7話目 加減のできないバッファー
「はい、大変です。お金がありません。一生金欠です。」
薄くお労しい姿になった財布を持ちながら、シェロとレイチェルに話しかけた。
「はぁ……アリサカ様、お金はもっと計画的に使わないとダメですよ?」
「計画全部お前に狂わされたんだよね。唐突な出費だわまじで。
報酬金の8割消えたし、私明日までの宿代しかないのよ。」
あのケーブスパイダーの糸採取の依頼で俺は尾てい骨を折ったのだ。
このレイチェルとかいう加減のできないバフまき要員に。
痛すぎてあの時立つことも出来なかったし、帰りはシェロに担いでもらったけどそれでも揺れて死ぬほど痛かった。
なんとか町に帰ってきて回復スキルをかけてくれる店へ行って治してもらったものの、勿論怪我がすぐに治るとか高いお金がかかるわけで。
結局未だに俺は金欠なのだ。
「あの時アリサカくん結構ガチめの泣き方してたよね。『いたい……もうやだぁ……。』って。」
「ばー!うるさいうるさい!恥ずかしいからやめて!痛みに耐性ないんだよ仕方ないじゃん!」
「それはもう熱出した四歳児みたいでしたよ。写真撮っといた方が良かったですかね。」
「撮らなくていいわそんなもん!」
てかこの世界写真とかあるのか。本当図書館とかでじっくり情報収集したいけど、そんな悠長なことしてらんないのが終わってる。なんだよ常に餓死との闘いの異世界転生って。
「それより本題です本題。えー、レイチェルさん。
昨日のあれなんですか?
あの馬鹿みたいに力入ったり目が潰れるほど光集めるようになっちゃうの。」
「あれはわたくしがあまりにも力を持っているせいで起きる現象です。
スキルの効果が極限まで上がるんですよ。天才って困っちゃいますね。」
「はい、戯言はいいので、もう一回カード確認します。頂戴。」
「仕方ないですねぇ……はい、どうぞ。」
帽子から出てきた冒険者カードを再度確認する。
なんだこりゃ基本ステータス全部高くね?
知識量に関してはなんだこれ人間の域を超えてるだろ。
なのに知性そこまで高くないのなんだ本当。
低INT高EDUのクトゥルフのキャラみたいだなこいつ。
「……てかさ、あの暗視のやつとかモンスターにかければ滅茶苦茶強くない?
これデバフも極限まで強化されてるんでしょ?
なら立ち回り次第で大活躍できると思うんだけど。」
「あっわたくしのバフデバフは全て人間にしかかかりませんよ。
モンスターに対しては、なんでか分かりませんがかからないんですよね。」
「もうお前一生そのステッキでモンスター殴り飛ばしててくれ。バフかけないで。」
「嫌ですが?わたくしバフをかけることを生業としているマジシャンですが?」
「ならせめて代償で何起こるか教えろよ!てそしたら対策できるやろがい!」
「嫌ですよ、なんでマジシャンが種を明かさなきゃいけないんですか!」
「これ種じゃねぇしマジックでもねぇから!私の命に関わるから!」
結局なんでこいつのバフがあんなのになるのかよく分からないんだけど。
普通力あるし、確かにステータスは高いけどもあそこまでなるのは異常なんじゃない?い
やまぁちゃんとこの世界のこと知らないから何とも言えないけどさ。
「そういえばなんでレイチェルくんはうちのパーティに入ってきたんだい?」
「ああはい、理由ですか。まぁあれですね。単純に言うと。クビにされました。もう何回も。」
若干言葉に詰まりながら喋るレイチェル。
「一番ひどかったのはあれです。バフテロ。流石に天才のわたくしも心に傷を負いました。」
こいつ傲慢なのに繊細なのかめんどくせぇ。
「なら私と同じだね!私も色んなとこ入ったけど追い出されちゃったんだ。追い出され仲間として、仲良くしようではないか!」
「いいですね。いつかこの天才を追い出した奴全員見返しましょう。」
追放系の話かな?クビにされた理由が簡単に思いつく。
確かに腕前がある冒険者ならあのクソデカバフを上手に扱うこともできるかもしれない。
けどレイチェル自体が付いて来ることが精神的にキツかったんだろうな。
逐一褒めろ、謝れ、私は天才とか言ってきたらうるせぇと言いたくなるのもしゃあない。
強いどうこう以前に人間である以上、パーティでのトラブルは避けたいだろうし。
「そんでうちら二人は金がないんだけど、レイチェルはあるの?」
「ええ、まぁ人並みには。路上でマジックを披露して住人から投げ銭をしてもらいながら旅してたので。」
