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猫姫  作者: 四季道理
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結婚を迫られました 8



「いいかげん、見るのを止めてもらえないか」


 王子が傍にいると、どうやらろくでもないことを言い続けて、いらぬ傷を増やしてしまうらしいということに気づいた古都は別室に移動するようアベルに頼み、アベルはそれを快く了承し、部屋を移動した訳なのだが。


 粘り着くような視線を浴び続けて1時間。

 先ほどからきわめて居心地が悪い。いや、気分が悪い。これが吐き気というものだろうか。

 この男-アベルの存在がなぜこんなにもダメなのかは理解できないが、もうこれは生理的な嫌悪感だと思わざるを得なかった。

 

「なぜ、わしが始祖様を見るのを止めねばならぬ」


 口調も“である”が消えて、幼さもどこへとやらだ。


「久しぶりにこの体を使うゆえ、若干違和感は否めぬが、いい雄であろう?」


「はぁ。まぁ」


 いい男かどうかと問われれば否定はしない。

 この美貌であれば、別に魔物だとて一夜の夢を見たい女もいるだろう。

 それはあの王子でも一緒のことだが。


「なんだ。返事がつれないのう」


「とにかく、アベルが言ったとおり、ワタシはここに残ろう。だから王子を一刻も早く国へ戻してくれ」


「なんだか、王子王子。古都はわしよりもよほどあの王子の方が気に入っているとみえる。未練でもあるか」


「王子に未練など無い。単に、両国に要らぬ戦など引き起こしたくないだけだ」


 魔王の無用の嫉妬をばっさりと切り捨てた。


「明日にでも馬車を用意させよう。ついでに、治療師を呼んで胃を治しておく」


 いささか憮然とした様子でアベルが言った。

 

「ありがとう」


 礼を言って、頭を下げるとアベルがかすかに首を横に振った。


「古都に礼を言われる所以ゆえんはない」


「だが、感謝する」 


 古都がかすかに笑った。

 その笑いをアベルは少しまぶしそうに眺めた。

 その顔がかすかに苦痛を帯びているのを古都は見逃さなかった。


「始祖様が笑われるのを見るのは、久方ぶりだ」


 古都にはアベルの言葉の裏の意味はわからなかった。

 自分が始祖様かどうかは別にして、始祖様とやらが姿を消してずいぶんと経つようだ。


「アベルは、わたしが目覚めたときも始祖様とつぶやいていたな。始祖様・・・というのは何者だ?」


「始祖様が、この国を創設されたのである」


 この国を創設・・・何年くらい経つのだろうか?


「齢にして、1000年ほど前のことである」


 ・・・。

 1000年前というと。

 あれだ。いい国つくろう鎌倉幕府・・・鎌倉時代か。


「始祖様は『国を統治するのに飽きた』とおっしゃって旅立たれたのである」


 飽きた。

 なんとまあ短絡な言葉か。

 それとも深い意味でもあるのか?


「その後をわしの父上に任せられ・・・その後、わしが後を継いだ。わしの在位は、まだ300年にも満たないのである」


「はぁ」


 長すぎて実感がわかない。

 それがアベルにも伝わったのだろう、かすかに唇の端をあげた。

 大人の姿の彼にも似つかわしい、老成した大人の笑いだった。


「わしの一族は皆長生きだ。父上によると、始祖様の年齢は創世からではないとか」


 創世・・・とはそれよりももっと昔と云うことか。・・・飽きるのも少しわかるような気がした。


「その父上は今いずこに?」


「父上は・・・母上を追いかけて黄泉路よみじに旅だたれた」


 黄泉路といえば、天の上の国ということだろうか。


「母上は、わしの一族ではなかった。それでも他の一族に比べると長生きな種でであったが。その母上が先に亡くなられ、父上は消沈され・・・やがて、禁書をひっぱりだし、解読に明け暮れ」


 そして、アベルは口を噤んだ。

 

「カインは病んだのかえ」


 代わりに口を開いたのは、古都であった。

 再びきょとんと目を見開く。

 カインとは誰のことか。

 かすかに首を振る。

 疲れているのだろうか。

 自分ではない者が口を使って話しているような。


「命を補うには命でなければならぬ。それ故の禁書」


「始祖様・・・」


「同族を殺めたか・・・あの愚かな子は」


 アベルが無言でうつむいた。

 対する古都は何を自分が言っているのかわからなかった。

 

 だが・・・自分の意志で言葉が出ない。


 よくわからなかった。


 何だろう。


 ただ・・悲しみに胸が痛んだ。



 

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