序章 ぬくもりは感じない夜
ベッドのシーツに背中が沈み、重たい体温がのしかかる。
汗ばんだ肌が触れ合うたび、息づかいが熱く耳元に降りてくる。
嫌じゃない――けれど、好きでもない。
「……ちょっと、痛い」
そうつぶやくと、相手は一瞬だけ動きを止める。
でも、すぐにまた動き出す。
呼吸が荒くなって、リズムも雑になっていく。
最後は、いつも同じように終わる。
予想通りで、驚きも特別さもない。
バスルームに消えていく背中を横目で見ながら、私は深く息を吐いた。
まだ身体に残る熱と重みを振り払うように、シーツを握りしめる。
「はい」
差し出された紙幣を受け取る。
封筒に入っているときもあれば、しわくちゃのまま手渡されるときもある。
どっちでもいい。欲しいのは“お金”であって、“人”じゃない。
ベッドの隅に座り込み、無意識に札を数えている自分に、ふと苦笑する。
数が合えば安心する。それだけのこと。
肌に残る熱は、もう意味を持たない。
求めているのは、ぬくもりじゃない。
最初から――ぬくもりなんて、感じるつもりはなかった。
お金を手にした瞬間、胸の奥に少しだけ安堵が広がる。
「……これで、今月もなんとかなる」
そう思うと同時に、虚しさも込み上げてくる。
時々、思う。
まるで物を買うみたいに、お金を置いていく人たち。
会話もなく、名前も呼ばれず、ただ終われば背中を向けてしまう人。
そういうときだけは、心のどこかが小さく痛む。
――私は、人じゃなくて、商品なんだろうか。
それでも、やめられない。
お金のため。生活のため。
そして、ぽっかり空いた心の穴を、せめて一時でも埋めるために。
数ある夜のひとつに過ぎない。
でも、この夜も、確かに私の一部になっていく。
この作品は 名前のない関係ー50代サラリーマンの静かなパパ活日記 に登場するユリエが主人公の作品です。
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