4話目 空腹魔法使い
「ピギャア!ピギュギギ!」
歯の生えた危なっかしい偽林檎から身を隠せた俺は草むらの中で息をひそめていた。いや普通に怖すぎだろモンスター、クトゥルフ神話TRPGならSAN値チェック起こるレベルだぞあれ。
この依頼無事に終えれたら普通に冒険者やめて一般市民Aとして生きてこうかな。だって今こんな危なっかしい依頼受けてるのだって一文無しだったからだし?まぁ確かに心が浮き立ってたさ。でも10万も入ったらなんとかなるでしょ。バイトするかどっかに雇用してもらうかしよう。転生者だって俺の他にもいるんだし、そいつらが魔王倒してくれるはず。うん、のんびり暮らそう。
体感五分くらい草むらの中にいたらあの偽林檎共の鳴き声は聞こえなくなった。そこそこ長い間草むらの中にいたせいで腕とかが痒い。俺前世でもよく草でかぶれてたからなぁ。妙なとこだけちゃんと再現してるのはなんでなんだよ。
草むらから顔を出してみると、少し木の生えてない場所があった。なんか聖剣とか刺さってそうな感じ。ただそこにあったのは聖剣じゃなくて、俺が探していたワイバーンの卵だった。
「なんという幸運!おれ幸運値普通だけど、さっき偽林檎でマイナスになってたからその分いいこと起きたのかな。」
ルンルン気分で卵に近づき、事前にコンパスと一緒に貰ってあった袋を取り出す。袋の中はプチプチみたいな緩衝材がいっぱい付いていて、大抵の衝撃から卵を守ってくれるとか。前世でも卵落としても割れないクッションとか通販でやってたなぁ、おばあちゃん家にあったときはびっくりした。しかもちゃんと割れないって言うね。通販大半詐欺だと思ってたからそこでも驚いた。
卵は袋にすっぽりと入った。ピッタリだな。あのおじさん、多分いつもワイバーンの卵集めてるんだろうなぁ。ここにいてもいつ親ワイバーンが来るか分からないし、来たらほぼ死が確定する。ちゃちゃっと持って帰ろう。えーと、確かコンパスはここに……。
バサァと羽ばたく音が聞こえる。その音は段々こちらに近づいてきている。
「アッこれ親御さんが帰宅してきたかなマズイ。」
俺はまたまた草むらへと転がり込んだ。草の中でさっきまでいたところの様子を見る。一分もしないうちにワイバーンが降りてきた。
大きさは一人用ベッドくらいで、ワニのような牙とライオンのような鋭い爪を携えている。爬虫類特有の瞼が下から来る瞬きをしながら、ギョロギョロと周りに我が子がいないか捜している。
当然ながらひどく怒っており、今にでも口から火球を出してきそうだ。
ワイバーンがいなくなるまでこのままここでやり過ごそう、そう考えた俺だがすぐに重大なミスに気が付いた。
(コンパスがねぇええええ!!!!!)
なんと、さっき急いで草むらへと入った時にコンパスを落としたのだ。コンパスはワイバーンの近くに落ちており、万が一でも踏まれてしまえば一巻の終わり。あの町へ帰れず俺はここの森で運よくて餓死し、十中八九モンスターに食べられて死んでしまうだろう。
それを阻止する為には、危険を冒してでもあのコンパスを取り行かなくてはならない。迷っている時間すら惜しい、いつコンパスが踏まれるか分からない。
何かないかと周りを見てみれば、さっきのクソ偽林檎が一匹近くにいた。こちらには気がついていないようで、呑気に虫を食べている。てかこいつ肉食なのかよ、こわ。
その時俺は少し平均よりも高めの知能でこの危機を脱出する方法を思いついた。
(あのクソ林檎、黒板引っ掻いたみたいなクッソ耳障りな音出すよな?これ向こう側にぶん投げたらそっちにワイバーン誘導できるんじゃね?)
考えるより先に行動!一刻を争う状況で俺はまともに考えることもせずクソ偽林檎を握り締め、力の限り向こう側へぶん投げた。
「ピギュアアアアアア!!!」
ハンドボール投げがクソほど苦手だった俺だが、火事場の馬鹿力なのか思いのほか遠くへと飛んで行った。ワイバーンはその死ぬほど耳障りな音に気が付いたようで、グワアアと咆哮を上げながらクソ偽林檎の方向へと向かった。
(よしよしよし!!考えた通りあのワイバーン音の方向へと向かったぞ!!)
