の挑戦”は、オレの意思とは無関係に始まってしまった。
何が待ち受けているのかも分からないまま、オレはこの“死んでも終わらない世界”を歩き始めたのだ。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
初投稿の作品ですが、少しでも楽しんでいただけたなら本当に嬉しいです。
次回から、オレのスコア稼ぎが本格的に動き出します。
感想やブックマークで応援いただけると、続きを書く大きな励みになります!




