救われたくない世界
「この世界は本当に救いを望んでいるのか?なぜ、生きることすら拒んでいるのだろう。」
目を覚ましたとき、空は灰色だった。
東京の青空でも、病院の白い天井でもない。
それは、まるで長い夢の中にいたような、重く沈んだ空。
早山カズキは、冷たい石の台の上に横たわっていた。制服のまま。体は無傷。
だが、彼の周囲にはローブを纏った男たちと女たちがひざまずき、神に祈るように頭を下げていた。
「光の勇者よ…あなたがついに降臨された…!」
先頭に立つ白髪の老司祭がそう口にすると、周囲の者たちが一斉に頭を上げ、目に涙を浮かべた少女が一輪の白い花を手に進み出た。
「あなたこそ、この世界の最後の希望です…どうか…私たちを救ってください…!」
カズキは、ぼんやりと彼女の顔を見た。
その瞬間、脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
「またかよ。」
カズキには、妹がいた。優衣という名前の、世界で一番大切な存在だった。
二年前、交通事故で彼女を亡くしてからというもの、彼の心は壊れていた。
あの時、自分がもっと早く迎えに行っていれば。
あの時、手を離さなければ。
そんな「もしも」の呪いが、今も胸を締めつけていた。
そして今、見知らぬ世界で「救い」を求められている。
「俺が…世界を救う…?」
突然、目の前に青い光のパネルが現れた。
【システムステータス:起動中】
■名前:早山カズキ
■クラス:光の勇者
■スキル:
・サンクトゥム【Lv.1】:光属性の最上位魔法
・誓いの加護:人間を殺すことはできない
・輝きの恩寵:闇の存在を近づけるだけで燃やし尽くす
■状態:存在不安定
【⚠️ 異常検出:魂の波長がこの世界に適合していません】
「バグかよ…」
その日から三日間、カズキは王城に滞在した。
儀式で迎えられた勇者。だが、本人にその実感はまるでなかった。
王は「北の国境のシャドウビーストを浄化してくれ」と命じたが、カズキは魔法の扱い方すら知らない。
贅沢な部屋、豪華な食事。だが、心はずっと空っぽだった。
四日目の夜。庭園で一人月を眺めていると、黒いフードの男が現れた。
「お前が勇者か。だが、この世界は救いを求めてなどいない。」
男の声は冷たく響いた。
「お前は“選ばれし者”ではない。“呼ばれてしまった者”だ。」
カズキは静かに立ち上がる。
「どういう意味だ?」
「すぐに分かるさ。お前がすべてを壊したときにな。」
その瞬間、男の体は黒い塵となって風に消えた。
翌日、カズキは兵士たちと共に辺境の村へ向かった。
村は既にシャドウビーストに襲われ、燃え落ちていた。
泣き叫ぶ子ども、絶望する老人、そして――兵士たちの死体。
「もう…誰も失いたくない…!」
カズキの中で何かがはじけた。
「サンクトゥム:展開」
眩い光が彼の身体から放たれ、シャドウビーストは焼き尽くされた。
だが、その光は隣にいた兵士たちさえも溶かし、苦しみの中で命を奪っていった。
カズキは呆然とその場に立ち尽くした。
「……どうして…?」
「お前…味方を…殺した…!」
「あいつは…“救い”なんかじゃない……“災厄”だ!」
人々の目は、希望ではなく――恐怖で満ちていた。
この世界は救いを求めていない。
この世界は、彼の存在を拒絶していた。
つづく