王子!ピンチです 1
嗚呼っ・・・王子。なんてことを。
わたくしの顔面は蒼白になりました。
金色の円陣こそは、王子の最強の呪術の自陣。
ツタのように円陣を這う呪が一巡した瞬間に完成するそれ。
最強の防御陣。
イコール、最大の攻撃。
「王子」
だが、その技は禁じられた呪。
「退けっ、ルディ」
いつもは嘘っぽいほどさわやかな青の瞳が、今は昏く揺らめく。
「ソレは・・・魔族だ」
凄惨な笑顔が王子の顔に浮かぶ。
それに、ひぃっと思ったが、ルディはかろうじて首を横に振った。
それでも、まだ王子は正気なのだ。
「コトさんもネネさんも誰も害してませんよ」
「それが何になる」
いつかは害する。
誰かが傷つく。
だから。
殺られる前に殺る。
それが魔族と人の距離。
「ならば、なぜコトさんを傍に置かれたのですか」
ルディの背後では、危険を察知したネネという男がコトを背後に庇い、防御の構えをとっている。
「今は力を封じている」
「ならば、ネネさんも封じればいい」
「今は自由だ」
危険だ。
言葉と共にルディの体を風が押した。
「斬」
王子の足下にとぐろを巻いていた自陣が生き物のように俊敏に動き、ネネの足下に移動した。
「いけない!」ルディが周囲に水の結界を張り巡らした。
ネネが理解できないと瞬きして足下に目線を落とした瞬間、すさまじい音が響き。
光がネネの全身を貫いた。
その瞬間、ネネの眼はしっかと見開かれ、驚きを覚えていたことがルディにはわかった。
「っ」
言葉にならない痛みが体を駆け抜けただろう。
爆風と血飛沫と光が周囲に飛び散り、ルディは束の間眼を閉じた。
それでもまぶたを通して光が眼に突き刺さる。
結界を張っていなければ、どれほどの被害が出ていたことか。
「っ・・・う」
眼を開けるのが少し怖かった。
血まみれの肉塊が転がっている・・・かつて、王子が獣に試したときと同じように・・・そう確信していたから。
同時に少女を慰めるのはどうしたら良いかと考えていた。
「殺ったか?」
相変わらず王子らしくない発言が聞こえてきて、ルディは顔をゆがめた。
後始末をどう付けたら良いのか、すぐには思いつかないだろう。
「なぜ人はこれほどまでに、異端を拒むのですか」
だが、そのルディの耳に届いたのは紛れもなく先ほどの男の声。
「理解できないからな」
皮肉でもなく、本心からそう思っていると思わせるような声で少女が返した。
ルディはまぶたを押し上げた。
「っ!」
驚愕は、ネネではなく・・・ルディと王子に訪れていた。
先ほどとほとんど変わらない姿でたたずむ男。
どこか哀しげに王子を見つめている。
王子は事実に気がつくと驚愕を通り越し、呆然としていた。
当たり前だろう。
人であれば、最凶の呪術を容易に破られたのだから。
これが魔族か。
であれば・・・人は・・・魔族の指先一つで滅びるということか?
今は、魔族が手を出してこないから・・・その範疇で生かされているだけで。
「私を殺そうとしましたね」
「ひゅっ」と息を呑む。
なぜなら、いつのまにか赤い闇が男の周囲に広がっていたから。
闇が蛇のように鎌首をもたげて、ゆっくりと口を開き。
呑み込む。
中心に濃い闇を残して。
呑み込む。
ルディの結界も・・・王子の姿も・・・ルディも・・・。
このまま消えていくのだろうか?
眼を開けているはずなのに、ルディの視界は暗闇に包まれていく。
踝を覆って・・・やがては膝に。そして、腰を被い・・・逃げることもできず。
静かに、体を這うように覆い隠していく。
その闇は・・・闇であるのに・・・。
ただ哀しい。哀しい。
浸みてくる。
闇に乗じて。
やがて、わたくしも消えて。