「お前もう冒険者やめて普通のマジシャンとして生きたほうがいいよ。」
その才能があるなら俺にくれよと内心思いながら席を立つ。
「じゃ、今日受ける依頼見てくる。」
「おー、いい感じにお金もらえる奴頼むよー。」
「わたくしはわたくしの威厳を示せる依頼なら何でもいいです。」
――――――
そういうことで、今日は骸骨兵が町近くに拠点を建てているので一掃してほしいという依頼を受けた。
「おぉ、案外文明あるのかあの骸骨。物見やぐらと小屋建ててるよ。」
三人で近くの岩場に姿を潜ませながら、俺は骸骨兵の動きを観察していた。
骸骨共はカラカラと音をたて、着々と拠点作りを進めている用で既に物見やぐら、いくつかの小屋、木の塀ができていた。
ぱっと見た時は弥生時代の集落のという印象を受けた。
骸骨は先遣隊なのか総数30匹ほどで、それぞれ剣と盾を装備している。
鎧を着ていたり杖を持ったりしているような輩はいないようで、シェロの魔法で一掃できそうだ。
「よし、じゃあ私が敵陣の真ん中に行ってあの骸骨を一か所に集める。
で、レイチェルは私に防御力上昇のバフを。骸骨が集まったら高速化をかけてそこから逃げれるようにしてほしい。
そしてそこにシェロの胃袋消費の大魔法、と。我ながら完璧じゃない?」
「おおいいじゃないかアリサカくん!今日は楽できそうだね。」
……んん?レイチェルから返事なくね?そうしてレイチェルを見ればこりゃまあ寝てるじゃないですか。
「おい起きろよ」
「……んあ?ああはい防御力上昇ですね、そい。」
「何起きるか説明してからかけろよバフテロ!」
「はぁなんですかバフテロって!やめてくださいそれ一番心にくるんですから!
アリサカ様でも許しませんよ、暗視のバフかけてやりましょうか!?」
「おま、やめろ馬鹿まじでシャレにならんって死ぬって!また金なくなるから!」
カランコロン、
「ほらこの骸骨くんもうなずいてるだろ!?やっぱレイチェルお前が悪いんだよ今のは!」
「はぁなんですかたかが骸骨の意見じゃないですか!この天才マジシャンの意見と比べないでください!」
「いやでも三十匹全員がうなず、い、て……?」
「あばばばばばばば……アリサカくん……どうしようこれ……。」
俺らのバカでかい喧嘩の声に引き寄せられたのか、さっきまで建設作業をしていた骸骨兵が全て俺らの周りいた。
「……。」
苦虫を嚙み潰したような表情のレイチェル。
この状況でその表情をする権利があるのは何もしてないシェロだけなんよなぁ。
「……どうすんのよこr」
「ターゲットアップ!スピードアップ!幸運を祈りますねアリサカ様。」
「オ"ッテ"メ"ェ"!!!」
事もあろうかあのバフテロマジシャンは俺にターゲット集中をかけて、自身には高速化を付与しシェロをかかえ一目散に逃げていったのだ。
シェロは『あ~れ~』とかアホみたいな声を出して連れていかれた。
それよりも今の状況だ。俺の周りにいた骸骨はあいつのターゲット集中のせいで全員俺の事をガン見してくる。
「……いやっ……あの……えっと……。」
骸骨がブン、と空気の音をたてながら剣を振り上げる
「ひゅっ……!」
もう涙目だった。だって今から総勢30の骸骨兵に俺の持っていたのより高そうな剣でリンチにされるのだから。
せめて少しでも避けれればと体を動かそうとしたが、金縛りの時と同じように動かない。これが防御力上昇の代償かクソが!俺は諦めて、目を瞑り衝撃へ備えた。
バキン、と音が聞こえる。ジュエルバットにとつった時に聞こえた音だ。
そう、なんと骸骨が振り上げた剣は俺の体に当たった瞬間に折れたのだ。
「あいつの防御バフここまでかよすげー、羽当たったくらいの感覚だ!」
――――――
有坂からかなり離れたところで、レイチェルは足を止めた。
おぶっていたシェロをおろし、一息つく。
シェロは運ばれていた時に抱いた疑問をレイチェルに投げかけた。
「ねぇレイチェルくん、なんかアリサカくん見えないくらい骸骨に囲まれてるけど、大丈夫かいあれ。普通に死んでそうだよ。」
「シェロ様、私のバフを侮ってもらっては困りますよ。
あの状態だと動けなくはなりますが、大抵の攻撃は通しません。
上澄みも上澄みでなきゃダメージは受け付けませんよ。
ドラゴンのブレスでも暖炉であったまってるのと変わりないです。
なんで魔法をアレにぱなして大丈夫ですよ。」
「本当だね!?撃っていいんだね!?元の作戦だったら高速化かけて逃がすはずだったけど、いいんだね!?」
