黒い魔王様 1
「魔王。どうされたのですか?」
蝙蝠の羽を羽ばたかせ、魔王のところに素早くやってきたサリーは玉座の前で膝をついた。
ちなみに、サリーの名前は、サラマッド・ガンブル・ドューシャといい、大変長い。
おまけにどれをとっても男にしか聞こえないので、愛称のサリーを好んで使っていた。
「サリー。大変である」
玉座にはちょこんと座った男の子が一人。細身の体を黒いシャツが被う。相変わらず大きめの耳がかわいらしい。その右耳には魔王であることを示す王の黒石がピアスに加工されて揺れていた。そして、背後からは椅子に収まりきらずにぴょこんと横に飛び出た尻尾が揺れていた。
動く尻尾を見るとサリーは本能として構いたくなる。お子ちゃまは対象外であるが、愛玩の気はサリーにもあった。
もっとも王に対しては不敬罪にあたるので、考えても口にはしない。
「大変である。お戻りになられたのである」
少し動揺しているのだろう。同じ言葉を繰り返す。
この数十年で体の成長とともにずいぶん精神も育ったと思っていたが、油断するとすぐに昔のクセが出てしまうのだろう。
「どなたが、でございますか?」
「始祖さまである」
「はぁ」
思わず間の抜けた声を出してしまう。
始祖とは、先ほどまでブルーディアからの侵入者たちとの話題にも上っていた者。
もっとも生きているとは誰も思っていなかった。
誰も見たことも聞いたことも無いのだ。
この魔王-アベルを除き。
「お迎えに行かなければならないのである」
早速にも立ち上がり、従者からマントを受け取り、まとう魔王。「お前も付いてくるのである。サリー」
ぎょっとして、その行動を静止してしまう。
「王・・・それは・・・本物なのですか?判断するには、時期尚早かと」
タイミングが合いすぎている。
決して破れないはずのアベルの結界。
それが破れて侵入を許してしまった今。
同時に始祖だと?うさんくさいにもほどがある。
途端にアベルが渋面を示した。といっても、かわいらしくふくれっ面である。
「お迎えにあがらなければ、あとで始祖さまにおしかりを受けるのである」
始祖、とは・・・今の魔族にとっては、夢物語にでも出てくるような伝説の魔族。
かつて仲間の魔族と共に未開の森を切り開き、魔族のために八方位に石の結界を張って人族とのいさかいを避けた。
魔族にとって・・・このブラグラの国の始祖である。
始祖の孫がアベル王だということだが、人族に比べ長寿な魔族にあってもさらにそれを超える寿命を持つ族だけあり、サリーが物心ついたときにはすでにアベルが王位についており、その親もさらに上となると、口伝に伝わるのみである。
ブラグラを作り上げ、自らの子に王位を譲り、孫となるアベルの誕生を見届けた後、始祖はどこかへ旅だったという。
「始祖さまのおしりペンペンは怖いのである」
ボソリとつぶやかれた台詞を、サリーは聞かなかったことにした。
この子供のように見える魔王でさえ、サリーの年よりもさらに上を行くのである。
始祖が何であるかなど・・・考えない方が良い。
「ですが、今・・・ブルーディアからの侵入者を取り調べているところでございます故。しばし」
「では、お前はそちらに対応せい」
ふいと横を向いて、てくてくと王座横の転移陣に進んでいく。常設の転移陣の文様がぼんやりと白く浮かび上がる。「お待ちくださいっ・・・王」
思わず追いかけて、魔王のマントの端を掴む。
「なんだ」
にっこりと魔王が笑った。
実に無邪気なお子ちゃまの笑みである。
ハッとしたときには遅かった。足下を見ればサリーも転移陣の中に。
「やっぱりサリーも一緒に行くのである」
やられた、と思ったのは転移の術による負担が体にかかった時であった。