早足でコンパスのもとへと向かう。落とした衝撃か少しヒビが入っていたが問題なく動くようだ。ホッと胸をなでおろし、コンパスを再び落とさないようにと、さっきよりも力強く握った。がその時、
「ピギャアアア!!!!」
あのクソゴミ偽林檎の声が俺から響き渡る。どこにいるのか捜せばなんとまぁ、俺のパーカーにその逞しい日本の腕でくっ付いてるじゃないですか!とっさに地面に落として踏みつぶしたが時すでに遅し。背後からは怒り狂ったワイバーンの唸り声が聞こえてきた。
「グルルルルルゥ……。」
「あびゅっ……べ……!」
涙目で情けない声を上げながら振り返る。目と鼻の先にそいつは鎮座しており、血走った眼球はこちらを凝視している。簡単に人を殺せそうな顎を開き、俺の頭を包み込もうとしてきた。
お父さん、お母さん。俺は第二の人生を終えようとしています。アリサさん、長時間もかけさせてこの体を作らせてすいません、またそっち行きそうです。しかしその時、誰かの声が響いた。
「タイフーンフレイム!」
俺の頭を嚙み千切ろうとしていたワイバーンは炎の渦に包み込まれ、黒い煙と、生ごみに火をつけた時の匂いがあたりに充満する。
「あっつ!熱い熱い!」
目の前の炎と煙にやられ、俺は後退した。炎の熱さにやられたで乾いたのか、煙が目に入ったのか。目バチクソに痛い。涙が止まらん。足元がまともに見えてなかったせいか俺は尻餅をついた。誰かの足音が近づいて来る。多分さっきの魔法を放った人だろう。
なんとかパーカーの袖で涙を拭きとって開いた眼前に映ったのは、ザ・魔法使いといった感じの帽子を被り、でっけぇ杖を携えた、金髪セミロングで赤い眼をしたお姉さんだった。あと胸おっきめだな、良い。
お姉さんは俺を見て口を開く。
「そこの君、近くに居たのに炎の魔術を使ってすまないね。大丈夫かい?」
「あっはい、大丈夫です。ありがとうございます。死にそうになってたとこを助けてもらって。」
「いや、礼には及ばないよ。なんたって……。」
セリフの途中でお姉さんは顔から地面にぶっ倒れた。
「お姉さん!?!?」
その後すぐにグ~~~と大きな音が鳴る。
「君も今から私の命の恩人になるんだ。私は今物凄い空腹でね。馬車まで運んでくれるかい?指一本も動かせなさそうだ。」
―――――――――――――
「いやぁ、本当にありがとう!ご飯も奢ってもらって、かたじけない!」
さっき助けてくれたカッコいい魔法使いのお姉さんは、ギルドに併設された酒場でバクバクと飯を食っている。いやにしてもめっちゃ食うな。今食べてるので何回目の注文だ?確か五回目だぞ。一回のオーダーで一食分も頼んでるし。
「あ、店員さん、ハンバーグ定食追加で。」
こいつまた追加オーダーしやがったよ!確かに命の恩人だからいくらでもたのでいいとは言ったさ。でも少しは遠慮とかあるもんじゃないの?
「あ、あのーそろそろやめ……。」
「ああ、そうだね。あと二個くらい定食頼んでやめにするよ。」
違う違う、そうじゃない、今のでやめてほしかった。
大体20分後、やっとお姉さんが夕食を食べ終わってくれた。
この人ぶっ倒れたあの後、俺は担いで、杖を服のスキマにさして、腕に卵をひっけて、空いた手でコンパスを見ながら、1時間くらいかけて馬車まで移動した。運動しないで家に籠りゲームしてたせいでかっすかすになった筋肉と持久力を限界を超えて使用し、ついた時にはシャトルランを走り切った後の3倍くらい疲れてた。てか俺もぶっ倒れた。明日確定で筋肉痛コースだな。まぁこの体がまだ身長高めだったお陰で助かったけど。
店員さんから渡された紙に書いてあった金額は約1万2000G。依頼で手に入れた金額の1割が早速消し飛んだ。
「本当に助かったよ、ありがとう。私はワイバーンの卵を持って帰れなかったからね。報酬金が無くてさ、手元には120Gくらいしかなかったんだ。」
「あんな強そうな魔法使ってたのに、思ったよりお金ないんですね。やっぱ冒険者って世知辛いのかな……。」
「今失礼な事を言われた気がするが、聞かなかったことにしよう。お金がないのは単に私が貧乏なだけさ。冒険者の相場知らないってことは、もしかして冒険者なりたてかい?」
「はい、今日冒険者になったばかりです。そういえばまだ自己紹介もしてなかったですね。私は有坂徹って言います。ジョブはビジター、レベルはさっきの依頼で2になりました。」
あの時踏みつぶしたクソゴミ偽林檎でレベルが地味に上がってたんだよな。まだなんのスキルも覚えられないけど。
「アリサカくんね。私はウィザードのベシル―ト・シェロだ。」
「ベシル―トさんですね。分かりました。」
「別に私に敬語を使わなくてもいいよ。名前も、気軽に下の方で呼んでくれて構わないさ。なんなら呼び捨てでもいいんだよ?なんたって、私たちお互いに命の恩人なんだからね。」
「じゃあシェロ。」
「君ギアを一気に上げるね。まぁ確かに呼び捨てでいいとは言ったけどさ。」
目の前のシェロは少し笑いながらそう言う。正直、命の恩人だし感謝を感じているの間違えじゃないけど、それはそれとして1時間運んであげたしめっちゃ容赦なく飯食ってたからな。タメ口でいいならそうさせてもらおう。
「それでレベル1だった君が、なんでワイバーンの卵を回収するとかいう危険度高めの依頼を受けたんだい?せめてレベル1だとしても普通仲間と来るものだと思うのだが……。」
「それがお……私この町に来るのにお金結構使っちゃって。残ってた小銭も、転んだ拍子に無くしちゃったんだ。それで今日の宿代、ご飯代、武器代とかを集めるために一か八か、この依頼を受けたんだ。」
いい感じの嘘をつけたな、ハッタリには自信がある。一人称間違えちゃったけど。
「成程、じゃあ私と大体同じだね。」
「同じ?」
助けてもらったときの魔法的に俺と同じ一文無しになる用には思えないけど。あそこまで強い魔法を覚えてるってことはそれほどの冒険者ってことだろうし。
「私実は特殊な体質でね。ちょっと私のカードを見て欲しんだが……。」
「?はい。」
うん、知識量も器用さも頭の良さも申し分ない……ってんん!?魔力が駆け出しの俺と同じ量しかない!?!?下級の魔法2回撃ったらもう尽きるぞ!?!?
