僕(しもべ)が出来ました 3
深夜。
パチパチと枝の爆ぜる音がする。
古都は完全に熟睡していた。
こうなったら揺り起こされても、地震が起きても起きないのが常だった。
たとえ、殺気が満ちていたとしても。
だが、パチリと目を覚ます。
その瞳はいつもの古都が見ることができたら多少は動揺していたかもしれない。
なぜなら、黄金に爛々(らんらん)と輝いていたのだから。
腕の中でじっとしていた猫が「なぁご」と鳴いて、古都から離れた。
「なんじゃ、此処は」
上半身を起こしてあたりを見回す。
ぴくりと耳を動かせば、どうやら古都よりも悪食どもが、古都を狙っているらしく、炎が消える時を待っている気配を感じた。
「小物風情が。さっさと失せんか」
古都がチラリと目を周囲にやると、周囲に満ちていた闇の気配がなくなる。
「で、主は?」
猫に目を移す。古都の迫力を持ってしても、黒い猫はそこにじっと座っていた。
ちょこんと座って紅い瞳で古都を見ている。
「この娘が気に入ったか?魔物のくせに」
クツリとのどを鳴らす。
「その体ではせいぜい炎が吐ける程度か。まあ、炎の魔物といっても、所詮は子供じゃからの」
古都が「猫」と呼んでいたものは魔物であった。
魔物といっても通常は物理的な力により何かをなすものが多くいるなかで、数少なく原始の力を操れる魔物たちがいた。風・土・火・水である。
「猫」は火を操る魔物「ファミーア」という種族であった。
数百年を生きるものもたまに生まれるとも言われ、さらに時折人語を解するものも生まれるともいう。
その人にはあり得ない力に、人は恐れおののき、結果としてファミーアを駆逐してきた。
この世界にあって、ファミーアは「絶滅危惧種」であった。
それが偶然にも古都に巡り会ったのは奇跡にも近しい偶然であった。
「妾と契約を交わすか?ファミーアの末裔よ」
古都は真っ白な手首を掲げて、人差し指を伸ばす。
鋭い爪がのぞき、手首の裏を撫でる。
「この娘の血を飲めば、この娘に縛られるが、同時に知識と力が手に入るぞえ」
「なぁぁーご」
それに応えるかのように、ファミーアが高く鳴いた。
「そうか。ならばやろう」
言った瞬間に爪が手首の裏で閃いた。
真っ赤な血が肌を伝って流れ落ちていく。
痛みを感じないのか、古都の表情は変わらない。
「舐めるが良い。これが証じゃ」
古都がファミーアに差し出すと、ファミーアは素直に近寄ってきて、ペロリと舐めた。
「もっとじゃ」
古都が嗤う。
「傷も癒してたもれ。この娘に気づかれぬように」
ぺろぺろとなめているうちに、ファミーアが身のうちから輝き始める。
そして、傷口まで丹念に紅い舌で舐めとって、古都が自身の爪でつけたはずの痕さえもきれいになくなっていた。
「ふふふふ」
古都が低く嗤う。
「ここは面白い土地じゃのう。ファミーアの末裔よ」
ファミーアが古都から離れてよろよろと座り込んだ。
血に酔ったかのような仕草であった。
輝きはますます強くなっていく。
「じゃが、この地にあっても、妾たちは異端と見ゆる。さて、どちらにつくか」
急ぐことはなかった。
時間はたっぷりあるのだ。
可愛い侍従もいることだし。
「のう。ファミーア」
「・・・ある・・・じさま」
輝きの中から声が聞こえた。
幼い子供の声。
「人の姿をとるかえ。ファミーア。よほどこの娘と意思疎通したいのじゃな」
クツクツとのどを鳴らし、手招きする。
そして、光の中から出てきたのは声のままに幼い男の子。
古都のような姿をしていた。
古都の前でじっと古都を見つめる瞳は紅く・・・ファミーアのものであった。
「変化は人にならねばならぬよ。その耳も、手足も、尻尾も、人には無いものであるゆえな」
そうささやいて手を軽く頭や手足に当てた。
耳も手足からも毛が消え、尻尾も消えた。
子供がびっくりしたように目を丸くして、手や尻尾を見た。
「変化はファミーアでもその姿でもどちらでもなれるのであろう。しかし、術は完璧ではない。十分、人を観察するがよいぞ」
「はい・・・あるじさま」
「さあ、寝るぞえ。この娘には明日も移動してもらわねばならぬ。明日は人のいる村にも出ようよ」
捕まるのだろうがな。
そして、楽しげに嗤い、子供の手を引く。「こちらへ来るがよい」
「はい、あるじさま」
子供は素直に従い、古都の腕の中に収まった。
「さて、朝起きたときこの娘がどんな反応を示すか楽しみじゃのう」
くつりのどを鳴らし、古都は再び目を閉じたのだった。
「ようやく人が登場しました。猫もといファミーアが変化した人もどきですが。よかったよかった」
「次回はようやく俺様の登場か」
「えーと」




