首輪をはめていました 3
パシーン。
・・・。
パシーン。
・・・。
「何か言え」
「何か言った方がいいのか。すまん」
王子が部屋に帰って来るなり、古都の世話をしていた女性を追い出した。
それから、古都の両手首を縄で縛り上げ、天井からつり下がった金具に引っかけて立たせた。
引き出しからムチを取り出して、振り上げて、冒頭のシーンとなる。
パシーン。
何か言うのか。
何を言ったらいいのか。
パシーン。
痛い・・・か・・・そう言ったらいいのだろうか。
Sの人は苦痛にゆがむ顔を見て満足すると聞いたことがある。
ああいや、苦痛じゃなくて快感だったか。
どういう顔なんだ?
パシーン。
わからん。
パシーン。
しかし、王子はいつムチを振るうのを止めるのだろうか。
何か言わないと止めないという意味だったのか。
何か。
何か。
パシーン。
「あはーん」
見事なくらい棒読みである。
残念ながら古都の語彙力は少ない。
縄で縛られたときの台詞しか思いつかなかったが、毎回「いやーん」では芸がないと思い別のフレーズにしてみた。
「違うだろっ!」
素早く突っ込みが入る。
「あ、そうなのか」
「あはーん」ではないということは、何が正解なのだ。
次は「うふーん」にしてみるか。
古都は次なるムチ音を待っていたが・・・来ない。
・・・。
・・・。
・・・。
ちらりと王子を見ると、ムチを手にがっくりとうなだれていた。「何かが違う」
その姿は、どう猛なドーベルマンと言うよりも、ちょっとやんちゃな血統書付きのゴールデンレトリバーのようであった。
そのまま、ふらふらとムチを引き出しに戻すと、無言のまま古都をつり下げていた金具から解放した。
胴体に手を回されて、そのまま寝台の上に投げられる。
さんざんムチでたたかれた肌がひりひりと痛んだ。
少し痛んだ顔をしたのが分かったのだろう。
「見せろ」
王子がうつぶせになったワタシの服の裾をめくりあげそうになって、反射的に手で裾を押さえていた。
「見るな」
「逆らうな」
簡単に手を退けられて、王子の片手で容易に縫い止められ、裾はめくられてしまう。「やめっ」
は・・・恥ずかしいっ。
下履きはかろうじて緩やかなズボンのようなものを穿いているが、その上は何も着ていない。
背中が王子の視界に曝されているのが分かった。
無言で見るのは止めてくれ。
「赤くなっているな」
「それは叩かれたからだ」
「そうだな」
王子がそっと手を伸ばして、その傷跡をなぞる。「っ」
触られたら鳥肌が立つと言ったはずなのに、懲りない王子だ。
「白い肌だな。ムチの痕がよく映える」
映えなくてもいい。
その指が赤く染まっているらしい箇所をなぞるが、ふとその指が別の箇所をなぞった。
「他の痕があるな・・・俺様以外の人間にムチ打たれたことがあるのか」
少し陰りを帯びた声音である。
「昔の話だ」
古都はいいかげん立ち上がった鳥肌を押さえようと意識を背中から外そうとしていた。
「治してやろうか」
珍しく優しいことを王子が言った。
背中の傷・・・。
・・・ん。お父さん・・・やめて・・・痛い・・・。痛いよ。
かつての痛みがよみがえり、古都はよみがえった生々しい記憶に思わず目を閉じた。
痛くない。
大丈夫。
痛くない。
大丈夫。
体の傷は癒えても・・・心に刻まれた傷は簡単に癒えないことに、古都はまだ気づいていない。
「いや、必要ない」
傷もないのに痛むなんて・・・おかしいではないか。
傷があるから痛むのだ。
「ふん」
少し不満げに鼻を鳴らして、王子はめくりあげていた裾を戻した。
「こっちを向け。キスしてやる」
「遠慮しときます」
丁重にお断りしたのに、このサド王子め、人の言葉を聞かずにさっさと古都の体をひっくり返し、口づけてくる。
やわらかい唇の感触に、背筋に冷たいものが流れる。
つんつんと王子の舌先で唇をつつかれるが、意地でも開けるものかと力を入れていると鼻を摘まれた。
息苦しさに口を開けたところで、舌がーっ。
口の中を舐るな。
・・・「っ」
ああ、声が息苦しくて声が漏れる。
これは猥褻な行為ではないのか。
王子がひとしきりキスした後、楽しそうに体を離した。
「ずいぶん嫌そうだな」
口元がゆるんでいるから、してやったりとでも思っているのだろう。
古都は眉根を寄せて明らかに嫌そうな顔を隠さない。
もちろん嫌である。
きっちり鳥肌は立つし、油汗まで背中ににじんできたし。
「他の女はムチには嫌悪感を示すが、こちらの方は喜んでいた。が、お前の場合は逆だな」
ムチの方が百倍もましである。
「かわいいな」
耳元で囁くな。
耳朶を舐めるな。
おまけに首筋にも吸い付くな・・っ。
ぞぞぞ。・・・さらに寒気までしてきた。
ああ嫌だ。
「飼い主なら、もっと酷い扱いをしたらどうだ」
まだ殴るとか蹴るとかムチ打たれるとかのほうが耐えられる。
そんな古都の言葉に、王子が意外そうな顔をした。
そしてにっこり。
無駄に顔が整っているだけに、不気味である。
「人の快楽と苦痛は紙一重という。その顔を見るのが俺様の喜びだ」
そう高らかに宣言してくださった。
そんな変態な喜びは、丸めてドブにでも捨ててしまえ!