サド王子の恋わずらい 5
「コト」と、少女の名を呼び、微笑みを浮かべた男に俺様は知らず手に力が籠もっていた。
これまで男に容姿で劣るとか・・・考えたこともなかったが、その男は俺様の知っている誰よりも妖艶で、紅い瞳をしていた。
証拠に道行く人々の視線が男の上で止まる。
少女がためらいがちに首を振った。「ネネ?」
「はい」
男が足を踏み出す。
白磁の肌に、漆黒の髪。まるで生き物ではないように美しい男。
歩む足どりを目線で追い、知らず息を止めていた。
この俺様が・・・。
「コト」
微笑む男は俺様など眼には映っていなかった。
それに映っているのは、少女だけ。
近づくと、俺様と少女が手をつないでいることに気がつき、眉根を寄せた。
「それはどうしたのですか?」
「どうして、大きくなった?」
二人が同時に質問して、お互いに目線を絡めて笑った。
初めて見る少女の笑顔に胸がえぐられるような痛みを覚えた。
何故か負けたような気がして、手を離した。
少女はそれを気がついていない。
まっすぐにネネと呼んだ男だけを見つめている。
「貴女を捜すために・・・気がついたら」
「そうか」
少女は抱きしめる意図を持ってのばされた男の手に困ったように苦笑して首を横に振った。
「すまないが、触られると鳥肌が出る」
「どうしてですか?前は」
男は抱き寄せる寸前で手を止めた。
ようやく探していた存在を見つけてきっと焦れているのだろう、瞳が揺らぐ。
「前は子供だったからな」
「・・・抱きしめるのもだめですか?」
「仕方ないな」
今日は我慢しようとつぶやき、少女が「おいで」と手を伸ばした。
男が壊れ物を抱くように、そっと少女に抱きついた。
「ようやく会えた。もう会えないかと思っていました」
「急に攫われたから・・・連絡もできなくて・・・心配をかけた」
そして、沈黙。
チリチリと神経が焼けるような・・・感覚。
二人の間を剣で裂いてしまいたい。
自分でも理解できない衝動に、眼をつむる。
「あの。コトさん。こちらがネネさんですか?」
二人の抱擁を呆然と見つめていた俺様の耳に間の抜けたルデイの声が聞こえ、ハッと正気に戻った。
俺様は今何を考えていた?
「ああ、ルディさん。そうだ。ネネ、挨拶を」
二人は抱擁を終え、適度な距離に戻る。
だが、少女の手はもう俺様のもとには戻らなかった。
男がそっと影のように少女の斜め後ろに立つ。
「はじめまして。ネネと申します」
薄く笑い、軽く頭をさげた。
想像していた弟、というよりも執事のような雰囲気である。
そのまま視線をずらし、俺様を見つめた。
「コトに変なモノを付けたのは、あなたですか?」
「変なモノ?」
男がそっと首元を撫でる。
少女が合点がいったと頷いた。「首輪か!」
「耳が消えたんだ」
「そうでしょうね」
もう一度、男は微笑んだ。
男は少女の耳が消えた理由を見抜いていた。
「外しましょうか?」
その言葉が示す事実としては、俺様の結んだ呪をいとも容易く見抜き、そして解いてみせるということで。
俺様はこの国では、呪術のスペシャリストで。
つまり、男が俺様以上の使い手ということを表すということ。
チリと警鐘が頭の奥で鳴った。
誰だ?
ヒトではありえない。
つまり。
この男は。
少女の知り合いであり。
少女は姿こそ今は違えているが魔物であり。
魔物?
知性があり・・・姿形がヒトと違わぬモノを何というか。
もしや・・・魔族!
枷のない・・・解き放たれた魔族。
それをここに招いたのはまぎれもなく己であり。
そして、ここにある少女であり。
街中だということを忘れ、俺様の周囲に円陣を描くように金の輝きが増した。
ふわりと風が足下から吹き上がり、髪が宙に舞う。
金の円陣にツタが絡むように複雑な呪が浮かび上がる。
それが、王子が持つ最強の呪術であり、防御陣の発動であるということを知っているのは。
この場ではルディただ一人。