世界を旅する者たちへ
「英雄であることをやめたとき、僕たちはようやく“人間”になれた。」
【新世界紀元・元年】
勇者という存在が失われ、神々の干渉が消えた世界。
空は変わらず青く、草原は風にそよぎ、
しかしどこか“自由な混沌”がそこには確かに流れていた。
世界は未だ不安定で、時折争いも、嘘も、涙も起きる。
だがそこには、誰かに“用意された結末”ではなく、
自分の意思で立ち上がろうとする人々の姿があった。
アルビオン地方・小さな村の宿屋
カズキは荷物を背負い、道具袋の紐を締めていた。
エリスはテーブルに座りながら、彼に尋ねる。
「今日は北の森ですか?」
「ああ。森の向こうに、昔“魔獣領域”って呼ばれてた場所がある。
いまは、開拓者たちが暮らしてるらしい。ちょっと手伝ってくる。」
彼はもう、勇者ではない。
どこにでもいる、少し強くて少し優しい旅人。
必要とされれば、手を貸す。
求められなければ、ただ通り過ぎる。
それで、十分だった。
アーセルは王都近くで、「教えない剣術道場」を開いていた。
口癖は「教える気はないが、勝手に学べ」だった。
かつて最強と恐れられた剣士は、
今はただ、木陰で昼寝を楽しむだけの男。
—
ヴァイ=ノートは姿を消したが、
各地に小さな“言葉の記憶装置”を残していた。
その内容は、未来への手紙のような哲学書となり、人々に愛された。
ある日、旅の途中、カズキは小さな少年に出会う。
彼は、ふいにこう言った。
「ねぇ、おじさんって、昔なにしてた人なの?」
「ん? 俺か?」
カズキは少し考えて、そして答えた。
「……うーん、ちょっとだけ世界を見に行ってた旅人ってとこかな。」
「すっげー!」
「でも今はただの通りすがりさ。」
—
夜。焚き火を囲みながら、エリスが小さくつぶやいた。
「もし、また世界が間違ったとしても……きっと、誰かが“選び直す”。
今度は、私たちじゃなくていいんです。」
「そうだな。」
カズキは空を見上げる。
星がひとつ、ひとつ、瞬いていた。
そしてそのひとつに、かつての自分たちの“選択”が
ちゃんと輝いているような気がした。