「ええいいですよ、あなたの魔法で死ぬくらいなら先に骸骨にリンチにされて死んでるでしょうし。撃っちゃって下さい。」
不安ながら、レイチェルはこの前ワイバーンに向けて放った魔術を今度はアリサカに向けて放った。
「タイフーンフレイム!」
――――――
「ん?なんか足元から火出てね?」
俺は骸骨共を気にせず足元を見た。
なんか知らんけど火の粉が舞っておる。おーこわ。
とか思ってた次には炎の渦に飲み込まれた。
「うわああああああああっ!!!!」
某カードバトルアニメの城之内さながら迫真の声を上げた。ほんのり暖かいレベルだがなんかこうなったらやりたくなるよね。周りに人いないし。
俺に纏わりついていた骸骨共は炎に巻き込まれて灰となり宙に舞った。
あの剣をゲットできなかったのが残念だけど。
渦から解放された俺は試しに体を動かしてみると、難なく動いた。
防御バフの効果はもう切れたらしい。
いやー結構怖かったけど意外と何とかなるもんだなぁ。
しかしホッとしたのもつかの間、俺は背中に強い衝撃を受けた。
鈍い声を上げて地面を転がる。
「あべばぶびげぇっ!……んだ何だよこのやろ……。」
目線の先にはこの前喧嘩を売ったジュエルバットがいた。
今回は気が立っているのか俺の事を睨みつけてくる。
間違えなく今勝てる相手じゃねぇ!
即逃げようとしたがそれもかなわず、今度は耳障りな「キィ―!」という声が聞こえる。
「はぁ?なんでお前らもいんだよゴミカスクソ偽林檎ぉ!!」
あの森であったゴミ偽林檎がまたも群れでやってきていた。
なんでこちらに追われているのかはすぐ分かった。
「ターゲット集中のせいかあのバフテロ野郎ぉ!!」
前にジュエルバット、後ろには偽林檎。
左右に逃げようものなら両方から襲われて終わりだろう。
俺はこの状況の打開策を少し高めの知能をめぐらして考えた。
――――――
「ふぅ、これで一安心ですね。骸骨は倒せ……ん?」
アリサカを遠くから見ていたレイチェルは気が付いた。
ジュエルバットとミミックアップルの群れがアリサカに近づいている。
しかももう防御バフは消えてるだろうし。
なんで急に?と少し考えたが、すぐに答えは分かった。
「あ、ターゲットアップかけてました。うっかりうっかり。」
「どうしたんだいレイチェルくん、なんか不穏な言葉が聞こえてきたけど。」
「アリサカ様にモンスターに狙われやすくなるデバフをかけていた事を忘れてました。
まぁささっと倒しに行けばいいだけですが。
えーと、シェロ様立てますか?」
「いいや、何にも動かないね。朝お金けちってご飯あんま食べてこなかったせいだと思うよ。」
「えっ定食二つ食べてましたよね?」
「ああうん。そうだよ?」
「えっ?」
「え?」
「ま、まぁそれは置いといて。早くアリサカ様を助けに行かねば……。」
高速化のバフを自分にかけようとしたレイチェルだったが、それは叶わなかった。
「あれ?わたくしのスキルに不発はあり得ないはずなのですが……。」
「れっれれれレイチェルくぅん!なんか、なんか出てきてる!私の頭のすぐ上にでてるぅ!」
レイチェルはシェロの方を見る。
そこには闇があり、中からはフードとペストマスクで顔を隠し、真っ黒なローブに身を包んだ奴が出てきた。
マスクの下からは赤い眼光が見える。
手には大きな鎌を持っており、そいつはぬぅっと人ならざる動きで闇の中から這い出てきた。
レイチェルは少し冷汗をかきながらつぶやく。
「は?死神が何故ここに……?」
「いや、僕死神ではないです。」
即否定された。
「あそうなんですね。」
「はい、死神ではなく、魔王軍幹部、デスロードです。先遣隊が死んだのであなた達を殺しに来ました。」
「ああ、名刺をどうも。わたくし、天才マジシャンのデッカード・レイチェルです。」
「ああ、冒険者カードをどうも。おお、凄いバフですね。」
「そうでしょう?でもなんか今高速化バフが発動しなかったんですよね。」
「ああ僕がさっき封じましたからね。」
「はえー凄いですね。」
「呑気に話してる場合じゃないだろレイチェルくん!!」
シェロは悲痛な叫びを上げた。
魔物解説
ミミックアップル
一見すると林檎のようだが鋭い歯とちっこい腕を持った魔物。一体なら踏みつぶして殺せるがこいつらは基本数百の群れで暮らしているためなかなかキツイ。討伐するなら範囲攻撃ができるジョブが必要だろう。