選択肢と計画は掌の上で
時は昼前。ファルマイナの工房で、その話し合いは行われていた。
「で、会長は結局なんでコイツが『異形の者』だと確信したんですか?」
「そうだな。それについて詳しく話そうか。」
ファルマイナは、会長から渡された2枚目の写真をじっと眺めながらイロンドに問いかけた。
先程のイロンドの説明だと、それは『死人の身分を乗っ取った他人』という事実を示しただけであり、それが『異形の者』であるという証明にはならない。
ファルマイナの問いに、イロンドは語り始めた。
「事の発端…その男が我々の目に止まった理由だが、それはコイツが『異形の者』と接触している、という報告を受けたからだ」
「その男とは別に『異形の者』が目撃されていたと?」
「そうだ。しかし残念ながら、その報告での『異形の者』の尻尾は掴めなかった。実に残念だ」
「報告によると、そこで目撃された『異形の者』は黒一色のスーツ姿で、自身の頭部───異形の姿を隠しもしなかったそうです」
「異形頭、ねぇ…」
「五つある目撃情報のうち、約三週間ほど前に報告された三つ目の情報だ。その前に報告された二件は、どちらも『異形の者』らしき人影を見た、という曖昧なものでな。まあそもそも『異形の者』の案件自体、この街を揺るがしかねないから調査はしてたんだが……具体的な報告が挙がったから、副会長にさらに踏み込んだ調査を頼んだんだ。そしたらどう言う訳か向こうに勘付かれて、捕まえる前に逃げられてしまった…」
イロンドはため息を吐きながら、暖かみのない天井を仰いだ。それなりにショックを受けているらしい。
それもそのはず。イロンドのその手腕はこの夜の街随一であり、彼自身もその実力を誇りとしてきた。
『異形の者』の存在を20年もの間見逃していた可能性に加え、数少ない容疑者を取り逃がしたともなれば、多少なりとも彼のプライドには傷がつくだろう。
「最後にその写真の男がいた部屋を検証した結果、“指紋のない手趾”に“人間には存在しない体組織の痕跡”が検出された。ついでに、“人間のガワ”も見たかった」
「成程。ここまで揃えば、その男が『異形の者』であるというのは想像に容易いですね」
「その通りだ。そんで、その後にも二件『異形の者』に関する報告が届き、調査を進めた結果同じような結論に辿り着いた訳だ」
「この男以外に、身元が判明した『異形の者』はいるんですか?」
「一応、3人いる。前の失敗を考慮して今は動向の監視に留めているが、逃げられる前に捕縛したいのが正直なところだ」
「ま、そうなりますよね」
ファルマイナはそう軽く流したが、内心舌を巻いていた。今まで20年間誰も気づくことのなかった問題を、たった一つ糸口を見つけただけで既にここまで捜査を絞り込んでいる。
勿論、未だ隠れている『異形の者』はいるだろうし容疑者も増えていくだろうが、それが彼の評価を落とす理由にはならない。
一人目の報告を受けてからここまでの流れを考えれば、その期間は長くても一週間程度と予測できる。一度逃げられたことでさらに本腰を入れたのか、それとも慎重になった上でこの手腕なのか。
どちらにせよ恐ろしい話だ。
大体の事情を把握したファルマイナは一度頭の中にある情報を整理した。
第一に、20年前の大戦。第二に、この街に潜む異形の者。第三に、それを追うイロンドとその他少数の人間。
疑問は尽きないが、彼女はその謎を聞き出すよりも先に今後の方針について話すことにした。
「それで、会長。私にはどんな役割が与えられるんですか?」
「話が早いな。俺は今夜のオークションを利用して人に紛れ込む『異形の者』を一網打尽にしたいと考えている。そのために協力して欲しい」
「へぇ……私の事業を利用するなんて、随分と大胆ですね。報酬は高く付きますよ?」
「お前のその悪い顔、久々に見たぞ。勿論だファルマイナ、十分な報酬を約束しよう。CCの従業員も含めてな」
「太っ腹ですね会長。その帳簿をつける作業も、予算引き出すためにあちこち駆けまわる業務も、全部私に回ってくるのですが」
「それがお前の仕事だろユヅネ」
「面倒ならウチのところの子、何人か貸してあげてもいいけど?みんな優秀だよ」
「遠慮します。懐に爆弾を抱え込むような真似はしたくありませんので」
善意を厄介ごとのように返されたファルマイナは少しムスっとしたが、すぐにそれは疑いに転じた。
イロンドは苦笑し、ユヅネは含みのある笑みを浮かべている。
一瞬の内に浮かび上がった疑問は、ファルマイナの記憶を辿りその答えを見つけた。
面倒な作業、含みのある笑み、CC関連、オークション、執務室での待ち伏せ、ローデントへの指示……市場の“調整”。
イロンドはここに来る前、執務室での会話で「お前の分も含め調整はもう終わしてある」と言った。それに、「既に市場の件は動かしてある」とも。
まるで提案でもするかのように話を進めていたが、その実誘導されていたのだ。ファルマイナが承諾することも織り込み済みで、調整を済まし市場の者に指示を出した。今夜行われるオークションを、『異形の者』の捕縛に利用するために。
「会長………私を、嵌めたなあああああああ!!!」
それに気づいたファルマイナは、机の上に置いてあった水の入ったコップをイロンドに向かって思い切り投げつけたのだった。