「えっ、この魔力量は……。」
「そう、それが私の特殊な体質さ、アリサカくん。実は私、魔力が残り少なくなったら食べたものが消費されて、スキルに使用される体質なんだ。一見食べ続ければ無限に魔法が撃てると思うかもしれないが、さっき言った通りあくまで魔力が残り少なくなったら自動で発動するんだよ。
君も知ってはいると思うが、魔力を上げるにはすっからかんになるまで魔法を撃ちまくらなきゃいけない。筋トレと同じさ。だけど私はそれができないんだ。
しかも勝手に食べたものを消費させてくるからね。残ってる魔力を使用できるまでお腹を空かせようとしたら、栄養失調で途中で倒れるし、最悪死ぬんだ。つまり、私は永遠に魔力量が成長しないってことだね。そしておなかの中の物を消費するから当然、食費がバカにならない。
そのせいで他のパーティには入れてもらえなかったし、駆け出し冒険者の町のレコモアならパーティに入れると思ってきたら、一回依頼を一緒に行ったパーティ即クビにされちゃって。おかげでお金も尽きて一人であんな依頼に行くことになったんだよ。」
この人相当大変そうだな。てかこの町レコモアって名前だったんだ。知らんかった。
「それでなんだが、アリサカくんがいいなら……。」
「アッスミマセン私コノ後忙シイノデ。」
嫌な予感がする。どうせ私をパーティに入れてくれないかとかい言うんだろ。残念だったな、俺にはあんたを養えるほどの金がないし、金を集められる算段もない。冒険者もやめるつもりだし、さっさと退散しよう。
足早に去ろうとしたものの、がっちりとシェロに腕を掴まれ逃げられない。てかほんとにウィザードかこいつ、力強くね??
「シェロさん、この腕離してくれない?」
「すまないがそれはできないね。私をパーティに入れてくれたら離すよ。」
くそっ思った通りだ!!
「はーなーせー!!私は冒険者をやめてバイトとかして普通に一般人Aとして生きるんだー!!」
「待ってくれ!!頼む考え直してくれ!!アリサカくんを逃したら私はもう生きていけないんだ!!そう言わずに私と組んでくれよ!!頼むよ、人助けと思って!!ね!?」
「いやだよもう命かけたくないよ!大体、ステータス軒並み低くてビジターにしかなれなかった時点で、俺には不向きだったんだよ!スキル1個も覚えられてないし!武器無いし!」
「なら私が魔術を教えるよ!!君も知ってるとは思うけどスキルは自分で解放するだけじゃなくて伝授されることでも覚えれるんだ!私が教えるから!養ってくれよ!頼むよ!」
「大人げないなぁ!恥ずかしくないのか16歳の女の子に泣きついて!!」
「泣きつかなきゃ生きてけないんだよォ!!びえええええ!!」
「ああもう泣かないで!」
俺はもしかしたら涙に弱いのかもしれない。
▼空腹魔法使いが パーティに 加わった!
キャラ解説
ベシル―ト・シェロ 26歳女性 ウィザード
魔力が少なくなると食べたものを消費してスキルを使える特殊体質。上級の魔法を開放してはいるものの、一発撃てば丸一何も食べなかった時と同じ胃袋になる。素の魔力量は駆け出し冒険者程度しかなく、一発二発下級の魔法を撃っただけで魔力がなくなるほど。レベルが結構高めなのは一番最初のパーティで長めに旅してたから。けど勝手に食料食べたせいでクビにされた。